2015年9月18日金曜日

光風館通信 第458号(9月16日)

< 誕生日おめでとう! >

 9月8日(火)に8・9月合同誕生会を開催しました。今回のリクエストは『たこ焼き』でした。S.G君(3年)に「今回の8・9月合同誕生会は去年に引き続き、“タコが入っているたこ焼き”でお願いします。みんなで作って美味しいモノをたくさん食べたいので……」と、いつものダンディな声でお願いされました。今回はスタンダードなたこ焼きのほかに、トッピングとしてチーズ・キムチを入れて焼いたり、味付けはソース・マヨネーズだけでなくマヨポン(マヨネーズ・ポン酢)で食べたりしました。

0916_ko01 光風館では時々“たこ焼きパーティ”が開催されます。そのパーティでは約3時間かけて、たこ焼き300個以上を食べます。しかし、やはり300個以上のタコを準備すると予算がかかってしまうので、一口サイズにウィンナーを切って、タコの代わりに入れています。予算の関係上、タコの代わりをウィンナーにしているのであって、私がウィンナーを指して「この食材はタコって言うんだよ」と、光風生を騙しているわけではありません。決して勘違いしないでくださいね。

 この日はS.R君(1年)の誕生日でした。みんなは約150個のたこ焼きを平らげながら、まるで弟のように可愛がり、お祝いしていました。おめでとう! (片岡)

 

 

 

< 受洗おめでとう! >

 “受洗”と聞いてわからない光風生も多いと思います。受洗とは、「キリスト教の洗礼を受ける」ということ。つまり「私はこれからの人生をクリスチャンとして生きていきます」という意思表明であり、それをキリスト教界では『信仰告白』と言います。原則としてクリスチャンになったこと、受洗したことの取り消しは出来ないので、大きな覚悟が必要となり、人生の中で大きな決断となります。一生に一度しかない、その喜ばしく大切な時を与えられた光風生2人を紹介します。

0916_no03 まず1人目は、H.H君(3年)です。7月26日(日)日本同盟下呂聖書教会にて受洗しました。彼は5月のある日、パソコンを前にしてお話を考えていました。私が声を掛けると、毎週水曜日の昼休みに行われている祈祷会でお話を頼まれたとのことでした。私が「どんなこと、書いているの?」と聞きながらパソコンを覗き込むと、彼は必死になって画面を隠しながら一言。「自由さん、当日来てくれますよね?それまで秘密です。」その言葉に私自身、とてもワクワクしながら、彼がお話をする祈祷会へ行きました。そこには、彼が中学時代と前の高校で苦労した経験を力強く、時には涙を堪えながら話す姿がありました。そして最後に「キリスト教がいつも私の柱になっていたのだと感じ、この夏に受洗することを決めました。」との言葉に、感動したことを憶えています。当日、列席することは出来ませんでしたが、喜びと恵みに溢れる時となったことでしょう。

 そして2人目は、S.H君(3年)です。9月6日(日)日本基督教団新潟教会にて受洗しました。正直に言うと、彼が受洗することを知ったのは5日前でした。一般的に受洗する前にはキリスト教をさらに深く学ぶため、牧師との勉強会があります。彼が受洗をする5日前の夕方、のぞみ寮本部に新潟教会 N牧師が顔を出しました。「S.H君との勉強会のために……」とN牧師から言われ、私の頭の上にはたくさんの『???』が浮かびました。「何の勉強会ですか?」と質問する私に「あれ、聞いていないの!?来週、受洗するんだよ!?」と、N牧師も慌てていました。その日、点呼時にS.H君へ「お〜い、受洗するって、今日初めて聞いたんだけど!?」と言う私。その言葉に彼はベッドのカーテンを開けて「あっ、バレちゃいました?」と、とても照れくさそうにしていました。彼はみんなの前で受洗することがとても恥ずかしかったようで、直前まで寮務教師に申し出せなかったとのことでした。しかし当日、新潟教会には光風生をはじめ、たくさんの敬和生・卒業生・教師、そして家族や普段遊び相手をしているCSの子ども達が見守り、喜びを分かち合うことが出来ました。洗礼することを当日まで知らずにサプライズとならなくて、本当に良かったです。

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 2人の信仰告白は“のぞみ通信 No.212”に掲載しています。

 敬和学園に入学するまで、キリスト教に触れる機会が少なかった光風生もたくさんいることでしょう。今まで知らなかったキリスト教の世界に驚くことも多いと思います。「クリスチャンになりなさい。」と強制することはしませんが……せっかく敬和学園に入学し、のぞみ寮で生活しているのだから、なるべく多くキリスト教に触れてみてください。

 寮生は朝の全校礼拝、夜の各館礼拝、毎週日曜日誘い合って行く教会での礼拝を守り、大切にしています。その中では、お話を聴くことやお祈りすることで自分の気持ちを落ち着かせる時間となっていることでしょう。各館礼拝のお話は生徒主体なので、たくさんの仲間の想いを聴くことになります。そのお話をする人と向き合ってほしいと願います。そうすることで自分自身と向き合い、仲間と共に生きていることを感じ、大きな存在に今日も生かされていることに気付くはずです。それは敬和学園のぞみ寮が大切にしている『自分との出会い、他者との出会い、神との出会い』を体験することになります。

 これからも礼拝を大切にしていきましょう。そして改めて、受洗おめでとう!(片岡)



のぞみ通信 No.212(2015年9月16日)

「救いの神」             寮長 信田 智          

 この夏休み東京から息子たち家族が遊びに来ることになり、もう子供達と一緒に佐渡に行けるのも最後になるかもしれないと思い、佐渡に一泊で出かけることにした。チケットもパックで取り、いよいよその日を迎えた。13:00発のジェットホイルのつもりで朝の時間を過ごしていた。何気なくチケットの確認をしたら、何を勘違いしていたのか、なんと出発時刻は12:00発であった。

 慌てて皆で身支度をし、11:00に何とか車で家を出ることが出来た。出発時刻の思い違いに気付くのが、もう少し遅かったら間に合わなかったであろう。まずは一安心して佐渡汽船のターミナルに来てみると、今度は駐車場が長蛇の列でなかなか進まない。時間がない。足元のおぼつかない妻と孫がいるので、出来るだけ入口の近いところで下すことにして、別の駐車場を探すことにした。

 そこに、フェリーから降りてくる車の誘導をするために、警備をしていた係員がいたので声をかけたところ、安全な場所に誘導してくれて、まずは荷物と家族を降ろすことが出来た。するとその係員が、サングラスをかけ、帽子をかぶっていた私に、「信田先生ではないですか、27回生のIです。」と声をかけてくれた。卒業してから20年近く経つのに、よく覚えていてくれたと嬉しくなった。私もすぐに顔は思い出したのですが、船の出航の時間もあるので、話もそこそこに駐車場探しに出かけなければならなかった。

 ところが、後で分かったのですが、その日は、新潟で大きなイベントがあり、ターミナルから一番遠い駐車場まで行ったが、どこも満車であった。出航の時間はどんどん迫り、このままではとても間に合わない。ここは、先ほどめぐり合わせてもらったI君に頼むしかないと思い、無理を承知で引き返し、フェリーから出てくる車の誘導をしていた彼に何とかならないかと頼んだが、彼の自由になる駐車スペースはなく、どうにもならない旨を告げられた。

 困り果てていた私を見て、彼は事務所の職員が使用している、一つ空いていた駐車スペースに私を誘導してくれたのです。まさに救いの神に出会ったように思えた。急いで家族のもとに駆けつけ、乗船手続きを済ませたのが出航5分前。心の中で、救いの神に感謝の祈りをささげて佐渡に出立した。

 振り返ってみると、朝の出発準備の時、ふと出航時間を確認させてくれた目に見えない力、家族を降ろすために車を止めた場所にいた佐渡汽船の職員が、たまたま彼が在学中、私のフリーレッスンを受講者していた卒業生であったこと。人はそれを偶然と言うだろう。しかし私には、私の神様が救いの御手を指し伸べ、折にかなう助けを与え、導いてくださったとのだと、はっきりと自覚できるのです。

 神なき人生は、自分の知恵と力以上に出るものはない。しかし、神と共に生きる人生には、自分の知恵や力を超えた、目に見えない力が注がれるのである。

 

 

 

寮生リレー通信  (第124回)

 今月の寮生リレーのテーマは、1年間の留学から帰って来たS君(大望2年)、「敬和キャンプ」について光風館1年生、「海外教室」についてみぎわ館2年生、「広島碑巡り」についてはめぐみ館3年生に原稿を依頼しました。

 

「一年間の留学を経て感じた事」

S.Y(大望2年 奈良県上牧町)

 私は去年の8月から今年の7月まで、交換留学生としてアメリカンのオレゴン州に派遣されていました。留学は楽しそうで、かっこよさそうということを連想する人もいるかもしれませんが、実際は苦しいことの方が多かったと思います。英語もろくに話せない私が、人生初の飛行機に乗って着いたのはサンフランシスコ空港。フライトのシステムもよく分からず、チケットを見せながら、たくさんの見知らぬ人にジェスチャーで話かけ、ようやくたどり付いたポートランドから、4~5時間かけてのドライブで留学先の田舎町へ行くというスタートでした。学校に通っても授業が分からず、友人といえるような人もなく、宿題で遅くまで起きるという生活を続けながら学校へ通いました。もともと音楽を通して関係を広げたかったのですが、その高校のジャズバンドやマーチングバンドで交流を図ろうとしても、見向きもされないこともあり、前期の間はほとんど辛い経験しかしなかったように思います。

