2015年4月17日金曜日

のぞみ通信 No.207(2015年3月23日)

寮生リレー通信  (第120回)

 
「偉大な45回生」 
 I.H(めぐみ館 2年 神奈川県川崎市) 
 3。この数は、私たちが45回生に送る気持ちを、そして何より、感謝の気持ちを伝えた回数です。1度目は3年生が自宅学習期間に入る前、館内での送る会。2度目は寮修了礼拝、そして3度目は卒業礼拝と送る会です。寮生はやはり先輩との繋がり、つまりタテの繋がりがとても強いと思います。それはもちろん毎日共に生活をしているというのは大きいですが、それ以上に先輩が教えて下さること、学ばせてくださることがとても大きいのです。
 「先輩方がいらっしゃったからこそ、今の私たちがいます」。よく聞く言葉だ、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、寮生にとってこれは心からの言葉です。敬語やあいさつから丁寧に教えて下さる先輩の存在は、寮生にとって大きく揺るぎないものなのです。
 3年生が巣立ち、46回生は最上級生と言うカベと四苦八苦しながら戦っていかなくてはなりません。それとともに、45回生がどれだけの苦労をしていたのか、どれほど偉大なのかを思い知らされていくのだと思います。たくさん怒られました。たくさんお話しました。たくさん学びました。たくさん笑い合いました。45回生の姿、45回生への感謝を胸に辛くて苦しくて楽しくて幸せな寮生活を大切に歩んでいきたいと思います。
 
 
 
45回生は大きな存在
O.Y(大望館 2年 兵庫県伊丹市) 
 45回生が卒業してからの大望館の様子が少し変わりました。はじめに感じたことは、45回生がいなくなってとても静かになったという事です。僕は44回生と一緒に寮生活をしていたし、45回生の方たちも言っていたのですが、45回生は44回生と比べると大人しめな性格の人が多いので、正直卒業してしまっても雰囲気はそんなに変わらないのかなぁなんて思っていました。しかし、全然そんなことはなく、今ではご飯の時間に楽しそうに盛り上がっていたり、お風呂場でワイワイはしゃいでいた3年生の姿が懐かしくなりました。テスト期間になると夜に頑張って勉強している3年生を見ていたら、僕も頑張ろう!とやる気が沸いたこともありました。そんな姿がなくなってしまうとなると、やっぱり寂しいです。
 45回生の皆さんはとても優しい方たちでした。ギターを教えてくださったり、テストの時に頑張れよって言ってエナジードリンクをくださったり、一緒にバカなことをしてくださったりといろんな事がありました。僕が落ち込んでいる時には、寄り添って悩みを聞いてくれることも度々ありました。時には涙を流したこともありました。その時に懸命に慰めてくださる先輩の姿を思い出しては、僕も後輩が辛そうにしているときには先輩が僕にしてくださったように寄り添って真剣に話を聞いてあげようと思いました。
 45回生は今の大望館の基盤を残してくださいました。その基盤をこれからも大切にし、生活していこうと思います。45回生の皆さん今まで本当にありがとうございました。


