2012年2月27日月曜日

のぞみ通信 No.177(2月14日)

神の選び
                        寮長 信田 智
 
1月に2012年度第45回生の、一次前期入学試験が行われた。多くの受験生が与えられ、一人ひとり長い時間をかけて、慎重に審議し、特待・推薦・専願合わせて179人が選ばれ合格を許された。敬和学園の入試は、他の学校と大分違うように思う。中学校3年間ほとんど学校に行けていない生徒。中には小学校の時からいわゆる不登校で、小学校・中学校とほとんど学校に行っていない生徒が、選ばれて入学してくるのです。そうかと思えば、評定がオール5、あるいはそれに近い生徒も入学してきます。そして皆同じように大切にされていきます。
 
 不思議な学校だと思いませんか。なぜ、それだけ幅の広い生徒を受け入れて成り立つのでしょう。実は、皆さんの中にも、中学時代不登校で学校にいけなかった人達も何人かいると思います。それでも敬和でちゃんと生活しています。中には中学3年間不登校であっても、敬和の3年間は皆勤なんていう人もいました。それは、敬和学園自体が不思議な形で選ばれた学園だからです。
そもそもキリスト教を与えられたイスラエル民族は、神様から選ばれる資格のようなものは、何もなかったのです。旧約聖書申命記7:6一8には、「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。・・主があなた達を選ばれたのは、あなた達が他のどの民より数か多かったからではない。あなた達はどの民よりも貧弱であった。・・ただ主の愛のゆえに・・エジプトの奴隷の家から救い出されたのである」と、神の民イスラエル民族が選ばれた理由が記されている。
 
 敬和学園も、お金が沢山あったから出来た学校ではない。有力な財界人がいたからとか、立派な先生が沢山いたから出来た学校でもない。お金も無い、人もいない、この世的な有力者がいたからでも無い。ただ神様の愛によって、何も無いところから、必要なものが一つ一つ与えられて出来た学園なのです。しかも、あえて不便な不自由な場所を選んで建てられた学園です。
神様の選びの基準は、私達の選びの基準とは全く違うのです。私たちは、よりよいものを探して選び、自分にとってより価値のあるものを選びます。しかし、神様の選びは、無学な者、無力な者、この世の中で無きに等しい者、取るに足りない者、見捨てられた者をあえて選び、ご自分の聖なる宝の民とされるのです。(コリント一1:27-28)
 
 私自身も、その神様の選びを受けて今ここにあるのです。だから私は何も誇る事が出来ない、あるのはただ感謝のみです。そして、わたしの様な者を、あえてお選びくださった主の前に謙虚になって、主に選ばれた者として、どのようにお応えして生きたら良いのかと考えていくのです。
 
 敬和では、誰一人自分を誇る事が出来る者はいないし、誰一人自分を卑下する事も無い。すべての人が、主の前に謙虚になって、それぞれの果たすべき義務と責任を誠実に果たすだけなのです。
 
 
 
 
寮生リレー通信  (第 94 回)
 