 それを支えてくれたのは、同じ地区の留学生とホストファミリーでした。留学生の友人たち、とくにヨーロッパ圏の友人は英語が上手で、愉快な子が多かったので、英語を教えてもらったり、一緒に遊んだりしていました。ホストファミリーはいつも私の相談に乗ってくれて、心のよりどころでした。そうしているうちに、後期の授業をきっかけに徐々に友人も増えていき、学校も楽しくなっていき、同時に充実感も生まれてきました。

私が留学をして変わったなと思ったのは、帰国してからでした。人と会話することへの苦手意識がなくなり、自分に自信がついて思ったことを口に出せるようになっていました。自分を好きになることもできました。この留学生活は、「ありのままでいること」の大切さを教えくれた、私の人生にとってとても大きなものとなりました。留学という機会を与えてくれた私の家族、支え続けてくれたすべての人達に感謝しています。

 

歌うバスケ部

歌うバスケ部

講師を呼んでのピラティス

講師を呼んでのピラティス

 

 

 

「敬和キャンプに参加して」~キャンプでの出会い~

S.R(光風館1年 神奈川県綾瀬市)

  「キャンプ」と聞いて、僕の中に“行かない”という選択肢はありませんでした。なぜなら、キャンプには素敵な出会いがたくさんあるからです。僕は中学生の時に参加したキャンプでA.Hさんに出会いました。A.Hさんは僕と出会ったことがきっかけで敬和学園へ入学を決めたと聞きました。そして47回生入学礼拝 新入生代表挨拶の中で、A.Hさんはキャンプで出会った僕のことを話してくれました。そのことを知り、僕も敬和に来るしかないと思い、入学を決めました。そのキャンプが無ければ僕は今、ここにいません。だから「キャンプ」と聞いて、参加することに迷いはありませんでした。
 実際、参加した敬和キャンプを思い出すと、楽しいことしか出てきません。それほど充実していました。人のために働く喜びを知り、労作をして疲れた後のご飯の美味しさを忘れることは出来ません。キャンプを通して、仲良くなった先輩がいます。そして、キャンプが無ければ出会わなかった仲間がいます。このキャンプに参加して、これからいろいろなことを積極的に取り組もうと思いました。
 でも新学期が始まったら、何も出来ないちっぽけな自分がいました。でも、今はそれでいいのかなと思います。そんな自分を知り、素敵な仲間に出会えたのだから。

 

 

 

「敬和キャンプでの素敵な出会い」

 S.R君の文章にあったように、キャンプの魅力のひとつには“出会い”があります。クラス・学年を越えて出会う仲間がいます。また、普段から接している寮生たちも敬和キャンプの中で、またひと味違った表情を見せます。敬和キャンプ三年間皆勤賞の女子生徒は経験を活かしてリーダーシップを発揮していたり、今年初めて参加した男子寮生たちは草刈りとペンキ塗りで大活躍していたりしていました。また敬和キャンプの目玉である食事は小西校長プロデュースの豪華なメニューです。食べることは大好きで得意だけど、料理に慣れていない寮生は、包丁を持つ手がぎこちなく苦労していた姿もありました。

 このキャンプの中で、失敗しながらもいろんなことにチャレンジしようとする寮生たちを見ると、我が子が親元を離れ、成長していく大きな嬉しさとほんのちょっとの寂しさを感じました。それと同時に、保護者のみなさまはそのような想いを持ち、こののぞみ寮に大切な我が子を預けてくださっているのだと考え、身が引き締まる想いを感じました。そして、日を増すごとに活き活きとした表情を見せ、成長していく彼ら・彼女らが何よりもの大きな喜びであり、そんな彼ら・彼女らと出会えたことに感動しました。

 今回、そのような素敵な時間の中で、さらに嬉しい出会いがありました。それはH.T君(1年生)との出会いです。その出会いが与えられ、H.T君は今学期から寮生になり、光風館へ入寮してくれました。ありがとうございます。

 こんな素敵な出会いがある敬和キャンプに来年、ぜひ参加してみませんか?嬉しいお返事お待ちしています!

光風館担任 片岡 自由

 

 

 

「海外教室に行って学んだこと」              

 A.E(みぎわ館2年生 新潟県三条市)

  私はこの夏に、海外教室でアメリカのカリフォルニア州へ行きました。ホームステイでちゃんと英語でコミュニケーションがとれるのだろうかとか、アメリカの生活に慣れるだろうかなど、少し不安はありましたが、何よりも楽しみでウキウキでした。アメリカに行ってしまえば、そんな不安も消えて毎日充実した楽しい日々ばかりでした。楽しいと感じたのは英語でコミュニケーションが取れたからだと思います。現地の人々はフレンドリーだったので、道を歩いていたり、買い物していたりするだけで、気さくに話し掛けてくれました。完璧な英語じゃなくても、笑顔で、伝えようと言う気持ちで話すだけで、相手は分かってくれました。楽しくコミュニケーションが取れて嬉しかったです。

 日本とアメリカで違う所は沢山ありました。けれど、やっぱり笑顔でコミュニケーションを取ることと、ちゃんと感謝を伝えることは変わらず、改めて大切だな、と思いました。

 ホストファミリーも本当のファミリーのように仲良くなることが出来て、幸せな3週間でした。

 

 

 

「広島碑巡りに参加して」

Y.M(めぐみ館3年生 北海道せたな町) 

  私が広島碑巡りに参加してとても心に残っていることは、被爆者の方のお話を直接聞くことができたことです。ある一人の被爆者の方が何度も「今のあなたたちは、幸せだね。」と言っていました。私たちにとって今の生活はすごく当たり前かもしれないけど、本当はこうやって生活できることも、学校に行って勉強できることも、すごくすごく幸せなことなんだと教えてもらいました。またある方は当時のことは思い出したくない、本当は私たちに話すのもすごく嫌なんだと言っていました。ですが、それでも何も知らない私たちに当時のことを伝えてくれました。その方は大人になっても、就職しても、被爆したというだけで差別され、ずっとずっと苦しんでいたと話されていました。そんな方たちのお話を聞けたことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 70年前に戦争があった事なんて、今の私たちの生活からは想像できないし、時間が経つにつれ私たちは忘れていってしまう気がします。私はそれがとても怖いです。そのためにも、私たちが周りの人へ伝えていかなければならない、という事を広島に行って実感しました。そうして強い気持ちがあれば行動に移せるという事を学びました。

 今回、広島に行き、様々なことを自分の目で確かめ、自分の耳で聞くことができました。体も心も全てを傷つける戦争を2度としてはいけないと強く思いました。日本という国が大きく揺れ動いている今、もっと多くの人に戦争について平和について考えてほしいと思いました。私は、戦争は答えではないと思っています。すごく温かくすてきな広島を、そして日本を守っていくのは私たちの世代だと思いました。まずは「日々の生活で周りの人を思いやる」そんな小さな行動が平和につながると私は信じています。

 

 

 

受洗おめでとう!!

 7月26日にH.H君(光風館3年)、9月6日にS.H君(光風館3年)の両名が受洗しました。のぞみ寮での生活を送る中で、他者に出会い、自分に出会い、神に出会ってキリスト者としての道を歩む決心をした恵みに感謝したいです。今月号に彼らの信仰告白を掲載させて頂きます。

 

「信仰告白」

S.H(光風館3年 新潟県新潟市)

 僕の両親はクリスチャンなので、生まれてからずっと教会に通っています。二人の姉は高校二年生のクリスマスに受洗しました。だから「自分も同じ頃になったら受洗するのかな」と漠然と考えていました。でも高校二年生のクリスマスになっても受洗する気にはなりませんでした。高校三年生になって進路を考えているうちに「受洗するか?」という話になりました。けれども、受洗がどういうものなのかよくわかっていなかったので、N牧師から話を聞きました。はじめは話を聞いても受洗するかどうか迷っていました。でも「今がその時なのかな」と思ったので、受洗を決意しました。

 今までいろいろな方の支えがありました。中学二年生まで通っていた教会の牧師が「家出したくなったらいつでもここに来なよ」と言ってくださったこと。婦人会の方が「部活で礼拝に出られなくてもご飯を食べに来て。ちょっとでも顔を出してね」と言って毎週昼ご飯を用意してくれたことなどを思い出しました。教会には支えてくださる人たちがたくさんいたので、僕にとって教会は身近なところであり、あって当たり前の場所でした。そして第二の家でもありました。

 中学三年生になる頃、不安に思うことがたくさんある中で新潟に引っ越してきました。転校先の中学校は好きにはなれず、ネガティブになっていました。新潟教会に来てもソファで寝ていたり、人のいなさそうなところに行ってマンガを読んだりとダラダラして過ごしていました。そんな僕にも新潟教会の方々は声をかけてくださいました。敬和学園に入学してからも教会に通っていると、「中学生の頃より明るくなったね〜と声を掛けられた」と両親が言っていました。その時に僕のことを見守ってくれていたんだと思いました。

 今日、洗礼を受けることが出来るのは、今まで僕のことを支えてくださった方々のおかげです。N牧師といろいろな話をしていくうちに、今までいろんなことがあり、いろんな人に助けてもらったことを思い出しました。そのことを忘れないように、そして支えてくださった方々への感謝を忘れないように、これから歩んでいきたいと思います。