3年生を送って」              
H.M(みぎわ館 2年 宮城県気仙沼市) 
 45回生を送る会は信じられないくらいあっという間でした。ハレルヤが終わり、花道を作っている間、ぼんやりと「来年は私がここを通ることになるのか」と考えていました。
 3年生の方々が卒業されることにどうしても実感が持てずにいたのです。去年はただただ感情のままに泣いて見送る私がいましたが、今年はなぜか不安が大きかったようでした。今、私たちの後ろには後輩がいて、また新しい一年生がやってくるというのに、これまでのように支えてくれる先輩たちが誰もいないなんて!来年度私が3年生となり、3年生として立ってやっていける気など到底しませんでした。
 それでも時間は待ってはくれません。3年生を送り出した後のがらんとしたチャペルは、いつもと同じはずなのになんだか味気なくて、今はそんな味気ない空気の中で毎日の礼拝が行われているような気になることがまだあります。今はまだ寂しげに感じてしまうチャペルがにぎやかになる頃には、私たち46回生は3年生です。大役が担えるのか、そして45回生と同じように、晴れやかに花道を通ることができるのか、その答えは考えてみるとやはり3年生の方々が残してくださっていることに気が付きました。
 私はいつもみぎわ館の3年生から大きな愛情を受けていました。私たちみんな受けていました。それが、光となり水となり土となり、私たちをいつも支えてくれていました。私たちが受けていた愛情を、私たちが後輩へ仲間へと注いでいけば、きっと素敵な花を咲かせることができるのでしょう。それがきっと大役を担うことにつながっていくのでしょう。それを、毎日の生活の中でたっぷり教えてくださっていたことに気が付きました。
 不安はまだまだ絶えませんが、45回生から受けた愛情に誇りをもって、私たちはこれから敬和生活、のぞみ寮生活を送っていきたいと思います。先輩たち、2年間、素晴らしい時間と関係をありがとうございました!
 
 
 
45回生を送り出して 
S.E(光風館 2年 兵庫県西宮市)
 僕たち光風館は寮修了礼拝で、ある唄を歌いました。それは我武者羅応援団の『リベンジ』あまり卒業向きの唄ではないのですが、あえてこの曲を選びました。その歌詞はこんな内容です。

『リベンジ』  我武者羅応援団

 まず3年生を送るにあたり、2年生だけでミーティングをしました。その中で、全員でできることを考えていると「“応援団”はどう?」という声が上がりました。「たしかに全員できるし派手でいいね」となり、応援団の動画を探している時、この唄に出会いました。聴いている最中、2年生の一人が自分の中学校時代の経験を思い出して一言。「これ、共感できるわ…。」
 僕たちは3年生のラストメッセージで、敬和に来るまでに色々な後悔や挫折、また敬和学園に入学してからも様々な苦労があったことを聞きました。しかし、卒業を前にして、3年生はとても輝いて見えました。それは、3年生ひとり一人が敬和学園で自分なりのリベンジを果たせたからではないだろうかと考えています。どこにいってもここでの経験を思い出し、リベンジ出来たことを思い出してがんばってほしいという、ぼくたちなりの応援としてやることにしました。
 寮修了礼拝後、他館の人や先輩、先生にほめてもらえたときに僕は本当に光風館でよかったと思いました。僕たちの想いが伝わったということと、2年生だけで決めた企画に1年生もついてきて声がかれるまで練習してくれたからです。
 僕は3年生が卒業するのが不安で仕方ありませんでしたし、3年生の存在は確かに大きかったです。2年生は人数が少ないし1年生には不安が多い、そう思っていました。ですが、こうして光風館がひとつにまとまり3年生に喜んでもらえた時、自信を持って48回生を迎えられ、新しい光風館を作っていけると確信しました。