< みぎわ館 >
 

「みぎわ館3年生を送るにあたって」   
T.M.(1年生:神奈川県川崎市)
2011年4月5日、私は44回生として敬和学園のぞみ寮に入寮しました。入寮してからは慣れないルールや言葉遣いに戸惑い、毎日が自分の事で精一杯で、3年生を見送る日が来るなんて考えもつきませんでした。こんなにも早く42回生との別れが来るのなら、もっとたくさん関わっていたら…と後悔しています。
3年生との思い出はたくさんあります。例えば、サプライズで作ってくださった、初めてのムーンライトケーキ。これは世界に二つとない、部屋ごとに個性あふれた素敵なケーキです。私が初めて体験したムーンライトは、生クリームとシナモンで出来たとてもシンプルな物でした。そのケーキを取り分けて食べるのではなく、つつきあって食べると言うのには驚きました。ちょっとした日常でさえ、42回生との日々は思い出で溢れています。書ききれないほど溢れています。
42回生との思い出がありすぎて、みぎわ館での3年生を送る会では、1年生からの出し物がなかなか決まらず頭を悩ましました。年明けすぐに始めたミーティングでしたが、出し物はどんなものにするのか、どんな歌を歌うのか、歌詞はどうするのか…などたくさん話し合いました。お世話になった事へのお礼と出会えたこと、42回生のおかげで出来るようになった様々な事への感謝を短い時間の中でも出来るだけたくさん伝えたくて、ミーティングを重ねる毎日でした。
3年生を送る会当日、私はF.E.さんと一緒に1年生を代表して開会のあいさつをさせてもらいました。挨拶の文もなかなか私の心にピッタリくるような表現が出来ず、何回も書き直しました。大変でしたがその甲斐あって、42回生への想いを私達ならではの言葉で伝えられたのではないかと思います。1年生の出し物も元気いっぱいに歌を贈り、メッセージを伝え、ありがとうを心から口にすることが出来ました。
入寮当時はとっても恐かった先輩。でも、いつも私たちの事を気にかけてくださり、心配して下さり、励ましてくださり…語りつくせない大好きな先輩です。42回生のおかげで、今こうして44回生は前に進めているのではないかと思います。42回生から教えてもらったものを、今度は私たちが後輩へ伝えていきたい、そんな風に考えられるようにもなりました。
42回生の皆さん、素晴らしい時間をありがとうございました。これから、私たちは一緒に過ごせた時間を励みに頑張っていきたいと思います!
 
 
 

< 大望館 > 
「鍋三昧」         
S.Y.(2年生:新潟県燕市)
2月2日、友愛館はいつもより早めに賑わっていた。この日は2年生しかいないタイミングで毎年恒例の、鍋パーティがあった日だった。
いつものように調理師さんが作って出す、という形ではなく、コンロをテーブルに置いて館の仲間と一緒に作るというものだった。自分たち大望館のテーブルでは、やはりというか、流石というか、澤野先生が鍋奉行となり、どこかのイラストに使われていそうな綺麗に具材が整列した鍋を作っていた。全ての野菜を食べ尽くし、ご飯を入れて雑煮にし、全員の腹が膨れた後。大望館生だけには第2ラウンドが待っていた。
大望館の2年生だけで何かを食べたりする行事をやりたいという話が前々からあったのだが、すき焼きをすることが決まった日は鍋パーティと被るという。しかし「カブるけどどうする?」「まぁ食えるでしょ」というノリで、そのまますき焼き実施が決定。友愛館から帰ってきてすぐに大掃除を終わらせ、さてすき焼きを作ろうとなった時…、冷蔵庫を開けると、そこに鎮座していたのは……塩ちゃんこ鍋のダシ×3、鶏の胸肉・もも肉×2パックずつ、豚バラ×3パック、もやしお徳用などなど……。肝心の牛肉は何故か1パックだけ。しかし卵はちゃんと一人2個換算の20個。何を作る気なのか分からないこの食材群を見て、ブロック長のTは一言。「緊急ミーティングだ、買ってきた奴呼べ!」
ラウンジに集められた2年生全員。その中で中央に座らせられた男が二人。「まず聞きたいんだけど、肉買って来たのどっち?」手を挙げるI君。「ちゃんこダシ買ってきたのは?」頭を下げるK君。話を聞くと、I君はすき焼きだと思っていたらしいが、K君の「え、鍋でしょ?」発言で混乱したとのこと。「何で卵だけちゃんとあるの?」という問いには「いや、Kが『卵、鍋に普通に入れるじゃん』って言った」とI。「K、弁解は?」「いや、俺の頭がどうかしてたんだよ。すいませんでしたぁぁあ!」ミーティングと言いつつ、只のツッコミ合戦を10分ほどした後、全員で塩ちゃんこをおいしく食べた。
 
 
 