 

 

H.H(光風館3年 岐阜県下呂市)

 私は「これまでの人生、順調にきてそうだよね」とよく言われます。でも、本当のことを言うと、それとは全く正反対の生活を送ってきたと思います。私は中学生の時、たくさんの役を担いました。ですが、それが裏目に出てしまい、仲間外れにされました。それは、中学三年生の冬に起こったことだったので、何とか頑張って中学を卒業しました。

「そんな自分を変えてやる」と誓って、地元の公立高校に入学しました。でも、そこでも友達関係のことでトラブルになり、自分の居場所をなくしました。また、部活動は陸上部の長距離に入りましたが、県内トップでとても厳しく、勉強も進学のためにすごくハードでした。塾にも通い、自由な時間はほとんどありませんでした。毎日朝5時に起床し、学校に行き部活をし、8時までに10キロ以上走り、学校が始まり授業を受けて、学校が終わると宿題をしてから寝るという毎日でした。今考えると、よくあんな生活をしていたなと思います。そんな生活に嫌気がさし、親に全てを語りました。そうしたら「立ち止まることも大切。休みなさい」と言ってくれました。その後、学校を休むようになったある日、母が「いっそのこと学校をやめたら?」と言ってきました。正直驚きました。両親はすごく厳しいと、私はその時まで思っていました。私は悩んだ結果、前の高校を辞めることにしました。でも高校を卒業しないと良い大学にもいけないし、就職も出来ない。さすがに高校中退で終わるのはまずいと思い、次の学校に行くことを決心しました。ですが次の学校と言っても、一回学校を辞めたわけで、定時制の学校にいくのだろうと思っていました。

 そうしたら、たまたま教会に敬和学園を知っている人がいて、紹介してくださいました。最初は全然行く気がありませんでした。ですが敬和学園のパンフレットをもらい、そこに書いてあった「イエス様は、乗り越えられない試練を私たちにお与えならない」という校長先生のお話に感動して、この学校に入ろうと思いました。

0916_ko02 私は敬和学園に合格し、入学礼拝まで時間があったので、両親の提案でニュージーランドに5週間短期留学をしました。私はあまり英語が喋れるわけではないので、すごく苦労しました。一人で行ったので、相談できる相手もいないし、日本に連絡することもできませんでした。そんな時、私を支えてくれたのは、日本人教会でした。そこは私にとっての心の拠り所でもあり、英語を学べる場所でもあり、そこでたくさんの友達もつくることができました。

 私はたくさんの試練に遭い、心が折れそうな時がたくさんありました。でも今思えば、全て乗り越えてくることが出来たし、その経験が今の私を創り上げているのだと思います。神様が私の後ろにいてくださり、私の背中を押しくださって、ここまで歩むことが出来たのだと思います。全てが自分を成長させてくれるきっかけでした。本当に今までの全てのことに感謝しています。

 こうして考えてみると、キリスト教がいつも私の柱になっていたのだと感じる機会がたくさんありました。私の家はクリスチャンホームで、小さいころからキリスト教と関わる機会も多く、自分の名前も聖書からとられ、今こうして敬和学園にいること、そしてこの先もキリスト教を柱として生きていくこと。全て神様の導きであったと思います。このような、環境や機械を与えてくれた、両親には感謝してもしきれないほどです。私はこれまで神様に守られて来たように、これからも神様を信じ、人生を歩んでいきたいと思います。

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ビバ!2年生合宿!

0916_no05 今年初めて、2年生合宿の夜の部を4館合同で行うこととなりました。昨年までは4館それぞれで、近所のスーパー銭湯へ行ったり、お茶会をしたり、ミーティングをしたりしていました。夏休みに入る前、「そもそも2年生合宿って何のためにするの?」と東副寮長から投げ掛けられた質問に、あれやこれやと答えるうちに、「4館でのぞみ寮だよね。今年は後半、4館で何か取り組んでみようよ。」と寮務教師が盛り上がり、合宿後半は2年生全員での活動となったのです。

 いったい何をしたのか?ゲームです。まず、2年生全員によるバースデーチェーンを行い(言葉を使わず誕生日順に一列に並びます。)、そこから10チームに別れ、スタートしました。このバースデーチェーンも60人ほどの大人数でのチャレンジは見ごたえがありました。一声に寮生と言っても当然色んな人がいます。しゃべるのが好きな人もいれば苦手な人だって。積極的な人もいればもじもじしちゃう人だって。それでも4分30秒ほどで一列になりました。この短い時間でとれだけの助け合いが行われていたことか!言葉はなくても、どれだけのコミュニケーションが行われていたことか!寮生ってすごい!って改めて思わされました。 

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 そしていよいよ本番。デザートの景品を賭けて、300本のストローとテープでタワーをつくりました。ストローは一本たりとも残してはいけません。使い切る。30分以内に。1チーム5~6人の10チームで競いました。ゲームはわいわい、笑いあり、大笑いあり。互いに思いつく案を口にし合い、役割を分担し合い、改善を提案し合い、教え合い……。結果は40㎝から3mまで、形も高さも様々な10個のタワーができました。 楽しかった~!

0916_no08 このゲームを通して2年生が体験したことはたくさんありました。同じ目標に向かうこと、それに向かって意見を出し合う大切さ、改善点を口にする必要性、一つ一つの役割に大小はなく、どれも大切なこと、「わかんない!」や「どうやったらいいの?」なんて気軽に口にすればすぐに誰かが手を貸してくれること……などなどです。これって、実はこれからの世代交代、館創り、チーム作りにとっても大切。このゲームで体験・体感したことはそのまま日常生活でも使ってほしいことばかりです。それが出来れば、最強のチームに成ること間違いなしでしょう。みんなの、これからの活躍を大いに期待しています!それにしても、今年の2年生合宿は私にとってもすごく楽しいものでした!(森口)

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9月の献立について栄養士からひとこと

 夏休み明けは例年、朝食を口にしない生徒が目立つようになります。休み中お子さんの家での様子はいかがでしたでしょうか。9月の終わりには一大行事の修養会が待っています。そこに向けて、気力も体力も充電できるような秋の旬の食材を盛り込んだ献立にしてみました。16日の夕食は郷土料理の予定でしたが、この夏留学から帰って来た2名の寮生からのリクエスト献立にしました。メニューは海鮮ちらしずし、けんちん汁、和風サラダ、プリンアラモードです。二人ともお寿司やけんちん汁と和食をリクエストしたのが印象的でした。

 保護者の方々にお願いがあります。毎月1回、夕食のメニューに郷土料理を出したいと思っています。そこで、地元の美味しいお料理のレシピを教えて頂きたいです。一品でもかまいません。ぜひ、よろしくお願いします!

(管理栄養士 五十嵐 亜紀)

 

 

 

 

ピアエデュケーション行いました

 9月9日(水)放課後、大学生や高校生が様々なテーマについて学び合う「ピアエデュケーション(仲間の教育)」をおこないました。寮生は3年間で2回経験します。一回目は「性交」について2年生の時に、今回の2回目は「妊娠と出産」について3年生を対象に行いました。

 お隣の新潟医療福祉大学の看護科の学生さんたち12名に来てもらいました。年の近いお兄さん、お姉さんたちが、妊婦体験の出来る道具をもってきてくれたり、赤ちゃん人形を使った抱っこ体験、劇あり、スライドあり、時間をかけてくれた準備で一生懸命に大事なことを伝えてくれました。

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寮務教師からのひとこと

 各学年では、修養会に向けての準備中です。生徒たちは、現地へクラス担任と下見に行ったり、宿泊の部屋割りについて話し合ったりするなど、普段の授業や部活動に加えて慌ただしくも、元気に過ごしています。

 先日、関東・東北での大雨に見舞われた地域がありました。幸い、のぞみ寮にいる生徒の関係者、ご家族の皆様方におきましては、皆様無事という報告をいただき、ホッと胸をなでおろしております。しかしながら、この災害を見たとき、数年前の新潟三条市の大雨大災害のことを思い出さずにはいられませんでした。今回の災害にいち早く立ち上がった地域として三条市の方々の姿が報道にありましたが、どの地におきましても災害に遭われている方々の、一日も早い復興を祈るばかりです。のぞみ寮の礼拝では、生徒たちは、そういった苦境に立たされている人たちのために、祈りに覚えて日々の礼拝を守っています。

 私たちも、皆様方からの、温かい祈りによって、日々の生活が守られていることに改めて感謝申し上げます。寒くなる季節柄、皆様のご家庭におかれましても、健康が守られますことをお祈りしています。

みぎわ館担任 榎本かな



2015年9月15日火曜日

みぎわ館 第228号(9月9日)

2年生合宿風景(後半:全館合同、友愛館にて)

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 後期がはじまる前日に、2年生合宿がありました。日中は、それぞれの館のプログラム。そして、夜は、4館合同で「チームビルディング」と題して、2年生全員で知恵比べ事、みんなで「ストロー500本、ビニールテープ、そしてはさみ一本」だけで、『タワー作り』を競いました。どのチームもユニークな作品でしたが、やはり、高さを競うとなると、そうも言ってられません。いつもと少し違う時間に、有意義な時を持つことができたのではないでしょうか。(榎本)

 

 

新しいブロック長、副ブロック長が決定しました。

ブロック長・・・N.Yさん

副ブロック長・・K.Cさん

 Nさんは、これまでの1年間、副ブロック長を務めてくれました。その彼女がブロック長にも立候補。そのブロック長に立候補者は、もう一人。二人とも、みぎわ館の事を思い、自分の力で貢献できることとしての想いを持って立候補してくれました。

 副ブロック長のK.Cさんは、4月当初は、なかなか寮生活には馴染めず、途方に暮れていた日が続いていたこともありましたが、5月も連休を過ぎた頃から、先輩達の声や、眼差しの素晴らしさを実感していたようです。

 それでは、二人の決意の文章です。

 

「ブロック長  決意表明」                2年 N.Y

 私は、まとめるような力は持っていなくて、全然、しっかり者でもありません。副ブロを1年やれたのは、他のみんなのおかげです。 私は、みんなの意見をちゃんと聞いて精一杯の力を出してブロック長として頑張ります!!!

