マタイ22章34-40節は、敬和学園の建学の精神そのものです。「律法の専門家」の問い「律法の中でどの掟が最も重要でしょうか?」は、敬和では聞きなれた問いですが、この問答の凄さが分かりますか?ちなみに、生徒手帳の「生徒心得」、部活動や委員会、寮等の全てのルールの中で何が一番重要か?と、聞かれて答えられますか?
当時のユダヤ世界には、全部で611の掟がありました。これを全部守るのは大変だったと思います。旧約聖書によると安息日には、火を焚くことも、薪を拾い集めることも許されませんでした。掟に対して誠実に生きたいと願う人々の切実な問いは、この600もの戒めの中で「一体どれが一番大切なのか?」でした。
さて、イエスの答えは痛快です。1つめは「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(申命記6:5)。2つめは「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ記19:18)です。イエスは、この2つが、律法全体を総括すると言われました。この「愛」はギリシア語では「アガペー」と言い、ある牧師先生によると「愛する対象に全く価値がなくても、注ぎこまれる愛。さらに、愛が注ぎ込まれたがゆえに、その対象に可能性や価値が生まれ、美しく生まれ変わっていく力を持っているもの」なのです。
さて、問題は、この愛することの難しさです。愛とか優しさとか、人が生きる上で最も大切とされる生き方は、言葉で教えようとしても教えられません。これを人格的真理といいます。これらを本当に理解するには、自分が実際に生きて、苦しみ悩んで、はじめて分かるというものだからです。
社会科教師が主人公の漫画『ここは今から倫理です。』(NHKでドラマ化)の中で、ヒロインの逢沢いち子が卒業式の後、高柳先生に告白するシーンがあります。高柳は丁寧に断りますが、若い逢沢にはそれが受け入れられず、「もういい。もうヤダ。……」と叫んで飛び出します。高柳は一人その場にうずくまり、心の中でこう言う。「教えたい。倫理がとても大切な事で、それがたとえ分かってもうまくなんて生きられない。そんな愚かな人間の愛し方を……自分自身の愛し方を……」と。高柳の葛藤は痛々しいほどよく分かります。
愛は言葉では教えられない。しかし、聖書が心から私たちに願う生き方は、このイエスの言葉に集約されています。そんな生き方ができれば、私たちは世界中どこに行っても必要とされ、愛される存在となることを、ぜひ覚えておいて下さい。(全体礼拝より)
寮生リレー 〜フェスティバル編〜
「最高の瞬間」 S.K(大望館3年・群馬県)
「人生で本当に最高と思える瞬間を過ごしたいのなら、最低で苦しい時間を過ごさなければいけない。しかし、最低と感じた時間は最高の瞬間という名の絵の具で一瞬にして塗り替えることが出来る」私はフェスティバルで合唱チーフを担当し、そう感じた。声楽部部長をやっている私にはプライドがあった。だから私は「合唱部門で一位を取る」と心に決めた。
いざ始まると課題は厳しいものだった。今年の合唱はコロナウイルスにより練習時間も場所も人数も厳しい制限がかかっていた。「この制限の中でどうすれば人の心に届く最高の音楽を作り出せるのか?」私は必死に考えた。明日のために夜遅くまで事務作業をした。孤独だった。学校生活は常に眠く、重い目を必死に開けることに体力を使っていた。苦しかった。たくさんのミスをして自分の不甲斐なさを思い知った。辛かった。心も体もボロボロで最低だった。しかし、ランチの時間にも関わらず毎日ほぼ全員が練習に出席し、私の指導を真剣に聴いてくれた。伴奏者は超難関曲にも関わらず、弱音一つ吐かずに練習してくれた。一人じゃないことに気付いた。