寮修了礼拝
生徒代表挨拶 
K.T(光風館 3年 福島県南相馬市) 
 私が生まれ育った福島県南相馬市原町区は、さほど大きな町ではなく結構田舎な町でした。小さい頃の私は外で遊んでいるばかりの子供で、毎日楽しく過ごしていました。そんな変わらない毎日を過ごしていた私ですが…ある時、大きな出来事がありました。それは東日本大震災です。私は原発事故で地元を離れることになり、とてもつらい想いをしました。しかし、この出来事が私に変化を与えるきっかけになりました。
 中学3年に上がる時だった私は、幼馴染みからの一本の電話がきっかけで宮城県の中学校へ一緒に行くことになりました。その頃の私はとても反抗的で、転校した中学校では散々でした。そんな中、同じように震災で転校してきた南三陸の同級生とたくさん関わることがありました。その関わりの中で震災の経験談を聴くことがありました。「家が流されていくのを目の前で見た…。」その言葉を聞いた時、私の心の中で何かが変わりました。それは、自分が今まで閉じ込めていた気持ちを見つめ直さなければいけないと感じた時でした。私は「少しずつでいいから素直になっていこう」と考えました。進路を決める時期になり迷っていたら、幼馴染みから「新潟に面白そうな高校あるけど行くか?」と誘われ、敬和学園に進路を決めました。
 そして最高の敬和生活が始まり、全てが新鮮でした。寮では朝昼晩食事を共にし、寝るときも一緒。普通の高校生では考えられない生活。私は何より寮生活が楽しくて仕方ありませんでした。しかし寮生活は楽しいだけが続くような場所ではありません。館ごとのルールはあるし、先輩や後輩と上手くやっていかなければならないし、同じ学年でぶつかり合いもあります。泣く人、怒る人、話を聞かない人など悩む事もありました。面倒くさいことや腹が立つこともたくさんありました。でも、それらの事はすべて意味のあるものでした。相手からの言葉一つ一つに気持ちが込もっていて、寮生は何も考えずに伝えることをしていないと感じたからです。何気ない日常での優しさや思いやりを持つ事を寮生は当たり前のようにしていたと思います。それは寮生がみな物事に対して、真剣に向き合って考える力を持っていたからです。
 寮で生活する中で私は様々なことを学び、経験しました。集団で生活する難しさ、考えて行動することの大事さ、人とのコミュニケーション、友達の大切さなど一個ずつあげていくと、切りがないくらいあります。
 そして何よりも寮生活を送ることが出来たのは、その背後に親の支えがあったからだということを学びました。このことを改めて実感したのは、自宅学習期間中のある日、私の尊敬する人からの一言からでした。「親にありがとうの気持ちを伝えている?」
 友達に会うことも通学出来ることも親の支えがあってこそ出来ていることであって、自分一人では出来ないことを感じ、考えることがありました。みなさんは、親へ感謝の気持ちを伝えていますか?私は敬和生活が終わることをきっかけにして、素直に伝えたいと思います。
 45回生のみなさん、入学してから今日までの日々はどうだったでしょうか?たくさん笑って、たくさん泣きましたか?朝も昼も夜も一緒に生活して、学校でも一緒。その中で寮生同士が家族のような存在に感じたのではないでしょうか?数えきれないほどの思い出があり、思い返すたびに笑顔になれると思います。ここのぞみ寮で結んだ絆はどんなに時間が経っても、切れることはないと私は思います。この絆は一生ものです。これから私たちは夢に向かって進んでいきます。夢に向かう途中、つまずくことやダメになりそうな時が来るでしょう。そんな時は頼ってください。頼り合ってください。この先どんなことがあっても絶対生きて、また笑い合いましょう。これから夢に向かって頑張っていきましょう。三年間ありがとうございました。 
 
