題字 めぐみ館3年 T.Tさん
55回生のみなさん、寮修了おめでとう!
「のぞみ寮讃歌」ここに爆誕‼ 寮長 野間 光顕
「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを告げよ。国々に主の栄光を語り伝えよ 諸国の民にその驚くべき御業を。」(詩編96:1~3)
のぞみ寮生だけでなく、その保護者や卒業生、旧職員も含む、57年間ののぞみ寮の歩みに関係する全ての皆様にお知らせしたいビッグニュースを紹介いたします‼ それは…この度、のぞみ寮の公式テーマソング「のぞみ寮讃歌」が爆誕いたしました‼
思い起こせば3年前、長い間のぞみ寮を支えてきた一つの形である4館体制(大望・光風・みぎわ・めぐみ)が、寮生の急激な減少から維持できなくなり、2館に縮小される…という衝撃の事実を伺いました。確かにコロナや少子化、長引く経済不況など、寮を取り巻く厳しい条件は挙げ始めたらキリがないのですが、それが2館体制にしなければならない程であるとは…。たとえ体制が変更になっても、40年近くのぞみ寮を支えてきた歴史や文化の灯を消したくない…そんな思いを抱きながら昨年4月、寮長に赴任すると、3年生である55回生が4館体制を知る最後の学年であること、そして大・光・み・め、それぞれに強い思い入れを持っていることが分かりました。
そんな折、のぞみ寮の紹介映像(オープンスクールや敬和の会で上映するもの)のBGMに41回生の卒業生で、ご自身も大望館のブロック長をされていた岡村翼さんの作詞・作曲された歌を使用していたご縁で翼さんと再会する機会が与えられました。以前から彼の伸びやかなメロディや優しい歌詞・歌声に惹かれていた私は、ダメもとでお声掛けをしてみました。寮の現状や、それを失いたくない想いを説明して「…のぞみ寮の歌を作れないでしょうか?」とお願いすると、翼さんの瞳がキラリと輝き「面白そうですね⁉やってみましょう‼」と嬉しい返事が‼ 4館体制を知る最後の学年である55回生の卒業・寮修了まで十分な時間がなかったのですが、生徒たちに寮での思い出を綴ってもらい、それを翼さんに手渡すところからのスタートとなりました。
そんなこんなで卒業の直前に何とか仕上がった「のぞみ寮讃歌」は、自分とは違う個性を持つ他者の存在を認めながら、その異なる者同士が共に生活しながら繋がりを育んでいく、まさにのぞみ寮でのリアルな生活の様子を曲の土台に据えながら、そのつながりの素晴らしさが明朗に示されています。歌詞の中に「大望・光風・みぎわ・めぐみ」各館の名前が隠れているステキな曲に仕上がりました‼ 先日行われた55回生の修了礼拝で初披露となり(この時は岡村翼さんもお忙しい中駆けつけて下さり生演奏をして下さいました‼)みんなで斉唱する事ができました‼
旧約聖書には、イスラエルの様々な歴史の中で歌い継がれてきた150曲もの歌が「詩編」として収録されています。その中でも上記の96編は、まさにイスラエルが捕囚という大きな苦難に直面していた時代に歌われたものであるとされています。「讃美」と言っても嬉しさや喜びだけでない、とても主の名を呼び求める事ができないような苦しみのどん底にいたとしても、いや、そのような時こそ、イスラエルの民はこの世界の創造主であり、私たちの命の源である主に向かって大声で歌い踊る、その讃美を通して力づけられ、大きな苦難を乗り越えてきたのだと思います。
先述のように、のぞみ寮を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。しかし、そのような中だからこそ、今回与えらえれたこの「のぞみ寮讃歌」を共に讃美しながら、与えられた命と出会いを喜びながら、雄々しく歩みを進めて参りたいと願っています‼
~55回生のぞみ寮修了礼拝より~
修了生代表の言葉 3年 H.T(新潟県)