本番ではメンバーだけでなく観客をも一体にした。その時の感情は言葉で表すことが出来ないほど最高だった。そして、目標通り一位を取ることが出来た。この瞬間、私の中で最低だったはずの準備期間が最高の経験へと塗り替わっていた。私についてきてくれてありがとう。そしておめでとう。本当にお疲れ様でした。
フェスティバル当日登校の様子
「フェスティバルを通して」 Y.K(みぎわ館3年・東京都)
私のフェスティバルは絶望からのスタート。かつて、寮の部屋の先輩が日々頑張る姿を見て、ずっと憧れていた総合チーフ。その気持ちは消えないまま3年になり、遂に夢が叶うと安心していた私。でもそんな甘い考えはあっさり破られ、これまでの思いも、選ばれる為の小さな努力も、全部無駄となりました。勝手にライバル視していた人は、特に競うこともなく、総合チーフに選ばれ、悔しさと嫉妬で気が狂いそうでした。
数週間、落ち込みました。周りの総合チーフ達が輝く姿に毎日圧倒され、その度に複雑な感情が私を苦しめました。そんな時、友達が1通の手紙をくれて、「総合チーフじゃなくてもKは輝けるよ」と書いてくれていました。私に希望をくれたのは、大事な友達でした。そこからスイッチが入り、自分の全力を毎日出すことに専念して、競技チーフ・ピアノ伴奏・ダンスに挑戦しました。人をまとめることが苦手なのにチーフをしたり、ダンスが苦手なのにダンスをしたり、難易度の高い合唱曲の伴奏を任されたり、簡単な毎日とは到底言えなかったです。でも、今までに感じたことのない充実感と大きなやり甲斐がありました。
傷ついたり、迷惑をかけたり、失敗したり、でも、そのなかで喜びが本当に沢山ありました。挫折は悪いものではなかったと今は思います。努力は人を裏切らない。それが形となり、個人賞を頂くことが出来、私のゴールは文句無しと言っていいほど、最高に幸せでした。
「敬和生活最後のフェスティバル」 N.K(光風館3年・新潟県)
私は今回、敬和生としての最後のフェスティバルを迎えました。最後のフェスティバルは、ダンス部門のメンバー、合唱部門の指揮者としてフェスティバルに臨みました。実は、最初から積極的にやりたいと思っていたわけではなく、ダンス部門は「友達がやると言っているから、やってみようかな……」合唱部門の指揮者は、「頼まれたから渋々……」といった感じで始めました。今思い返すと、こんな気持ちで引き受けてしまい、申し訳ない気持ちです。
ダンスも指揮者もどちらも初めての経験でした。とにかく、自分に務まるのかと最初は不安で仕方がありませんでした。そんな私に、ダンスも指揮者も友達が熱心に何回も何回も教えてくれました。また、放課後や寮で、自分で何回も練習をしているうちに、少しずつですが、それなりにできるようになってきたという実感が湧いてきました。
そしてフェスティバル当日を迎えます。緊張の中、大雪クラスの順番が回ってきました。本番はとにかく必死で臨みました。うまく言えませんが、ダンス、合唱ともに、全てを出し切ったと自信を持って言えます。結果、ダンスは1位をとることができました。合唱は5位という結果でした。
ダンスも合唱もどちらも練習の時から、時には友達とすれ違い、中々うまくいかない時もありました。しかし、みんなが本当に支えてくれたおかげで、最高のフェスティバルになりました。最後のフェスティバルは本当に一生の思い出となりました。ありがとう!
