2013年7月3日水曜日

のぞみ通信 No.191(2013年6月16日)

耐震改修
寮長 信田 智

 私が敬和に赴任した頃は、校舎も未完成のままで、壁から鉄筋が伸びていて、今の1階正面玄関から尾瀬・白馬教室の部分が4階までなかった。その後今の校舎が完成し、寮も、みぎわ館(開校当初は1階が管理棟、2階が教室、3・4階が男女の宿舎であった)だけでしたが、めぐみ館・大望館・光風館が建ち、やがて創立25周年記念に創生館、創立30周年記念事業として、グラウンド、チャペル等の教育施設が整えられてきた。
 私が敬和の建築に関わるようになったのは、創立25周年記念の創生館建設からでした。大学で建設工学科土木工学を専攻して来たこともあり、創立30周年記念事業は、3代目榎本校長のもと、10数億円に上る事業の実行委員長として働かせていただき、貴重な経験をさせてもらった。4代目小西校長のもと、40周年記念に友愛館の建設、そして創立50周年記念に向けて、寮・体育館・校舎の耐震改修に関わらせていただくことになった。
 今年度は大望館とみぎわ館の耐震改修工事が行なわれる。新築工事には、何もないところから、新たな建物が誕生して来るワクワク感があるが、耐震改修工事には、装いを新たにする喜びと同時に、痛みを伴う切なさがある。基礎工事のために樹木を伐採し、地中に埋設されている配管を掘り起こし電気・ガス・水道等ライフラインを切り替えなければならない。
 みぎわ館は、旧のぞみホールと廊下で繋がっていたが、その中央に旧のぞみ寮本部があった。また、32年前に起きた寮の火災後に急きょ取り付けられた、みぎわ館のベランダも全て撤去され、みぎわ館と旧のぞみ寮ホールの間は更地になってしまった。また大望館も、正面の生徒玄関が取り壊され、教師住宅の玄関も封鎖され、ひさしが撤去され、玄関は大望館ホールの脇に、ホールの一部を使い臨時に仮設された。それらの過程を見ていると、今回の耐震工事がいかに大掛かりなものであるかを実感させられている。
 耐震壁の設置のためには、みぎわ館の部屋の間仕切り壁をも壊し、新たにコンクリートの耐震壁を作らなければならない。その工事にかかる生徒の部屋、教師の部屋は、夏休に入ると全ての荷物を移動しなければならない。大望館ではベランダの手すりを撤去し、その部分をコンクリートの耐震壁に補強する。・・・実に地味な、しんどい作業となる。更にそこに住む寮生、寮務教師とその家族へ大きな負担がかかる。何よりも学園の経済的(10数億円にのぼる)負担は大きい。
 それでも耐震補強工事は、生徒の命を守るための最優先課題として、小西校長が取り組みの決断をされた。それを単に耐震補強だけに終わらせず、少しでも生徒の生活環境を改善するために、トイレ、玄関、外壁等の改修を行う。伐採された開校記念の桜の木は、幹と根を保存し、何らかの形で残していきたい。また工事が終了した後は、新たな植樹をして校内の緑化に努めなければならない。
 改修は、その本質を残しつつ新たにしていく作業である。卒業生が戻ってきた時、装いは新たになっても、敬和の持っている雰囲気と空気は失われないようにしていきたい。



寮生リレー通信  (第 97 回)

< 光風館 > 
「フェスティバルを通して」
3年K.M ( 岡山県 岡山市出身)

 僕は、2013年の44回生がチーフを務めるフェスティバルで、雲仙連合の競技部門チーフと、テナーパートリーダーの役目を担い、いろいろなことを学びました。
 僕たちが入学した年は、東日本大震災のあった年です。その年は、各地で祝い事や祭りなどが自粛されているのに、フェスティバルを行って良いのか、という所からフェスティバルの活動が始まりました。結果、「つながる」をテーマに、被災された方々へ元気・活力を届けるフェスティバルとなりました。僕たちは、フェスティバルを行う意味や意義を理解しています。ただのお祭り騒ぎや思い出作りでないことをわかっています。
 そんな44回生、雲仙連合では、クラス内で目標を決めました。人の良い所、苦手な所を知って、カバーし合うこと、感謝すること、その他いろいろ出し合いました。いざ、連合活動が始まると、思っていたよりうまくいかず、各部門チーフは減点と期限に追われる日々でした。自分は衣装とパネルに顔を出しましたが、図案と現実の食い違いや、強い日差しの中の活動を体験して、他部門のチーフの苦労を知りました。これら事前準備で学んだことは、大人になっても役立つと思います。
 フェスティバル当日、その日までの努力が積み重なって、雲仙連合は総合2位を取ることができました。また、僕が努めるテナーパートがパート賞を取れたり、いろいろな感動がありました。
 校長先生からもメリハリのある素晴らしい行事になったという言葉を頂きました。フェスティバルの目的を理解し、心を一つにできた44回生だったからこそのフェスティバルだったと思います。敬和で良い経験ができて本当に良かったです。