 
保護者代表挨拶 
F.C様 
 まずは今日までMを支え導き、同じ時を共有してくださったすべての方々に感謝申し上げます。また、私どもの末子の高校卒業の際に、このような貴重な機会を与えてくださったことにもお礼申し上げます。
 F.Mとの付き合い、現在・過去・未来と題し、お話させていただきます。
 MはF家の第4番目の子供です。忙しい共働きの家で、兄弟からももみくちゃにされ、生後5か月より保育園に入り集団生活をしてきました。Mは上の子どもたちとは少し違っていました。それは小学校に入ってからわかったことですが、漢字が書けない、読めない、物忘れは多い、授業は聞いているようだが理解はできていない。ですから学校の授業参観や個人懇談で、私は毎回先生に叱られるので、それらが大嫌いでした。でもきっと私以上にMは叱られていたのでしょう。唯一のMへのほめ言葉は、「Mさんは子どもらしい子どもですね」というものでした。
 そんなMの高校選びがいよいよ始まりました。そしてここ敬和学園を見学し、労作教室と畑を見た時に、やっとMの居場所を見つけた!来るべきところに導かれた!という思いがしました。それで、両親、本人も喜び勇んで敬和に入学させてもらい、みぎわ館に入寮したというわけです。
 Mは生後5ケ月から保育園で集団生活を始めました。その保育園ではMは英才教育を受けていたのです。話し合いの英才教育です。問題が起こるたびに子ども同士で話し合いを持つということが日常茶飯な保育園で、コミュニケーションや忍耐を学ぶという経験をしていました。敬和の寮生活では勿論、問題も多いだろうし、そこでの話し合いの機会も多いだろう。でもMはそれをしっかりと乗り越えていくはず!と両親もMも想像していました。しかし、違いました。そう、うまくはいきませんでした。みぎわ館の寮生の方はいろいろな地域から集まり、文化背景、教養レベル、生育レベルも全く違う人々の集まりでした。きちんとした知識や常識、多様な価値観の上に成り立つ話し合いに、Mが太刀打ちできるはずもありません。強い思いはあっても、それを相手に伝える手段がなく、話し合いの場ではMはきっと涙ばかりを流していたのだろうと容易に想像できます。
 2年生の初めに「寮に戻りたくない」と言ったことがありました。これはMにとって、集団生活に対する初めての泣き言でもありました。私は何もしてやれませんでしたが、きっと泣きながら本人なりに乗り越えていったのだろうと思います。
 先日、あることでMと言い争いになった時、Mが私に「それはお母さんとの価値観の相違」と言いました。これが今のMです。価値観の相違、なんていう漢字が書けるのか疑問ですが、たくさんの人と関わり、価値観の多様性を知り、自分なりに掴んだ言葉であろうと思います。
 私は言いたい。「価値観の相違?それがどうした。それは大前提で、当たり前のこと。それで済まないから…、その先が問題なのよ!しっかり考えないとね。」と。こんな風に私はMの壁になり続けます。まだまだ簡単に越えられない壁になり続けようと思います。
 しかしこれからはMとは、一人の人間として、対等に尊重し合える付き合いを模索していこうと思っています。
 本当に皆様、Mを育てていただきありがとうございました。そしてこれからも、どうぞよろしくお願いいたします!


<退任のごあいさつ> 
寮務教師  山﨑 飛鳥
 この度、のぞみ寮から学校の方へ異動することになりました。
 こちらで過ごした1年間は、あたたかい職場と、やりがいのある仕事に恵まれ、今思うと本当にあっという間でした。このような職場と巡り合えたことは、私にとって最高の幸せであったと感慨を新たにしております。
 寮生のみんなに助けていただいて、「ひとつひとつの出来事に精一杯取り組んだ」という満足感がある一方で、寮生とのここでの生活、行事のことなど、まだまだやり残したことがあるような気がしてなりません。
 私が寮生と過ごす中で一番の変化とはみんなの前で話せるようになったこと、自分の考え・思いをきちんと言葉にして伝えることです。これらのことを毎日の礼拝、ミーティングなど寮生の日々の姿から学び、そして多少なりとも自分の「力」にできたのではないかと思っています。
 これからは、ここで教えていただいた1年間を忘れずに、もっともっと自分を磨いて、存分に力を発揮して参りたいと思います。
 寮長をはじめとする情熱あふれる寮務教師の皆様、毎日おいしいご飯を作ってくれた調理師の皆様、元気で明るい子供たちのために惜しみないご協力をくださる保護者の皆様、そして敬和学園の主役である寮生の皆様、本当にお世話になりました。
最後に皆様のご健勝とご活躍を、そしてのぞみ寮のご発展をお祈り申し上げ、お礼の挨拶とさせていただきます。
 本当に ありがとうございました。 
 