みなさん、こんばんは。今日はもう寮修了礼拝です。寮を代表する場所で途中入寮の私が話す機会をいただけるなんて想像していなかったので驚きです。ですが「敬和を卒業したら礼拝みたいな場で自分の事を話す機会なんてないだろう」という事でやるという決断に至りました。聞いてくれると嬉しいです。テーマは入寮して得たものです。
私が敬和に来た理由は、第一志望の高校に落ちたことです。それ以外の理由はありません。滑り止めを敬和学園にした理由も親がクリスチャンだからで、家からの距離も考えていませんでした。私は「普通に生きる」という事に強く憧れています。それは昔からそうでしたし、今もずっとそんなことを考えながら生きています。いや少し違うな、高校に落ちるまでは「頑張らなくても、その普通にたどり着くことができる」と、考えていました。第一志望の高校に落ちた時、「何もしていない自分には思い描く普通を実現しうる力がないのだ」と気が付きました。だったら高校で頑張ればいい。今の自分に無理なのであればできるようになればいい。それだけの事です。しかし、私は「自分は何をしてもダメだ」と思い込み始めました。自分に対するハードルを極限まで低くすれば、何かできなくても失敗にはなりません。つまり傷つくことはないという事です。我ながらかなりたちが悪いと思います。「どうせ価値観なんか流動的なものだし普通なんか考えても仕方ない。逆に自分にはそんなことを考える資格なんかない。」敬和学園に入学して寮に入るまではそんな風に考えていました。
ターニングポイントとなったのは1年生12月の入寮です。最初は通生でしたが、冬場は雪のせいで通うことが厳しくなってきました。その中で先輩から寮に誘われたのがきっかけで入寮しました。ただ入寮していきなり自分の価値に影響を与える出来事があったわけではありません。というか、これと断言できるようなエピソードもありません。ただ明らかに自分とは違う価値観の人たちと生活を共にしていると、みんな成長していくのです。その過程で変わっていく部分はあるけれども、根本にある共通の価値観というのは大きく変わっていないという風に思えました。
また、みんなの中には変わらない大事な何かがあることにも気付きました。その中でみんなが成長しようとする姿を見て、成長とは根本を変えることではなく、その根本を守るために変わっていくことに気付けました。その根本にある価値観の正解はひとつではない。どれもその人にとって正しいものだと気付けました。ということは、自分の持つ「普通に生きる」という憧れも間違ったものではないし、また簡単に変えられるものではありません。だからこそ、自分と向き合い、今の目標や夢の実現が難しいのであれば自分自身が変わろうとすればいい。コンプレックスも成長のために利用してやればいいという人生の指針を見つけることができました。これが寮に入って手に入れた一番の収穫です。 この収穫を糧にこれからの人生を歩んでいきたいと思います。
この人生の指針を私ひとりだけで見つけたわけではありません。まず、両親が育ててくれたおかげで私の価値観が生まれ、寮の仲間たちのおかげで自分の価値観とどう向き合っていくのかを考えることができました。そして、その寮の仲間たちの価値観を作ってくれたのは、みんなの親や家族です。今日ここまで育ててくれて本当にありがとうございました。学校・寮の先生方、こんな私たちを見守ってくださり、本当にありがとうございました。これからの55回生の活躍も見守ってくれると嬉しいです。
修了生保護者の言葉 F.M様
55回生の皆さん、のぞみ寮修了おめでとうございます。親元を離れ、自分と向き合い、友達と向き合った3年間はどんな寮生活でしたか。決して楽しいことばかりではなかったと思います。我慢も多かったかもしれません。しかし、寮の仲間と共に毎日礼拝を守り、共に食事をし、共に語り合う、とても濃厚な時間を過ごしたのではないかと思っています。今日、3年前とは違う成長した皆さんの姿を見ることができるのは、私たち家族にとって大きな喜びです。