フェスティバル競技 学年リレー
「大好きな仲間が増えたフェスティバル」 M.H(めぐみ館3年・岩手県)
「フェスティバル、早く終わってほしい」と何度思ったか、数え切れません。フェスティバルの準備期間中、私の頭の中には、焦りとイライラで溢れていました。他の連合のことを見るとうまくいっているような気がしていました。毎日忙しく、焦りと蓄積する疲れ。そして度重なる減点。「私だけが疲れているんじゃない」と思いながらも、クラスメイトに不満が溜まっていく日々。不満がお互いに溜まり、爆発した日もありました。何度も何度もぶつかり、そして何度も何度も向き合いました。
フェスティバル活動を通して、友達の嫌なところがたくさん見えてしまう自分に落ち込む日もありました。そんな落ち込んでいる私に声をかけてくれたのは、寮の仲間やクラスメイトでした。「H、大丈夫?」と声をかけてくれただけで、心が軽くなりました。声をかけられて「私はみんなに支えられているんだ」と気がつきました。不満ばかり溜まっていた自分がとても恥ずかしくなりました。
支えられていると気づいた時は、フェスティバルも後半戦でした。それからは、みんなに感謝しながら1日1日を大切に過ごしました。私はダンスチーフと合唱部門に所属しました。
本番当日は、今までのフェスティバルの中で一番楽しかったです。苦しみをみんなで乗り越えた景色はとても綺麗でした。大好きな仲間が増え、たくさんの収穫があったフェスティバルでした。
寮生リレー 〜前期を振り返って〜
「勇気付けられた経験」 F.K(大望館1年・新潟県)
2021年4月、私は期待や興奮、不安や緊張と共に入寮しました。それから目まぐるしい日々が続き、いつの間にか一ヵ月が過ぎた5月に入った頃でした。その頃は寮祭などの行事が終わり、先輩方や先生方に優しく接していただいたおかげで、同級生とも仲良くなり、寮が居心地の良い場所に変わっていました。
そんなある日、私は大きな災難に見舞われました。寝ている時、左の肺が痛むようになったのです。最初は「ちょっと痛い。すぐ治るかなぁ」くらいでしたが、少しずつ痛くなりました。数日経ったある日、私は激痛で飛び起きました。その後、病院に行くことになり、肺に水が溜まっていることがわかり、胸膜炎と診断を受けました。
その夜、大望館の礼拝で先生が伝え、みんなに早く治るように祈ってもらいました。それだけでなく、同級生や先輩方からいろんな場面で「大丈夫?祈っているよ」と声を掛けてもらいました。寮生活では、仲間の誰かが傷付いたらみんなで共有し、心配して協力していきます。今まで仲間にこれほど心配されたことがない私は、このことにとても嬉しくなり、とても勇気づけられました。
未だに完治しておらず治療中ですが、共に過ごす仲間が自分のために祈ってくれるので、これからも頑張りたいと思います。
「2年生前期を振り返ってみて」 K.N(みぎわ館2年・新潟県)
敬和での生活を送って2年目になりました。前期はクラス替えもあり、新しい学年としての生活が始まりました。そして、私の大好きな居場所であり、家でもあるみぎわ館に新しく入ってきた初めての後輩。それに今年から53回生の一員となったRさんとの出会いがありました。
新しい環境と出会いの中で、私は楽しみでワクワクした気持ちと不安に思う気持ちでいっぱいでした。ですが、いざ前期が始まってみると新しいクラスの友達は、みんな良い人たちばかりでした。クラス替えを経験したことのない私にとって新鮮でした。今のクラスは、元気で楽しい居心地の良い場所になっています。
寮に入ってきた新一年生も良い子たちばかりです。みんな可愛くてたまらないし、世話を焼きたくて仕方ありません。53回生にやって来たRさん。初めは「おとなしい子なのかな?」と思っていましたが、生活を共にしていく中で仲良くなっていくと、とても面白い子だということがわかりました。Rさんもかけがえのないみぎわ館53回生のメンバーの一人です。
私は2年生になって新たな出会いを通して、大切なものや人が増えました。そしてこれからも人との関わりを大切にし、敬和での思い出や人間関係をこの先の人生に活かせるように、残りの1年半、この敬和で自分がやったことのないことにチャレンジし、たくさんの経験を重ねて学んで行きたいと思いました。
「教師の一言」 男子寮 片岡 自由
「神様はいるか?いないか?」先日、寮生と会話して、このような考えに落ち着きました。「神様はいる。なぜなら、たくさんの祈りが聴かれて敬和学園が建てられ、今こうして私たちがここにいるから!」神様の御心が働いていることを実感する出来事でした。
昨年度から各館で生徒が主体となり、祈祷会が始められています。キリスト教がとても重要にしている、祈ることが私たちの生活と密着し始めているのです。仲間のために祈る、そんな寮生と共に歩めることに心から感謝します。