みぎわ館 
「部屋と、パネルと、私」
3年A.Y (新潟市西蒲区出身)

 私は今回のフェスティバルで、蔵王連合のパネルチーフという大役を担わせて頂きました。何故私がパネルチーフに立候補したのか。それは、パネルチーフという役割に1年生の時から憧れを抱き続けてきたからです。そのきっかけは、私がみぎわ館に入寮した当時の部屋の3年生だったYさんがパネルチーフをされていて、私は2ヶ月もの間パネルチーフとして奮闘されるYさんのそばで過ごさせてもらっていました。何度もやり直し、涙し、大変な思いをされていましたが、パネル部門で1位を受賞され、輝いた笑顔で帰って来られたYさんを見続けていました。その時から、私もパネルチーフになりたい!と思い始めていました。
 しかし、いよいよ私たちの代のチーフ決めが行われようとしていた時、憧れだけで大役が全うできるのか…という不安が大きく、立候補するかどうか相当悩みました。しかし、私は絵を描くことが大好きですし、何より「挑戦してみたい!」という思いが強く、その不安を押しのけ、立候補することを決意する事が出来ました。
 しかし、それからの2ヶ月間は想像以上に物事が何もかもうまく進まず、落ち込んでばかりでした。そんな私を周りのみんなは支えてくれていました。私が出来ない箇所をいつでもどこでもフォローしてくれていました。だから私はどんなに落ち込んでも、泣きながらでも、パネル制作を投げ出すことなく、前向きに取り組むことが出来ました。
 私は今回この役を担った事で、どんな状況にあっても私は一人ではないのだ、ということを改めて実感する事が出来ました。落ち込んでいた時に寄り添い励ましてくれた友だち。電話で遠くからでも支えようとしてくれた家族。応援して下さった先生たち。下絵書きから完成するまでの全ての工程に携わり、一緒に頑張ってくれたパネル部門のみんなの支えがあったからこそ、やり遂げることが出来、今こんなにも充実感を感じ、満たされているのだと思います。そして、4位を受賞する事が出来ました。順位以上にステキで大切な事に気付け、いろんなことに出会えた最後のフェスティバルとなりました。
 これから、ここで感じたたくさんの喜びや経験を糧に、敬和生活・寮生活を大切に過ごしていきたいと思います。   





大望館
「フェスティバルを振り返って」
3年S.K (新潟県長岡市出身)

 高校生活最後のフェスティバル。いろいろと書きたいことはあるのですが、詳しくは学校で配られる敬和新聞に書いてしまったのでそちらをご覧ください。
 その感想文に当日のことだけ書いてなかったのでそのことを書きます。人生初、あんなに声がかれました。一日目の時点で既に限界がきていましたが、のど飴を大量に舐めることにより、二日目もなんとか声を出すことができました。フェスの次の日は声が出なくて、一生声がでないのではないか?と思いましたが、やはりのど飴を大量に舐めて、その翌日はしゃべれるようになってとても安心しました。富士連合が優勝できたのは少なからずのど飴のおかげというものがあると思います。皆さんものどが痛いとき、声が出ないとき、飴を舐めたいとき、ガムを噛みたいけどガムを持っていなかったとき、ぜひのど飴を舐めてみて下さい。きっと突破口が見えてくるはずです。



 
 めぐみ館
「フェスティバルを通して学んだこと」
3年A.W (大阪府東大阪市出身)

 先日行われたフェスティバルで、私は合唱チーフをさせてもらいました。合唱チーフは、主に練習をしきったり、まとめたりするのが役目です。
 チーフになり、私は自分のクラスに問題があることに気がつきました。それは、ピアノを弾くことのできる人がすくない、ということでした。しかし、ぐずぐずと文句も言ってはいられず始まった合唱練習。ピアノ弾ける人がすくないということ以外にもたくさんの問題がありました。そんな中ある日うちのクラスはミーティングをひらきました。そこで、各チーフが、今各部門で抱えている悩み、不満、苛立ちをクラスの子に言いました。私はこれで、解決する!と思っていました。寮や部活でしかミーティングをしたことがなかった私は、誠意をもってみんなが参加するものだと勝手に思っていたのです。しかし、それは寮内のことであって学校では違いました。はなから聞く気のない人、聞くふりしている人、寝ている人、聞いてくれる人。そして、どれだけ、寮がミーティングをするにあたってよい環境かを改めて知りました。
 クラスでのミーティング後、変わらない態度にいらだった時も多々あります。しかし、ある子に諭されて気がつきました。私は周りに要求ばかりして、自分はなにも変わろうとしていなかった、と。何か変ってみようと、とにかく元気に明るく、そうしているうちに何となく雰囲気がよくなり、練習事態も良くなっていったように感じました。私はようやくそこで、自分が変わらないと、周りなんてもっと変わらないということに気が付けました。初めてぶつかった、クラスの子たち。毎日毎日合唱のことだけを考えていた2ヵ月間。1,2年が真剣にやってくれることの嬉しさ、そして、3年がやってくれない悔しさと情けなさ。たくさんの感情が入り混じった、今回のフェスティバルは楽しくはなかったけど、すごく実りのあるものだったと思います。
 合唱の結果は良いものではなかったけど、それまでの過程で得たものを大切に、そして活用してこれからを過ごしていきたいです。