 寮務教師  遠藤 朗子 
 今年度を持ちまして、のぞみ寮を去ることになりました。そして様々な事情が重なり、のぞみ寮だけでなく敬和学園から旅立つこととなりました。敬和学園という場所で、私は39回生として三年間の敬和生活を満喫し、教育実習で3週間、昨年は音楽や労作、46回生の副担任、そして今年は音楽と初めての寮……と、一人の人間として育てられ、たくさん鍛えられました。大変お世話になった第二の故郷を離れるのは、正直とても寂しいです。
 でも、幸せです。皆さんからは大きな愛をたくさんもらいました。たくさん一緒に笑い、怒り、泣き、歌い、とても濃い2年間を過ごさせていただきました。「一緒に」が全力過ぎて、皆さんに「本当に20代なの?」と何度温かい目で見守ってもらったことか。次会う時までに、少しでも20代らしくなろうと思います。
 時には厳しいことを言って、悲しい想いにしてしまったこともあったかもしれません。悩ませてしまったこともあったかもしれません。ごめんなさい。ただ、皆さんのことを心から信頼し、尊敬していました。本気で感情を出して、一生懸命生きる。なんてかっこいいのでしょう。これからも不器用に、泥臭く、がむしゃらに寮生活を楽しんでくださいね。
 最後に、本当にお世話になりました。この2年間で学んだことを胸に、私も次の夢に向かって挑戦し続けます。お互い、まだまだ若いです。たくさん好きなことを続けて、愛と感謝に生きて、素敵な時間を過ごしましょう。ありがとうございました。
 


寮務教師から一言
 早いもので、2014年度の歩みも終わりを迎えようとしています。それぞれどんな1年を過ごしたのでしょう。私たち寮務教師はこの1年、何度も泣いたり怒ったり、でもそれ以上に、頬が痛くなるほど大笑いをしている生徒たちの姿をたくさん見させていただきました。入寮したばかりの頃、あんなに寮生活に不安を覚えていた47回生も、今では立派に寮での仕事をこなし、活躍してくれています。46回生はいよいよ3年生。その心構えがしっかりできているのか、来年度のことを真剣に考えているようです。日々の生活でいろんな出来事が積み重なり、人は成長していくのだなぁ……と感心させられっぱなしでした。
 今年度ものぞみ寮を温かくお支え下さり、ありがとうございました。来年度も何卒よろしくお願い致します。春は別れの季節。しかし、新しい出会いの時でもあります。さぁ、希望を持って新たなスタートを楽しみましょう!それでは、また会う日まで。
 寮務教師:遠藤 朗子

2015年3月5日木曜日

のぞみ通信 No.206(2015年2月25日)

45回生寮修了を前に
寮長 信田 智 
今年のインフルエンザの流行は激しく、寮でも、予防接種を実施したにもかかわらず、2月21日現在37人が感染しました。そして、ようやくその勢いが収まったところです。集団生活をしているため、どうしても濃厚接触になり感染は避けられないようです。そのような状況の中で、寮務教師たちは昼夜を問わず、発熱をした生徒たちを町医者に、救急外来に、休日診療所にと足しげく伴ってくれます。そして、インフルエンザと診断された生徒を、自宅に送り届けることのできる生徒は自宅に、遠方で自宅に帰れない生徒は寮で預かり、生徒と隔離した部屋でお世話をしています。
 遠方の生徒は、病気の辛さと親の看病を受けられない切なさを味わったことと思いますが、寮務教師たちは出来る限り親身になって関わってくれています。寮務教師は通院の送り迎え、生徒宅へ送り届けるために、密閉された車の内で濃厚接触を繰り返しながら、細心の注意を払って対処してくれています。今のところ教師たちへの感染は防がれていますが、疲れから体力が落ち発熱をしながら幸いにも持ちこたえています。
 発症時期のズレ、自宅で休養できる生徒の人数、また入学試験をはさみ5連休があり、自宅に帰る生徒が多くいたこと、寮務教師の健康など、様々な要素がかみ合い、寮を閉鎖することなく何とか寮内で対応できています。保護者の皆様にありましては、お子様の健康をご心配のことと存じますが、寮務教師も至らないながら、最善を尽くしていますのでご安心頂きたく存じます。
 3年生は自宅学習期間中にあり、間もなく寮修了・卒業を迎えます。幾多の困難を乗り越え、逞しく成長してくれたことを心から感謝しています。弱々しく頼りなかった1年生の頃を思い出すと、この子がよくここまで成長したものだ、途中で投げ出さなくてよかった。あきらめさせなくてよかったと、つくづくと思う。中には、寮に入らなければ、電子機器に逃れ、自分の殻の中に閉じこもり、友達との楽しい会話の経験も少なく、寂しい高校時代を過ごしたのではないかと思われ子供たちもいます。
 寮生はここで、コミュニケーション能力を養われていきます。顔と顔とを相合わせて、自分の言葉で相手の心を感じながら対話することを、日常生活の中で求められていくうちに、心をほぐされ、解放されて自分を表現し、相手の気持ちを受け止められるようになっていくのです。更に寮生は、問題解決能力も養われていきます。同じキャンパス内に180名からの男女が共同生活をしています。4つの館それぞれに、約45名の1年生から3年生の思春期の子供達が生活していのですから、問題が起こらないはずがない。
 実は、問題が起こった時こそ教育の機会であり、お互いの成長の機会としていきます。教師も生徒も、そこから逃げずに、問題と向き合い、問題解決に向かって真剣に取り組みます。3年生たちは、そのような営みを通して確実に成長し、寮修了・卒業の時を迎えたのです。誇りをもって、のぞみ寮を巣立って、新しいステージに上っていってほしい。