 

「副ブロック長 決意表明」                1年 K.C

 副ブロック長として活動させて頂くことになりました、K.Cです。私は、入寮し、5月頃から少しずつですが、副ブロック長に立候補しようか、考えていました。私が立候補して良いのか、もっと他に任せられる人がいるんじゃないか、反対されてしまうのではないか、そんなことをずっと考えて、考えれば考えるほど、不安になっていました。
 先週行われた1年生ミーティングで立候補をする人がいるか聞かれた時に、手を挙げる勇気がなく、立候補の声を出すことが出来ませんでした。ですが、そのミーティングの後に榎本先生と3年生のブロック長のMさんに話を聞いて頂き、立候補することに決めました。相談させて頂いている時、Mさんが、「こんなに苦しくて、楽しい仕事はない」とおっしゃっていました。私は、自分もこんな風に言えるようになりたいと思いました。
 また、私は上からではなく、下からみんなを支えられるような人になりたいです。そして、それぞれが、自分の意見を出し合い、協力して寮生活を送り、みぎわ館をより良いものに出来るように頑張りたいです。1年間宜しくお願いします。

 

 

 

「女子力高めませんか!?」

 

 先日、食事委員のY.Kさんと、礼拝委員のT.Mさんが「食事のマナー」について話しに来てくれました。話しの内容はこうです。「折角美味しく頂いている食事も、結構、エチケット違反があるのは残念」。と言う事で、「女子力アップ」作戦と題してみんなと意見を出し合ってみることになりました。「ルール」、と言う堅苦しいものではなく、当たり前のこととしてみんなで「テーブルマナー」について何か気になること等についてのアンケートを取りました。

みぎわ館の声です。                                                                    

・ひじを付いて食べるのはどう?

・食べている時、口に物が入っているのに話をしているのは、いかがなもの・・・。

・食事中に走るのはやめて欲しい

・「お箸の持ち方」って、大丈夫?

・そもそも「ご飯の食べ方」ってどんな風?

              などなど。

 

 更に、このみさんは、図書館で「マナー」について、図書館から数冊の本を借りて来て、みんなで勉強しようとTさんと準備してくれています。さて、女子力アップ効果のほどは……乞うご期待です!

 余談ですが、この話合いを寮の本部でしていると、男子寮の片岡先生がクルッと、私たちの方に振り向いて「うん?女子力アップ!僕も行こうかなあ!」。言われてみれば、この話は女子に限らずですから、片岡先生もどうぞどうぞ。

 

 

世代交代のこの時期ですが、最後まで熱い取り組む姿は素敵です。

女子力アップが、みんなの喜びになるでしょう。取り組みをありがとう。(榎本)



2015年9月11日金曜日

光風館通信 第457号(9月6日)

< 夏休みのイベント 工作編?バスケットゴール? >

 今回は”夏休みのイベント 工作編”をお届けします。男子寮生たちが放課後や夕食後、光風館前でバスケットをして、楽しんでいる光景が毎日のように見受けられます。しかし長年使っていたバスケットゴールが古くなり、ボードはボロボロになってしまっても遊び続ける男子寮生たち。バスケットを通して光風生と大望生と一緒に遊び、親しくなるきっかけとなるので、今もこれからも大切な空間となっています。そのためにはバスケットゴールを新しくしなくてはいけないと考え、寮務教師で話し合い、購入することになりました。
 8月21日(金)今にも雨が降りそうな天気の中、作業時間は5時間にも及びました。バスケットゴールはアメリカ製だったので、ポールに自分たちでネジ穴を空けなくてはいけませんでした。それに一苦労かと思いきや、楽しんで作業している様子があり、安心しました。必死に説明書を読みながら、作業を進めている隣で「僕はBGM担当なんです」とドライバーをマイク代わりにして歌っている人。何度も小雨が降ってきましたが、無事に完成しました。
 でも実は、終盤に手伝いに入った私は驚きました。なんと彼らは説明書の順序にとてもとても忠実に作業を進めていたのです。もっとわかりやすく言うと、同時進行をしていなかったということです。一人がゴールの高さを上げる取っ手のパーツを組み合わせている横で「まだ出来ないの!?重たいから早くして!」と数人でバスケットゴールを支えている姿は、何のトレーニングかと思いました。もしパーツを全部作り終えてから組み合わせていたら、作業時間は半分になっていたのではないだろうか。そして、説明書の最後のページにはこう書かれていました。
 組み立てに必要な人数は大人2名。作業目安は約3時間。
 そんな彼らがわかりにくい説明書を解読しながら、楽しんでひたむきに作業している姿は、なんとも微笑ましく感じました。彼らの頑張りがあったからこそ、のぞみ寮生の大切な空間がまたより良いものとなりました。本当にありがとう!(片岡)

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 < 2年生合宿?漫画専用本棚の作成・キャスターとカーテンの修理? >
 8月24日(月)”2年生合宿”を行いました。2年生合宿とは、現2年生である47回生が「これからどんな寮にしていきたいか?」という話し合いを行い、また労作を通して協力しお互いの良さを見つけ、肌で感じて考えていく時間でもあります。この日は労作として”漫画専用本棚の作成・キャスターとカーテンの修理”をしました。今回の2年生合宿は館内掃除ではなく本棚の作成や修理としたのは、光風館の備品に自分たちの手を加えることによって、思い入れのある作品として大切にしてほしいという想いがあるからです。
 3つのグループに分かれ、作業が進められました。みんなへ指示を出してリーダーシップを発揮する人。黙々と電動ドリルで木にネジを打っていく人。本棚のペンキ塗りがうまくいかず諦めそうになっている人。40枚近いカーテンのやぶれている箇所をミシンで縫い合わせていく人。キャスターを取り外す力技と細かい作業に苦戦している人など、それぞれに活躍の場が与えられ、自然と笑顔になっていたように感じました。
 昼過ぎから始めた本棚の作成も夕方になり、完成直前のところに一台の車が光風生の目の前に止まりました。その運転席には野間先生の姿がありました。この日一番のビッグサプライズです。なんと野間先生は光風生が漫画専用本棚を作成したと聞きつけて “ONE PIECE全巻”をプレゼントしてくださったのです!「聖書科からの重要参考資料として、光風館のみなさんにプレゼントします!」という挨拶に歓喜の声を上げ、テンションMAXになる光風2年生。一冊ずつの裏表紙には「光」の文字が手書きされ、手作りの賞状を作るという手の込みよう。
 野間先生、ありがとうございます!感謝して大切に使いましょう。(片岡)

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< 光風館スポーツ大会?フットサル? & ようこそ光風館へ!! >
 夏休み明けに入寮したH.T君(1年)の歓迎会も兼ねて、8月29日(土)光風館スポーツ大会?フットサル?を開催しました。H.T君(1年)は試合中、応援している光風生からの「T?、行け?!」という声援に手を上げて応えていました。しかし、自分のところに来たボールを蹴ろうとした瞬間、体育館が爆笑の渦に包まれました。ボールを蹴ったはずが、ボールよりも飛んでいく彼の体育館シューズ。しかも靴を履き直す暇もなく立て続けに来たボールに焦る彼。もう一回蹴ろうとしたら、もう片方の体育館シューズまで飛ばしていました。そんな彼を見て周りからは「かわいい?!」と野太い声が飛んできました。今後の光風館スポーツ大会での彼の活躍がとても楽しみです。そして改めて、ようこそ光風館へ!(片岡)

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2015年9月3日木曜日

大望館通信 第242号(9月1日)

<二年生寮合宿>

 8月24日(月)に恒例の二年生合宿を行いました。合宿といってもメインの活動は大掃除です。いつもの掃除場所をより念入りに行ったり、普段はあまり手を付けていないところを掃除したりしました。

 今回の合宿では47回生の「チーム作り」をテーマにしていました。夏休みが明け、のぞみ寮の中ではいよいよ世代交代の準備が始まろうとしています。46回生がこの一年間で築いてきた大望館を、47回生が受け継ぐ時期が近づいてきたのです。47回生が一つのチームとして、47回生らしい寮づくり、寮運営をしていくための準備として今回の合宿がありました。そういった意味では、みんなで汗を流しながら寮の掃除をすることは、みんなで一つの目標に向かうというチームワークと、終わった時のきれいな寮内を見ての達成感を味わえたのではないでしょうか。みんながそれぞれ与えられた清掃箇所を、責任をもって掃除をしてくれたと思います。おそらく掃除と聞いて初めは気分が乗らなかった人が多かったかと思いますが、お互いにコミュニケーションをとりながら、掃除の分担をしたり、全然関係ない話で盛り上がったりしていたのが印象的でした。