「フェスティバル本部」
3年S.N (新潟県村上市出身)

 突然ですが本部と聞いて何が思い浮かぶでしょうか?生徒にとっては減点、生徒以外の人から見れば見守る役などに見えると思います。私も入る前までは本部といえば減点しつつ見守っている役なのかと考えていましたがまったく違うものでした。今年度のフェスティバルはどんなものにしていくか、から始まり、それぞれの役職の人への説明、プリントの配布、練習日時決定、道具の準備・・・・初めて本部に入った私の感想としては、背中を突き飛ばされるかのように1日1日が過ぎて行っているように感じました。ですが本番直前になってから徐々に増えていくミーティングの回数、積もるみんなのイライラ、先生との意見の食い違いなどに挟まれ、それまであんなに早く過ぎて行った時間が1分でも待てなくなってしまうほどに息づまってしまうこともありました。本部って大変だなと思うかも知れませんがそんな本部に入ったからこそ、信頼関係や自分の限界、みんなで支えあうということがどんなに大切かを知ることができました。私はそんな本部に入れて本当によかったと思っています。






< のぞみ寮物産展へのご献品感謝 >
寮長 信田 智
昨年からPTA・同窓会のバザーがなくなり、ゆかり会と、のぞみ寮だけに縮小され、外にテントを張り、露店での販売となりました。そのような中でも、多くの保護者の方々から沢山のご献品を頂き、にぎやかに物産展を催すことが出来まして感謝いたします。ご献品くださったうえに、送料までご負担いただき、まことに有難うございました。
 フェスティバル2日目。物産展の会場は、グラウンドへの通り道で、多くの保護者の方々、卒業生、オープンスクールに来てくれた中学生達と触れ合う事の出来る、恵みの場となりました。おかげさまで売上の方も順調に伸び、約21万円にもなりました。今年は、みぎわ館、大望館の耐震工事の為に用いさせていただきます。重ねて御礼申し上げます。






< 教育実習生の言葉 寮全体礼拝 2013年6月2日 >

敬和学園40回生卒 K.S

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」 
(ローマの信徒への手紙12章15節)

 敬和学園は、ひとつの身体である。施設配置を考えると、お腹を満たす友愛館、心を癒す保健室、頭に知識を得る図書室、手を使う美術室、反対側に労作教室。となると、のぞみ寮は敬和学園の足である。
 以前、授業で洗足(イエスが弟子の足を洗った)物語をした。それまで、弟子たちは「自分と師イエスには絶対的な上下関係にある。だから、師イエスと僕たちは隣りにいて近い距離だけど、遠い存在なのだ」と思っていた。だが、イエスは弟子の足に触れ洗う、というとても身近な行為をした。足は汚く、あまり良くないイメージである。その足を洗うイエスの姿は、「上下関係」ではなく「愛と信頼関係」に溢れている、という内容であった。
 足の「あまり良くない」イメージは「恥ずかしい、あまり見られたくない部分」とも言い換えることができる。のぞみ寮は、敬和の足と言った。決してのぞみ寮があまり良くない、と言っているわけではない。だが、のぞみ寮は「恥ずかしくて、あまり見られたくない部分まで見られてしまう場所」。全国から集まった赤の他人が、24時間共同生活をしている。楽しいこと嬉しいことがあると同時に、気に入らないことがある。でも、そんなモヤモヤが言えない・・・という気持ちを抱いている人もいるはずだ。
 私も「几帳面すぎる」という恥ずかしくて、見られたくない部分があった。だが、それを我慢すると、次は自分が辛くなった。イライラしたし、なぜか相手が嫌いになった。さすがに限界・・・と思い伝えると、返ってきたのは一言だけ。「そんなん、早く言ってくれたらよかったのに」。仲間は受け入れてくれる、と知った。
 私は、学校が「教育」ならば、のぞみ寮は「叫育」だと考える。気持ちを伝えなくては、生活出来ない。自分の見られたくない部分を見られてしまう関係は、気付けば強く固いものになっている。喜ぶ人と共に喜べる、泣く人と共に泣けることを大切にしてほしい。それはイエスが教えてくれた「愛と信頼関係」であるから。

「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」
(詩編133編1節)


 

< 寮務教師から一言 >

 今年度のフェスティバルも無事に終えることができました。多くの悩みや困難を乗り越えたことで、充実感にあふれた顔をみることができました。この経験からまた一つ成長することができたのではないでしょうか。
 今年初めての部屋替えが行われました。3年生は気持ちを切り替え、自分の進路と向き合って欲しいです。1,2年生は夏休み前の大事なテストに向けて、学習体制を整えて欲しいと願っています。7月末には保護者を対象とした個人懇談が寮でも行われます。遠方の方やご都合が合わない方は、電話での懇談も受け付けますので、ご都合のよろしい日時をお知らせください。
堀越 俊継(大望館担任)