寮生リレー通信  (第119回)

「スキー教室を終えて」 
 大望館 1 Y.H 
 僕は今回のスキー教室で実行委員長をしました。場所は昨年とは違い、蔵王温泉スキー場に行きました。蔵王はとても広く頂上から見える樹氷が有名です。
 スキーをやるにあたって自分に合ったコースを選びます。その中で僕は上級を選びました。上級は一日目から高い所で滑れました。最後に滑ったのが中学一年だったのでうまく滑れるか不安でした。しかし担当の先生が優しく教えてくれたのですぐに感覚を取り戻すことが出来ました。上級でしか出来ないことや難しいコースにも挑戦出来ました。上級の人達はみんな上手くて、二日目には頂上まで行き樹氷を見ました。その日はとても天候が良く眺めが良かったです。
 また実行委員長という立場なので全体に目を配る事が多く、たくさんの人の滑りを見ていました。来るまではめんどくさい、やりたくないなどと言っていた人も、いざ滑り終えてみると、楽しかった、もっと滑りたいなどと言っている人が多くいてとても嬉しかったです。
 一年生最後の泊まり行事なので、みんながより仲良くなるように努めてきました。終わってみると話したことのない人と話している光景を目にしました。実行委員長をやってよかったと思えた瞬間でした。また機会があれば委員長という立場で仕事をしたいです。

 
 
 
「全体礼拝の話」 
光風館 2 S.G 
 今日、こうしてみなさんの前でお話し出来ること、大変嬉しく思っております。
 本当は先々週の2年生だけの全体礼拝でお話する予定でしたが、流行りものにかかってしまいました。
 今回は『誠実』についてお話しします。誠実と聞いて、ピーンとくる光風館生もいることでしょう。実は今、あのTシャツを着ています。ところで、誠実な人ってどんな人でしょうか?少なくても、「自分にはちょっと当てはまらないかな」と感じる人が多いと思います。
 辞書で調べてみると、誠実とは『他人や仕事に対して真面目なこと』とありました。この辞書は、何も間違っていないと思います。しかし私は、愕然としました。Tシャツでアピールするほど大好きなこの言葉がこんなにも堅苦しい意味だったとは…。なぜか納得のいかなかった私は、誠実の『誠』と『実』に分けて、一文字ずつ調べてみました。すると非常におもしろい発見をし、私の中のはてなマークがびっくりマークに変わりました。
 まず『誠』という字には、『偽りのない』という意味があり、『実』という字には、『自分』という意味があります。繋げてみると、『偽りのない自分』となりますね。
 ここで少し話が変わってしまいますが、私には長らくある疑問がありました。それが、この『誠実』という言葉からわかったような気がします。何が私たち寮生の絆を強くしているのか?それは自分を偽らず、ありのままの姿で生活しているから。そして、それを認め合うことの出来る仲間がいるからなのです。
 今、みなさんの中で自分を偽り、よく見せようと無理している人はいませんか?それでは、残念ながら強い絆は結べないと思います。自分というのは、偽らなくていいのです。ありのままでいいのです。強い絆は必ずそこから生まれてくるはずです。それでは、みなさんには明日から自分を偽らない、誠実な心を持っていただきたいと思います。