 今週からは世代交代のためのミーティングが増えてきます。一人一人が、意見を持ち、どうしたらみんなにとって、よりよい大望館になっていくのかを議論していきましょう。3年生も自分たちが1年間行ってきた役割を2年生にしっかり引き継がせ、1年生も大望館の一員として関心をもち、積極的に寮生活を送ってほしいと思います。  (堀越)  

                     

 

<礼拝のお話>

N.Y  (1年 埼玉県川口市)

 出身地は埼玉で、趣味は生花やギターなど様々です。自分の名前の由来ですが、その前に、少し自分の生い立ちの話をします。私は九州で生れましたが、生まれて間もなく、養子(簡単に言うと、親と血のつながりのない子供のこと)として、今の「N家」に引き取られました。母が病気で、子供を産めなかったためです。母に電話で「Y」という名前の由来を聞いてみたところ、「子供が与えられない、苦しい状態の時に、教会の人や親戚、たくさんの人からの優しい祈りに支えられて、あなたを引き取ることができた。優しい祈りの中にある子どもだから。」ということを聞きました。それまでは、自分で勝手に「ほかの人に優しく祈れるような人になれ」っていうことなのかなと思っていましたが、たくさんの人の優しさの中で付けられた、感謝でいっぱいな名前でした。

 次に僕が敬和に入った理由ですが、中学校に行けていなかった自分が嫌で、そんな時に「自分探しの敬和」という言葉に出会い、興味を持ち、入学を決めました。

 敬和での目標は、たくさんの人と話をし、その人の良い所も悪い所もしっかり理解し、信頼し合える関係になっていくことです。その中で、分かり合えない人も出てくると思います。そんな人から目をそむけずに、真正面からぶつかり、切磋琢磨しながら成長していきたいです。

 

 

M.H  (1年 新潟県新発田市)

 生まれは兵庫、育ちは新潟です。新潟では親の転勤で三条、豊栄、魚沼、新発田と住んできました。趣味はネットゲームと読書で、スポーツは苦手ですがバスケは好きです。

 次に名前の由来を話します。僕の名前の由来は世界に響き渡るようにだそうです。今は良い所無しの僕ですが、いつか名前にそった事が出来るように、頑張っていきたいと思います。

 次に敬和に来た理由を話したいと思います。僕が敬和に来た理由は、中学時代に学校に行っていなかったからです。勉強もせずにゴロゴロしていたので他の高校には完全に行けない状態でした。寮に来た理由もその生活を直すためです。なので今後の目標は、自立も含めて寮での生活をしっかりしていくこと勉強をサボらずやっていくことです。

 

 

M.T  (1年 新潟県村上市)

 出身は新潟県村上の端の方です。誕生日は3月29日です。始めに名前の由来をお話しします。名前の拓は開拓の拓で、真は真実という意味だと、小学生の時に聞いた気がします。

 敬和に来た理由は、親に勧められて、従兄弟も良い所だといっていたり、兄も来ているからです。他にも労作など、他の学校にはない授業があるというのも理由です。

 敬和では労作などの行事に積極的に参加したいと思いましたし、中学校の頃のようにならないように勉強などにも力を入れていきたいと思いました。

 

 

O.T  (1年 京都府宇治市)

 若橅クラス、部活はラグビー部です。中学校では3年間剣道をやっていました。

 今日はまず、自分の名前の由来について話したいと思います。Tという名前はそれほど珍しい名前ではありません。光風館にもTくんがいます。しかし、僕の名前のこのTという字は、なかなか見たことがないと思います。このTという字は、父の予備校時代の先生が、よく使っていた字だそうです。この字に興味をもった父は、将来自分の子どもにこの字をつけたいと思ったそうです。このTという字は一般的な、力が強いという意味では無く、踏まれても踏まれても、そこで一生懸命生きている雑草のような、生命力のある強さを現しているそうです。また、僕の父は牧師なので、聖書の言葉を入れたかったそうです。コリントの信徒への手紙二12章10節で、キリスト教の宣教師であったパウロは、「自分は弱い時にこそ強い」。こういった言葉を遺しています。この言葉は、人は悩みを抱え苦しみ、つまずいたときに、初めて神様の支えに気づき、神様の御言葉によって、自らを強めることができるという意味だそうです。なので、どんなに苦しいことがあっても、それを神様の力によって強められ、乗り越えてほしいという思いが込められているそうです。

 次に、なぜ僕が敬和に来たかをお話ししたいと思います。僕は最初、兄と同じ地元の公立高校に行こうと思っていました。しかし、そこに入るには学力的にもギリギリで、学校も毎週土曜日まであったので、あきらめました。また、僕の知り合いに敬和の卒業生がいたのも一つの理由です。

 最後に、これからの目標を言います。若橅クラスのみんなに声をかけて横のつながりを創り、全員がクラスに入りやすいような雰囲気にしていきたいと思います。また、寮ではお互いにぶつかり、悩むこともあると思いますが、同じ大望館の友達や先輩たちと協力しながら頑張って乗り越えて行きたいと思います。

 

 

T.Y  (1年 新潟県長岡市)

 出身は、新潟県長岡市です。中学校では、生徒会の副会長と野球部部長をしていました。趣味は運動すること、小説やマンガを読むことです。

 まず、名前の由来を話します。僕の名前の由来は、マタイの福音書6章33節の「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それらすべてのものは与えられます。」という聖書箇所からとって、義なる基督という意味でつけられました。

 次に、敬和に来た理由を話します。僕が敬和に来た理由は、去年のフェスティバルとオープンスクールを見に来て、とても楽しそうだったからです。僕は楽しいことが好きなので、楽しく過ごせる学校に通いたかったので敬和にしました。親も自分が行きたいところに行けばいいと言ってくれたので敬和にしました。

 最後に、今後の目標について話したいと思います。今後の目標は、楽しく過ごすことです。友達と仲良くしたり、何事も楽しめたりする人になりたいです。

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2015年6月8日月曜日

のぞみ通信 No.209(2015年5月27日)

関係の回復   
寮長 信田 智
ワイシャツや洋服を着るときに、最初のボタンを掛け違うと、いびつな格好になってしまう。人間関係も、どこかでお互いの気持ちに行き違いが起こると、そのあとどんなに修正しようとしても、いびつな関係になってしまう。いわゆるボタンの掛け違いと言うことが起こるのです。恥ずかしながら、私自身も息子の連れ合いとの関係で、相手のことを考えて、良かれと思ってしたことが、相手にとっては自分のことを愛してくれていないのではないか、だから訪ねて来てくれないのではないかと言うことになってしまった。何とか関係を回復しようと、かわいい孫にと思い贈り物をしても、かえってうっとうしく思われるだけだった。
 私の恩師は、教会を離れていった信徒のことをいつも心に留め、5年でも10年でも待ち続けるのです。すると、牧師と合わずに教会を飛び出してはいったものの、その先で様々な経験をするうちに行き詰ったり、牧師の愛に守られていたことに気付いたりして、再び教会に戻ってくるようになるのです。恩師は、教会を去っていった信徒の方が、いつでも戻ってこられるように心の戸を開いて待っているのです。
 のぞみ寮でも同じようなことがしばしば起こります。在寮中は寮務教師とぶつかり合いわめいたり、すねたり、ふてくされたりして、こんなところに二度と来るものかと、悪態をついて出ていっても、卒業してしばらくすると、「○○先生今度遊びに行くので泊めてもらえませんか。」と言って戻ってくるのです。在寮中わがままを言い、いい加減な生活をしていたにもかかわらず、寮務教師がいかに自分たちのことを愛し、守っていてくれたのかと言うことが分かるようになると、ちゃんと戻ってくるのです。
 「子はカスガイ」と言うことわざがありますが、私にとっては「孫はカスガイ」と言えます。夏休みに孫が我が家に泊まりに来るようになり、家に帰ると、今まで見せたことのないような笑顔で、喜んで帰ってくるのを見て、少しずつ気持ちがつながるようになってきました。そして、私が敬和を退職したら、自分たちの家の近くに来るように申し出てくれるまでになりました。お互いにもう一度、初めからボタンをかけ直し、新たな関係作りを始めることが出来るようになってきたのです。
 長い時間がかかりました。しかしその間「主よ、私たちの間に和解と平和の道を備えてください。」と祈り続けてきました。今になっても、恩師の姿勢に学びつつ歩む中で、一つずつ道が開かれていくことに感謝をしています。
 ボタンを掛け違えたり、何かのことで行き違いがあったりして関係が悪化することは良くあることです。寮生は、3年間と言う限られた時間の中で、関係回復の作業をしていく術を学んでいるのです。しかも、1対1の関係だけでなく、集団の中でその作業をしていくのです。時には本音でぶつかり合い、時にはミーティングを開き、関係回復の道を開いています。彼らの能力の高さには驚かされます。