 
< めぐみ館 > 
「6兆分の1」
S.S.(2年生:東京都東村山市)
 3年生が自宅学習期間に入り、1年生は2泊3日のスキー教室に行き、寮に居るのは私達2年生だけになりました。その間に私達は鍋パーティーをしたり、楽しいことを沢山しました。そして「セクシャリティー教育」の時間もありました。そのお話をしてくれたのは男子寮・大望館の澤野先生です。
 澤野先生のお話はとても分かりやすかったです。はじめに澤野先生は、生まれて未だ40日しか経っていない澤野先生のお宅の赤ちゃんを連れて来て下さって、私達に紹介してくれました。その赤ちゃんはMちゃんと言って、何人かは抱っこもさせてもらいました。赤ちゃんはとても小さく可愛かったです。子どもが生まれてどれだけ愛おしいものかという話を、私達に聞かせてくださいました。
 その話を踏まえて、人工中絶に付いてのお話がありました。人工中絶は法律では認められているけれど、やはり、1つの命をなくすというのは残酷なことだと話を聞いて感じました。そして、澤野先生の話の中で、私達は6兆分の1の確率で生まれてきたという話を知り感動しました。
 私はまさに奇跡と言う言葉がぴったりだと思いました。1つの命が生まれると言う事は、凄く大きくて、また重いことなんだということを改めて感じる事が出来ました。
 今回、私達が学んだことは、これから私達が生きていく上でとても大切なことでした。
 
 
 
 
< 光風館 > 
「スキー教室に行って」
M.R.(1年生:新潟市江南区)
 スキー教室に行ってきました。僕は冬休み中、スノーボードに行った時に派手に転倒してしまい、鎖骨を骨折し全治4ヶ月と診断されました。ドクターストップもかかっていたし、内心僕自身もスキー教室へは行けないなと思っていました。なぜなら、骨折した後、家族に病院に連れて行ってもらったり、寮では友だちに制服を着せてもらったりして自分のことも満足にできなかったからです。
しかし、スキー教室は今年度最後の泊まりの行事なので行きたい気持ちもありました。親や先生に相談した結果、やはり敬和生活で1度しかないスキー教室に行かないで悔いを残すのは良くないと感じ、スキー教室に行く事に決めました。
 悩みながら参加したスキー教室でしたが、スキー教室に参加して良かったことがあります。それは今までの敬和生活の中で関わりのない他クラスの人と交流が増えたことです。スキー教室中に「どうやったらターンが上手にできるのか」など、そういう話しをしているうちに、今まで関わりのなかった人ともよく話すようになり、今では会う度に言葉を交わすようになりました。それは苦手な人がいる人にも言えると思います。一度話してみないとわからないと思います。人はみかけで判断してはいけないということを学びました。
 また、スキー教室中、僕はスキーウェアを着る時、友だちに手伝ってもらいました。友だちのサポートがあったおかげで、今回のスキー教室を楽しめました。周りの友だちに助けてもらったことで、人は一人では生きていけないということにも気付かされました。人は互いに助け合い、支え合っていかないと生きていけません。スキー教室で学んだ事をこれからの寮生活や学校生活で活かしていきたいと思います。
 

 
 
 
 3年生が自宅学習期間に入り、2週間が経ちました。1・2年生だけの生活も、始めは静かすぎる館内に驚いたりもしましたが、今では少ない人数ながらにぎやかさを取り戻し、のぞみ寮らしく生活をしています。
 毎年、3年生がいなくなると館運営に不安を持っていた私ですが、今年はそんな不安を全く感じていません。それは、3年生たちが「のぞみ寮は心を学ぶ場なのだ」と考え、動き、伝え続けてくれた事が、後輩たちにもしっかり受け継がれていることを、傍にいて感じ取れているからだと思います。3年生たちが築き上げてくれたよき伝統はしっかりと活かしながら、より生活のしやすい場、心の育つ場を目指して、私達寮スタッフも1・2年生と共に歩んでいきたいと思います。
 そして、3年生と一緒に過ごせる時間はあと2泊3日だけとなっています。別れに寂しさもありますが、3年間の彼らの成長を称え、それぞれが夢に向かって歩み始める事を共に喜ぶ時間にしたいと思います。…3年生の帰寮が待ち遠しいです!
みぎわ館担任 森口 みち子