寮務教師の先生方、様々な面からサポートしてくださった皆様、3年間子どもたちの心と体の成長を見守り、支え導いてくださったことに感謝申し上げます。特に寮務教師の先生方は、子どもたちとぶつかることもあったと思います。しかし、いつも本気で向き合ってくださり、共に考え悩んでいただいたことと思います。子どもたちを取り巻く環境がどんどん変化していく中で、本当に大切なこと・必要なことは何かを常に考えてくださっていることに、娘をのぞみ寮にあずけて良かったという思いです。何より、子どもたちと関わることを喜びとしてくださっている姿に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
保護者の皆様、子どもたちをのぞみ寮に送り出して、日常に我が子がいない3年間はどのようなものだったでしょうか。3年前の4月、娘が我が家を離れてしばらくは、何とも言えない寂しさがありました。それでも、電話で楽しそうに寮や学校のことを話してくれる声に、元気にやっているのだなあと安心したものです。時には元気のない声が電話口から聞こえてくることもあり、すぐそばに行ってやれないもどかしい思いをしたこともありました。私たち夫婦も敬和の卒業生で寮生活を経験しましたので、寮は自分で頑張るところ、と、放っておくわけではありませんが、遠くから応援するのが親の役目と、我が子のために祈る日々でした。離れたところにいる娘のために祈るということが、私たちにとっては大切な時間であったと思います。保護者の皆様の中には、役員を務めてくださり、のぞみ寮に深く関わってくださり、子どもたちのためにお支えいただいた方がおられたこと、なかなか敬和に来ることができない我が家にとって、そのお支えが本当に心強かったです。この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。
旧約聖書のサムエル記に、「人は目に映ることを見るが、主はこころによって見る。」とあります。これはダビデが王に選ばれるとき、外見や人が思う能力ではなく、ただ神の選びによってイスラエルの王となる場面で語られています。のぞみ寮は、この御言葉のように、寮生一人ひとりの心を見ようとしてくれる場所だと思っています。
55回生の皆さんは、これからそれぞれ新しい道へ進んでいきます。新しい生活は、のぞみ寮で過ごした時間の流れとは違い、戸惑うことがあるかもしれません。けれど、どうぞめげないでください。皆さんは、それぞれ目に見えない素晴らしさをもっています。それを見ていてくれた先生、認めてくれた仲間がいたことを覚えていてください。そして、ありのままの自分を愛して心によって私たちを見ていてくださる神様がいるということも覚えていて欲しいと思います。自信と誇りをもって、新しい道へ進んで行ってください。55回生の皆さんのこれからの歩みの上に、神様の豊かなお恵みがあることを祈っています。
~のぞみ寮讃歌~
「君とわたしは同じにはなれない」 41回生・大望館 岡村 翼さん
この度、敬和学園高校のぞみ寮の「寮歌」を作詞・作曲させていただきました。去年のクリスマス、敬和のチャペルで歌わせていただいた際、寮長先生からお声掛けいただき、今回の楽曲制作をさせていただくことになりました。
元々は男子寮2つ、女子寮2つの4館体制だったのぞみ寮。コロナウイルス感染拡大の波を受け、生徒数が減っている状況から、2年前に男女それぞれ1つずつの2館体制に縮小しました。今年度卒業する学年が4館体制の景色を知る最後の世代。この風景を何らかの形で残せたら・・・・・・という思いで寮歌の制作に思い至ったとのことでした。「のぞみ寮」は僕自身が在学中3年間を過ごした場所。いち卒業生として、縮小していく様子を寂しく感じていたので、お声掛けがとても嬉しかったです。
僕にお声掛けがあった時点で、卒業する生徒さんたちから、4館体制だった当時の思い出などをアンケートとしてすでに集めてくださっていました。みんなの手で書かれた言葉を読んでは、僕が3年間過ごした当時の記憶を思い返し・・・・・・。当時と同じところ、違うところ、色々な面を受け止めながら曲に落とし込んでいきました。