「愛がつまった 新・のぞみ寮賛美歌集」
S.K(めぐみ館 3年 東京都東村山市) 
 のぞみ寮讃美歌集が新しくなりました。作成まえにのぞみ寮生からも入れたい賛美歌をリクエストしてもらいました。「新しい賛美歌集はいつからですか?」とわくわくした顔で嬉しそうに聞いてくる人もいて、のぞみ寮には賛美歌を歌うのが好きな子がたくさんいるのだなとあらためて感じました。
 80ページを400部作ると聞いて、礼拝委員と先生の7人で作り終えることができるのか心配になりました。印刷された賛美歌たちを見て、終わりが見えないよーと礼拝委員で嘆いていました。すると、先生が有志の手伝いを募ってくれました。有志なのでそんなに手伝いにきてくれないかなと思っていたけれど、思った以上にたくさんのひとが手伝いに来てくれました。女子寮生、男子寮生ももくもくと手伝ってくれ、楽しく歌いながらやっている子、おしゃべりをしながら、口笛をふきながら、みんな楽しそうに手伝ってくれました。それを見ていると幸せな気持ちになり、嬉しくなって、「何か他に手伝うことないですか?」と生き生きとした顔で聞いてくれる子もいて、とても暖かい気持ちにもなりました。
 私は神様に感謝をしたくなると、賛美歌を歌いたくなります。だから、のぞみ寮賛美歌集は私にとって、とても大切なものです。そんな賛美歌集をたくさんののぞみ寮生が優しい気持ちで手伝ってくれ、素敵な賛美歌集になったことを嬉しく思います。みんなの暖かい気持ちと賛美歌への愛?がつまった賛美歌集を大事に使っていきたいです。表紙と裏表紙の素敵な絵にも注目です。


寮生リレー通信  (第122回)


< 大望館 >
「仲間との絆を作り上げる」
N.R(2年 静岡県静岡市) 
 のぞみ寮に入寮して、最初に大変な事に寮祭があります。私自身、寮に入って右も左もわからず、周りの人も知らない人ばかりの状況で、先輩達から出し物の指導を受け、それをやらなきゃいけないのは、とてもつらく、嫌なことでした。ましてや大望館は、伝統的に一発芸をやることになっていて、本番では200人近い人の前で披露しなきゃいけないのです。そういうことが平気な人もいますが、大半の人は抵抗があると思います。一年生はきっと「本当はやりたくない」が本音だと思います。
 しかし、今年私たちは二年生として指導をする立場になり、昨年の事を振り返りながら思ったことがありました。それは、ただ伝統だからとか、自分達もやったからという理由で、出し物の指導した訳ではないということです。確かに一年生にとって大望館の出し物は大変だし、つらいものかもしれません。しかし、一年生にはこの壁をみんなで乗り越えてもらって、これから三年間を共に過ごす仲間の絆を作ってほしかったのです。そして、寮祭を通して二年生とも仲を深めるという目的もあります。そういう意味では、寮祭はなくてはならない行事だと改めて実感できました。一年生と二年生みんなで作り上げた寮祭は最高に楽しかったです。


< みぎわ館 >
「お互いの個性が引き立つ時間」 
 M.A(1年 新潟県新潟市)
  寮に入って約一ヶ月ちょっとが過ぎました。入ったばかりの頃に比べれば、出来るようになったことも増えてきましたが、まだまだ先輩方に迷惑をかけてばかりです。でも辛い事や大変なこともある一方で、楽しい事もたくさんあります。寮祭もその一つでした。
 あまり、準備期間が少ない中で、セリフを覚えたりといそがしかったですが、それもだんだん練習するうちに出来ていくことが嬉しかったです。
 また、私もそうでしたが、まだみんなの名前が一致しなかったので、練習の時に声を掛け合ったりする中で、段々みんなの事を知ることが出来るようになりました。そこで、改めて思った事は、やっぱり敬和には色々な人がいるんだな、という事です。私と一緒にダンスを激しく踊って騒いでくれる子、それを見て引き笑いしている人、疲れて座り込んでいる人等、色々な人がいました。その中でこれから3年間、この仲間とお互いの良いところも悪いところも理解しあって相手も尊重する気持ちを持とう!等と、考えながら練習していました。
 時には意見が食い違ってしまったりすることがあるかもしれないですが、それを乗り越えて成長していけたらいいなと思いました。
 寮祭本番では、一人だけ熱がでてしまい出られなかった子がいたのが残念でしたが、楽しく寮祭を過ごす事ができて良かったです。
 これも2,3年の皆さんの支えがあったからこそできた事です。本当に感謝しています。なので、私も、そんな先輩になりたいなと思いました。
 これから3年間、皆で支え合って成長していきたいです。


< 光風館 >
 「通学生から寮生の一員へ」
W.K(2年 新潟県新潟市) 
 初めに、僕は2015年1月に入寮しました。家がもの凄く近かったため通学生でしたが、僕は入学した時から寮生に憧れていて、ずっと親と相談してきました。その結果、こののぞみ寮光風館に入寮することが出来ました。だから寮生になって学ぶことや初めての行事がたくさんありました。のぞみ寮寮祭も初めての行事のひとつです。寮祭は各館でお楽しみ会をします。出し物を2年生が考えて、入寮して間もない1年生が披露します。ですが、僕は途中から入寮してきたので、両方の立場に立つことになりました。
 僕たち光風館が考えた出し物は『3匹の子豚』と『桃太郎』を合体させた童話で、みんなが考えつかないような物語にしました。現実味を出すためにSFというゲームの真似をして、みんなが恥をかかないように、物語の構成を考えました。脇役ですが、僕も子豚の家を建てる建築家の役を任されました。各館の礼拝終了後、清掃を終えたみんなはホールに集合し、自分の役を真面目に練習していました。たくさん練習し続けて、最後の練習の日となる寮祭の前日を迎えたら、スイッチが入ったのか、みんなの目の色が変わっていました。『これで明日は成功するな』と確信しました。そして当日となり緊張が高まる中、光風館の出番が回ってきました。恥を捨てて、自分の役を全力で披露することが出来ました。あとは1年生の活躍のおかげで、友愛館を笑いで埋め尽くしてくれたので、ホッとしました。初めての経験だったので心臓がバクバクしました。また他館の出し物もとても楽しかったです。
 入寮した頃は寮のルールに慣れずにいて、苦しかった日々がありました。ですが、通学生の時も友達だった寮生がたくさんいたので、心の支えになりました。そうして1ヶ月が経った頃、やっと寮のルールがわかってきて、寮生活が楽しくて仕方なくなりました。2ヶ月が経ち、寮生のみんなの顔と名前を一致させることが出来ました。そして3ヶ月が経った今、光風館以外の寮生の顔と名前を一致させることが目標なので、友達や先輩に聞いたりして、必死に覚えています。
 寮生活をして3ヶ月間、少し自分に変化があったような気がします。いつものように自分の部屋にいた時、寮務教師の自由さんに「入寮して3ヶ月しか経っていないのに、めっちゃ寮に馴染んでいるなぁ」と言われました。その言葉を聞いた瞬間、僕は嬉しさでいっぱいで『これで僕も光風館の一員となれたんだ!』と思いました。そして、光風館で良かったと思えた日でもありました。寮祭を経験し、日々の寮生活の中で、僕は濃密な体験が出来ています。


< めぐみ館 >
「ピクニックに参加して」  
I.Y(1年 富山県富山市) 
 GWに寮で企画されていたピクニック。私は初め、参加する予定はありませんでした。なぜなら私は帰省する予定だったからです。しかし、私は事情により帰省することが出来なくなってしまいました。とても落ち込みました。そんな様子を見かねた先生方や先輩方に「少しは気が晴れるかもしれないよ。気分転換に一緒に行かない?」と誘われ、ピクニックに参加することになったのです。
 当日、快晴とはいきませんでしたが、まずまずの天気の中、たくさんの荷物を車に積んで出発しました。私の心はこの時は、まだ少し沈んでいたように思います。
 車の中では同じめぐみ館1年生2人と、あまり話をしたことがなかったみぎわ館の3年生の先輩、そして小菅先生の運転でたわいのない会話を楽しみました。
 目的地に着くと、そこは大勢の家族連れでにぎわっていました。もうすでにお昼時で、焼きそばやたこ焼き、豚汁の準備がすぐに始まり、準備を手伝う人や、思いっきり遊び始める人がいました。私も持参したスケッチ道具を持って見晴らしの良い場所を見つけてスケッチを楽しみました。
 美味しいお昼を食べ、美しい景色を見て遊び、沢山の人と話しをして笑うことで、いつの間にかとてもすっきりした気分の私がその場にいました。
 はじめ、このピクニックは私にとって悪い出来事のおまけのようなものでした。しかし、いざ行ってみると、沢山の人と話しをし、大いに楽しむことが出来ました。私はこのピクニックで、気持ちをコントロールすることと、多くの人と話したり作業をしたりすることが深く関わり合っているのだなぁと感じました。また、たくさんの人たちに気に掛けてもらっている事も知ることが出来ました。家に帰ることはできませんでしたが、大きな学びとたくさんの方々との出会いのチャンスを得られました。帰りたかったけど、ピクニックに参加できてよかったです。




《のぞみ寮 物産展 献品のお願い》 
「のぞみ通信」4月号でもお願いさせていただきましたが、のぞみ寮[全国物産展]へのご協力を、重ねてお願い申し上げます。詳細は下記の通りです。

日 時: 2015年6月13日(土)
フェスティバル2日目9:00 開始
品 物: 全国各地の物産品(食料)、その他
場 所: 敬和学園内 友愛館前の駐輪場(予定)


*賞味期限をお考えの上、お送りください。
準備の都合もありますので、前もって御用意いただけたら幸いです。
*誠に勝手ながら、お品代・送料も含めて、ご負担頂きますので、決してご無理のないようにお願い致します。
「値段付け」の目安に、価格または、ご希望の売値価格をお書き添えください。また、品名やアピール文なども添えていただけますと、大変助かります
*宛先は、以下のようにお願いいたします
〒950-3112 新潟市北区大夫浜325 敬和学園高等学校 のぞみ寮本部 寮 物産展用品
TEL: 025-259-2390



寮務教師から一言
 5月だというのに、新潟では、いや、全国各地で30度を超える真夏日が続いています。
 ゴールデンウィークで各自の自宅や家族との時間の中で蓄えたエネルギーを活かし、第一定期テストを乗り越え、6月に行われるフェスティバルの準備に、中心となって力を注いでくれているたくさんの寮生の姿があります。1年生のみんなもだんだんと寮の生活に慣れて来てくれ、たくさんの葛藤や取り組みの中でも、それぞれに成長が見られていて、保護者の皆様からのうれしい驚きの声も頂いています。行事などの当日だけでなく、仲間との切磋琢磨の日々の中で、より多くの出会いを体感してほしいなと思います。
寮務教師:会田 咲

2015年4月17日金曜日

のぞみ通信 No.207(2015年3月23日)

寮生リレー通信  (第120回)

 
「偉大な45回生」 
 I.H(めぐみ館 2年 神奈川県川崎市) 
 3。この数は、私たちが45回生に送る気持ちを、そして何より、感謝の気持ちを伝えた回数です。1度目は3年生が自宅学習期間に入る前、館内での送る会。2度目は寮修了礼拝、そして3度目は卒業礼拝と送る会です。寮生はやはり先輩との繋がり、つまりタテの繋がりがとても強いと思います。それはもちろん毎日共に生活をしているというのは大きいですが、それ以上に先輩が教えて下さること、学ばせてくださることがとても大きいのです。
 「先輩方がいらっしゃったからこそ、今の私たちがいます」。よく聞く言葉だ、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、寮生にとってこれは心からの言葉です。敬語やあいさつから丁寧に教えて下さる先輩の存在は、寮生にとって大きく揺るぎないものなのです。
 3年生が巣立ち、46回生は最上級生と言うカベと四苦八苦しながら戦っていかなくてはなりません。それとともに、45回生がどれだけの苦労をしていたのか、どれほど偉大なのかを思い知らされていくのだと思います。たくさん怒られました。たくさんお話しました。たくさん学びました。たくさん笑い合いました。45回生の姿、45回生への感謝を胸に辛くて苦しくて楽しくて幸せな寮生活を大切に歩んでいきたいと思います。
 
 
 
45回生は大きな存在
O.Y(大望館 2年 兵庫県伊丹市) 
 45回生が卒業してからの大望館の様子が少し変わりました。はじめに感じたことは、45回生がいなくなってとても静かになったという事です。僕は44回生と一緒に寮生活をしていたし、45回生の方たちも言っていたのですが、45回生は44回生と比べると大人しめな性格の人が多いので、正直卒業してしまっても雰囲気はそんなに変わらないのかなぁなんて思っていました。しかし、全然そんなことはなく、今ではご飯の時間に楽しそうに盛り上がっていたり、お風呂場でワイワイはしゃいでいた3年生の姿が懐かしくなりました。テスト期間になると夜に頑張って勉強している3年生を見ていたら、僕も頑張ろう!とやる気が沸いたこともありました。そんな姿がなくなってしまうとなると、やっぱり寂しいです。
 45回生の皆さんはとても優しい方たちでした。ギターを教えてくださったり、テストの時に頑張れよって言ってエナジードリンクをくださったり、一緒にバカなことをしてくださったりといろんな事がありました。僕が落ち込んでいる時には、寄り添って悩みを聞いてくれることも度々ありました。時には涙を流したこともありました。その時に懸命に慰めてくださる先輩の姿を思い出しては、僕も後輩が辛そうにしているときには先輩が僕にしてくださったように寄り添って真剣に話を聞いてあげようと思いました。
 45回生は今の大望館の基盤を残してくださいました。その基盤をこれからも大切にし、生活していこうと思います。45回生の皆さん今まで本当にありがとうございました。


3年生を送って」              
H.M(みぎわ館 2年 宮城県気仙沼市) 
 45回生を送る会は信じられないくらいあっという間でした。ハレルヤが終わり、花道を作っている間、ぼんやりと「来年は私がここを通ることになるのか」と考えていました。
 3年生の方々が卒業されることにどうしても実感が持てずにいたのです。去年はただただ感情のままに泣いて見送る私がいましたが、今年はなぜか不安が大きかったようでした。今、私たちの後ろには後輩がいて、また新しい一年生がやってくるというのに、これまでのように支えてくれる先輩たちが誰もいないなんて!来年度私が3年生となり、3年生として立ってやっていける気など到底しませんでした。
 それでも時間は待ってはくれません。3年生を送り出した後のがらんとしたチャペルは、いつもと同じはずなのになんだか味気なくて、今はそんな味気ない空気の中で毎日の礼拝が行われているような気になることがまだあります。今はまだ寂しげに感じてしまうチャペルがにぎやかになる頃には、私たち46回生は3年生です。大役が担えるのか、そして45回生と同じように、晴れやかに花道を通ることができるのか、その答えは考えてみるとやはり3年生の方々が残してくださっていることに気が付きました。
 私はいつもみぎわ館の3年生から大きな愛情を受けていました。私たちみんな受けていました。それが、光となり水となり土となり、私たちをいつも支えてくれていました。私たちが受けていた愛情を、私たちが後輩へ仲間へと注いでいけば、きっと素敵な花を咲かせることができるのでしょう。それがきっと大役を担うことにつながっていくのでしょう。それを、毎日の生活の中でたっぷり教えてくださっていたことに気が付きました。
 不安はまだまだ絶えませんが、45回生から受けた愛情に誇りをもって、私たちはこれから敬和生活、のぞみ寮生活を送っていきたいと思います。先輩たち、2年間、素晴らしい時間と関係をありがとうございました!
 
 
 
45回生を送り出して 
S.E(光風館 2年 兵庫県西宮市)
 僕たち光風館は寮修了礼拝で、ある唄を歌いました。それは我武者羅応援団の『リベンジ』あまり卒業向きの唄ではないのですが、あえてこの曲を選びました。その歌詞はこんな内容です。

『リベンジ』  我武者羅応援団

 まず3年生を送るにあたり、2年生だけでミーティングをしました。その中で、全員でできることを考えていると「“応援団”はどう?」という声が上がりました。「たしかに全員できるし派手でいいね」となり、応援団の動画を探している時、この唄に出会いました。聴いている最中、2年生の一人が自分の中学校時代の経験を思い出して一言。「これ、共感できるわ…。」
 僕たちは3年生のラストメッセージで、敬和に来るまでに色々な後悔や挫折、また敬和学園に入学してからも様々な苦労があったことを聞きました。しかし、卒業を前にして、3年生はとても輝いて見えました。それは、3年生ひとり一人が敬和学園で自分なりのリベンジを果たせたからではないだろうかと考えています。どこにいってもここでの経験を思い出し、リベンジ出来たことを思い出してがんばってほしいという、ぼくたちなりの応援としてやることにしました。
 寮修了礼拝後、他館の人や先輩、先生にほめてもらえたときに僕は本当に光風館でよかったと思いました。僕たちの想いが伝わったということと、2年生だけで決めた企画に1年生もついてきて声がかれるまで練習してくれたからです。
 僕は3年生が卒業するのが不安で仕方ありませんでしたし、3年生の存在は確かに大きかったです。2年生は人数が少ないし1年生には不安が多い、そう思っていました。ですが、こうして光風館がひとつにまとまり3年生に喜んでもらえた時、自信を持って48回生を迎えられ、新しい光風館を作っていけると確信しました。