「君とわたしは 同じにはなれない」
のぞみ寮で過ごす時間は、そんなことを実感する日々だったと振り返ります。たくさんぶつかったし、でも、みんなの等しくも異なる心が一つの場所に集まり、同じ時間を過ごすことにたくさんの気づきや学びがあったとも感じます。
「同じにはなれない」という言葉だけでは寂しく聞こえるけれど、あの3年間を振り返った時、むしろそこには、豊かな「望み」があったんだなと思っています。僕が過ごしていたのはもう10年以上も前です。今を生きるのぞみ寮生はきっと僕とは全く違う環境を生きているんだろうなと思っていました。事実、アンケートには僕の知らない「ワード」がたくさん書かれていました。しかし、みんなによって書かれた文字に触れた時、きっと僕らと同じように、互いの違いから色んな気づきを手にしているんだろうなということも感じられました。そんな気持ちから書き上げた「のぞみ寮讃歌」は、のぞみ寮での時間がより豊かな時間になるように、そして揺らぎゆく未来へ旅立った先で、それぞれの「望み」がより色濃くなっていくようにと、そんな祈りを込めた1曲になりました。
「めぐみ館」「みぎわ館」「光風館」「大望館」の4館の名前を歌詞に織り込みました。過去から今、そして未来へ、一本の風のように吹き込んでいく、そんな曲になったらいいなと思います。
これから学期の節目やイベントごとなどで歌ってくださるとのこと。みんなの手で、みんなの歌としてこの曲が成長していくのが楽しみです。のぞみ寮生の皆さん、寮長先生の野間先生、本当にありがとうございました。
~「岡村翼のブログ」より~
~ご挨拶~
「神様がついていてくださいました だから、私はツイていました」 小林 渚
私事ですが、次年度よりのぞみ寮から学校内の仕事へ異動となりますことを、ご報告させていただきます。
9年間という日々はとてもかけがえのない時間でした。のぞみ寮生、保護者の皆様、寮務教師の先生方から、多くのことを学ばせていただけたことに心から感謝の気持ちでいっぱいです。
無邪気に笑う寮生の笑顔やエネルギー溢れる元気な声に何度も励まされ、それらは私の日々の歩みの糧でした。時に寮生と真正面から向き合ったことが何度もありました。その都度、自分では気づくことができない「自分」にいつも気づかせてくださったのは、のぞみ寮生の皆さんと遠くからお支えお祈りくださっていた保護者の皆様でした。ありがとうございます。
10代の高校生の皆さんが感じている世界、見ている世界を9年間共に過ごす中で、一緒に悩み苦しかった時も、心から喜びでいっぱいだった時も、どんな時でも、どんなことにも神様がいてくださったことを実感しています。寮生皆さんとの出会い、保護者の皆様との出会い、寮の先生方との出会い、良いことも苦しいこともすべてがとっても「ツイていた9年間」となりました。本当にありがとうございます。
「共に歩む」 蟻川 亜樹
約半年という短い期間でしたが、ものすごく濃い素敵な時間を過ごす事が出来ました。神様の導きによって敬和学園高校のぞみ寮で働くことが出来た事は、私の一生の宝物です。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
この半年間で、生徒の笑顔・泣き顔・悩んだ顔、色々な顔に出会いました。どの顔もとても素敵な「顔」でした。今後の人生において、悩み苦しむ時間も必要であるが、共に寄り添う人が必要だと思っています。
誰かとの出会いで人生が変わることもある。過去は変えられないけど未来は変えられると信じています。だからこそ、生徒と共に悩み、時間を共有することができる寮務教師という仕事は、本当に素敵な仕事であると感じました。
この半年で色々な顔にも出会う事が出来、共に歩むことが出来た事は、私の成長にも繋がりました。
限られた時間の中での生徒との関わり、1つ1つがすべて愛のある時間で忘れることの出来ない時間となりました。本当に有り難うございました。