寮修了礼拝
生徒代表挨拶 
K.T(光風館 3年 福島県南相馬市) 
 私が生まれ育った福島県南相馬市原町区は、さほど大きな町ではなく結構田舎な町でした。小さい頃の私は外で遊んでいるばかりの子供で、毎日楽しく過ごしていました。そんな変わらない毎日を過ごしていた私ですが…ある時、大きな出来事がありました。それは東日本大震災です。私は原発事故で地元を離れることになり、とてもつらい想いをしました。しかし、この出来事が私に変化を与えるきっかけになりました。
 中学3年に上がる時だった私は、幼馴染みからの一本の電話がきっかけで宮城県の中学校へ一緒に行くことになりました。その頃の私はとても反抗的で、転校した中学校では散々でした。そんな中、同じように震災で転校してきた南三陸の同級生とたくさん関わることがありました。その関わりの中で震災の経験談を聴くことがありました。「家が流されていくのを目の前で見た…。」その言葉を聞いた時、私の心の中で何かが変わりました。それは、自分が今まで閉じ込めていた気持ちを見つめ直さなければいけないと感じた時でした。私は「少しずつでいいから素直になっていこう」と考えました。進路を決める時期になり迷っていたら、幼馴染みから「新潟に面白そうな高校あるけど行くか?」と誘われ、敬和学園に進路を決めました。
 そして最高の敬和生活が始まり、全てが新鮮でした。寮では朝昼晩食事を共にし、寝るときも一緒。普通の高校生では考えられない生活。私は何より寮生活が楽しくて仕方ありませんでした。しかし寮生活は楽しいだけが続くような場所ではありません。館ごとのルールはあるし、先輩や後輩と上手くやっていかなければならないし、同じ学年でぶつかり合いもあります。泣く人、怒る人、話を聞かない人など悩む事もありました。面倒くさいことや腹が立つこともたくさんありました。でも、それらの事はすべて意味のあるものでした。相手からの言葉一つ一つに気持ちが込もっていて、寮生は何も考えずに伝えることをしていないと感じたからです。何気ない日常での優しさや思いやりを持つ事を寮生は当たり前のようにしていたと思います。それは寮生がみな物事に対して、真剣に向き合って考える力を持っていたからです。
 寮で生活する中で私は様々なことを学び、経験しました。集団で生活する難しさ、考えて行動することの大事さ、人とのコミュニケーション、友達の大切さなど一個ずつあげていくと、切りがないくらいあります。
 そして何よりも寮生活を送ることが出来たのは、その背後に親の支えがあったからだということを学びました。このことを改めて実感したのは、自宅学習期間中のある日、私の尊敬する人からの一言からでした。「親にありがとうの気持ちを伝えている?」
 友達に会うことも通学出来ることも親の支えがあってこそ出来ていることであって、自分一人では出来ないことを感じ、考えることがありました。みなさんは、親へ感謝の気持ちを伝えていますか?私は敬和生活が終わることをきっかけにして、素直に伝えたいと思います。
 45回生のみなさん、入学してから今日までの日々はどうだったでしょうか?たくさん笑って、たくさん泣きましたか?朝も昼も夜も一緒に生活して、学校でも一緒。その中で寮生同士が家族のような存在に感じたのではないでしょうか?数えきれないほどの思い出があり、思い返すたびに笑顔になれると思います。ここのぞみ寮で結んだ絆はどんなに時間が経っても、切れることはないと私は思います。この絆は一生ものです。これから私たちは夢に向かって進んでいきます。夢に向かう途中、つまずくことやダメになりそうな時が来るでしょう。そんな時は頼ってください。頼り合ってください。この先どんなことがあっても絶対生きて、また笑い合いましょう。これから夢に向かって頑張っていきましょう。三年間ありがとうございました。 
 
 
保護者代表挨拶 
F.C様 
 まずは今日までMを支え導き、同じ時を共有してくださったすべての方々に感謝申し上げます。また、私どもの末子の高校卒業の際に、このような貴重な機会を与えてくださったことにもお礼申し上げます。
 F.Mとの付き合い、現在・過去・未来と題し、お話させていただきます。
 MはF家の第4番目の子供です。忙しい共働きの家で、兄弟からももみくちゃにされ、生後5か月より保育園に入り集団生活をしてきました。Mは上の子どもたちとは少し違っていました。それは小学校に入ってからわかったことですが、漢字が書けない、読めない、物忘れは多い、授業は聞いているようだが理解はできていない。ですから学校の授業参観や個人懇談で、私は毎回先生に叱られるので、それらが大嫌いでした。でもきっと私以上にMは叱られていたのでしょう。唯一のMへのほめ言葉は、「Mさんは子どもらしい子どもですね」というものでした。
 そんなMの高校選びがいよいよ始まりました。そしてここ敬和学園を見学し、労作教室と畑を見た時に、やっとMの居場所を見つけた!来るべきところに導かれた!という思いがしました。それで、両親、本人も喜び勇んで敬和に入学させてもらい、みぎわ館に入寮したというわけです。
 Mは生後5ケ月から保育園で集団生活を始めました。その保育園ではMは英才教育を受けていたのです。話し合いの英才教育です。問題が起こるたびに子ども同士で話し合いを持つということが日常茶飯な保育園で、コミュニケーションや忍耐を学ぶという経験をしていました。敬和の寮生活では勿論、問題も多いだろうし、そこでの話し合いの機会も多いだろう。でもMはそれをしっかりと乗り越えていくはず!と両親もMも想像していました。しかし、違いました。そう、うまくはいきませんでした。みぎわ館の寮生の方はいろいろな地域から集まり、文化背景、教養レベル、生育レベルも全く違う人々の集まりでした。きちんとした知識や常識、多様な価値観の上に成り立つ話し合いに、Mが太刀打ちできるはずもありません。強い思いはあっても、それを相手に伝える手段がなく、話し合いの場ではMはきっと涙ばかりを流していたのだろうと容易に想像できます。
 2年生の初めに「寮に戻りたくない」と言ったことがありました。これはMにとって、集団生活に対する初めての泣き言でもありました。私は何もしてやれませんでしたが、きっと泣きながら本人なりに乗り越えていったのだろうと思います。
 先日、あることでMと言い争いになった時、Mが私に「それはお母さんとの価値観の相違」と言いました。これが今のMです。価値観の相違、なんていう漢字が書けるのか疑問ですが、たくさんの人と関わり、価値観の多様性を知り、自分なりに掴んだ言葉であろうと思います。
 私は言いたい。「価値観の相違?それがどうした。それは大前提で、当たり前のこと。それで済まないから…、その先が問題なのよ!しっかり考えないとね。」と。こんな風に私はMの壁になり続けます。まだまだ簡単に越えられない壁になり続けようと思います。
 しかしこれからはMとは、一人の人間として、対等に尊重し合える付き合いを模索していこうと思っています。
 本当に皆様、Mを育てていただきありがとうございました。そしてこれからも、どうぞよろしくお願いいたします!


<退任のごあいさつ> 
寮務教師  山﨑 飛鳥
 この度、のぞみ寮から学校の方へ異動することになりました。
 こちらで過ごした1年間は、あたたかい職場と、やりがいのある仕事に恵まれ、今思うと本当にあっという間でした。このような職場と巡り合えたことは、私にとって最高の幸せであったと感慨を新たにしております。
 寮生のみんなに助けていただいて、「ひとつひとつの出来事に精一杯取り組んだ」という満足感がある一方で、寮生とのここでの生活、行事のことなど、まだまだやり残したことがあるような気がしてなりません。
 私が寮生と過ごす中で一番の変化とはみんなの前で話せるようになったこと、自分の考え・思いをきちんと言葉にして伝えることです。これらのことを毎日の礼拝、ミーティングなど寮生の日々の姿から学び、そして多少なりとも自分の「力」にできたのではないかと思っています。
 これからは、ここで教えていただいた1年間を忘れずに、もっともっと自分を磨いて、存分に力を発揮して参りたいと思います。
 寮長をはじめとする情熱あふれる寮務教師の皆様、毎日おいしいご飯を作ってくれた調理師の皆様、元気で明るい子供たちのために惜しみないご協力をくださる保護者の皆様、そして敬和学園の主役である寮生の皆様、本当にお世話になりました。
最後に皆様のご健勝とご活躍を、そしてのぞみ寮のご発展をお祈り申し上げ、お礼の挨拶とさせていただきます。
 本当に ありがとうございました。 
 
 寮務教師  遠藤 朗子 
 今年度を持ちまして、のぞみ寮を去ることになりました。そして様々な事情が重なり、のぞみ寮だけでなく敬和学園から旅立つこととなりました。敬和学園という場所で、私は39回生として三年間の敬和生活を満喫し、教育実習で3週間、昨年は音楽や労作、46回生の副担任、そして今年は音楽と初めての寮……と、一人の人間として育てられ、たくさん鍛えられました。大変お世話になった第二の故郷を離れるのは、正直とても寂しいです。
 でも、幸せです。皆さんからは大きな愛をたくさんもらいました。たくさん一緒に笑い、怒り、泣き、歌い、とても濃い2年間を過ごさせていただきました。「一緒に」が全力過ぎて、皆さんに「本当に20代なの?」と何度温かい目で見守ってもらったことか。次会う時までに、少しでも20代らしくなろうと思います。
 時には厳しいことを言って、悲しい想いにしてしまったこともあったかもしれません。悩ませてしまったこともあったかもしれません。ごめんなさい。ただ、皆さんのことを心から信頼し、尊敬していました。本気で感情を出して、一生懸命生きる。なんてかっこいいのでしょう。これからも不器用に、泥臭く、がむしゃらに寮生活を楽しんでくださいね。
 最後に、本当にお世話になりました。この2年間で学んだことを胸に、私も次の夢に向かって挑戦し続けます。お互い、まだまだ若いです。たくさん好きなことを続けて、愛と感謝に生きて、素敵な時間を過ごしましょう。ありがとうございました。
 


寮務教師から一言
 早いもので、2014年度の歩みも終わりを迎えようとしています。それぞれどんな1年を過ごしたのでしょう。私たち寮務教師はこの1年、何度も泣いたり怒ったり、でもそれ以上に、頬が痛くなるほど大笑いをしている生徒たちの姿をたくさん見させていただきました。入寮したばかりの頃、あんなに寮生活に不安を覚えていた47回生も、今では立派に寮での仕事をこなし、活躍してくれています。46回生はいよいよ3年生。その心構えがしっかりできているのか、来年度のことを真剣に考えているようです。日々の生活でいろんな出来事が積み重なり、人は成長していくのだなぁ……と感心させられっぱなしでした。
 今年度ものぞみ寮を温かくお支え下さり、ありがとうございました。来年度も何卒よろしくお願い致します。春は別れの季節。しかし、新しい出会いの時でもあります。さぁ、希望を持って新たなスタートを楽しみましょう!それでは、また会う日まで。
 寮務教師:遠藤 朗子