 
「みぎわ館・三年生を送る会」              
みぎわ館 2 T.M 
 45回生と一緒に出来る寮での最後のイベント、「みぎわ三年生を送る会」。
 私たち46回生は、かなり前からミュージカルをやりたい!と発案し、冬休み明けから、「ルールブック作り」と並行して毎日「みぎわ館三年生を送る会のために劇について」ミーティングをして準備をしてきました。
 劇は去年流行した「アナと雪の女王」をベースに、「みぎわの45回生が治められている街」と言う設定で作りました。この作業はルールブックのミーティングの後という事もあり、とてもとても時間が無い中でしたが、沢山の素敵な意見をもとに、感動を与えられるミュージカルにしたい、という気持ちで練習しました。そのため、沢山の課題と衝突し、時には口論になったりもします。リハーサルといっても、全て通せた訳でもなく、凝ってしまう性格の為か時間が無いのに小道具を作ったり、ぎりぎりまで替え歌が決まらなかったりと不安もありました。これらの内容は先生にも誰にも、この日が終わるまでネタは勿論漏洩禁止でした。それでも最後には今回も例に漏れず本当に素晴らしいものが出来ました。
 そしていよいよ本番!!
 25分程の長編ミュージカルに寮祭で踊ったダンス、そして少しイケメン風に最初の部屋の先輩へ手作りの花とメッセージを送りました。3年生を感動させる事をモットー?にやり切る事が出来ました。
 47回生は47回生で、リハーサルで全員が揃わなかったりと、多少の問題もありましたが、47回生全員で「妖怪ウォッチの替え歌とダンス」、そして「三年生へのメッセージ」を披露してくれました。
 45回生3年生は今年度の最初の部屋の私たち後輩に向けてメッセージを伝えてくださいました。
 みぎわ46回生は個性的で十人、いや十五人十五色です。このような表現が出来るようになったのも45回生の方の存在無くしては有りえません。改めて感謝という言葉が身にしみた1ヶ月でした。いつでもみぎわ46のミュージカルを観にいらして下さい!オラホがみぎわ街をご案内しますよ。
 
 
 
「めぐみ館・三年生を送る会」 
めぐみ館  2 H.S 
 今年の三年生を送る会は先輩についていけば良かった去年とは違い、私たちが3年生を送り出すために自分達で考え、後輩を引っ張り、作りあげていくものでした。何をするか、どういう形で、自分達だったらどうされたいのか、というのを考えながら作っていきました。考えた結果、今年は46回生が寮祭でやったダンスと、EXILEの『道』を歌い、ケーキをみんなで食べて、伝言ゲームをしました。3年生からのメッセージつきのドッキリもありました。
 寮で三年生を送る会をする前にもめたりもしました。46回生の悪いくせがでたりもしました。でも、やるときはやる46回生と47回生なので、当日は感謝の気持ちを全力で45回生に伝えられたと思います。私たちは至らないところが多く、最後の最後まで45回生にたくさん迷惑をかけました。こんな私たちを見捨てずに最後まで面倒をみてくれた45回生のことが大好きです。今までありがとうございました。
 


寮務教師から一言
 45回生がいなくなり約1ヶ月、心なしか47回生が伸び伸びと生活しているように感じます。46回生は最高学年になる責任感からか、今までとは何か違う雰囲気で普段の寮生活や行事に取り組んでいます。今後、のぞみ寮のリーダーとしてどんな活躍をするのか今からとても楽しみです。また男子寮には新たに2名の寮生が加わりました。彼らの今後の活躍にも注目してください。
 3月2日の寮修了礼拝では、46回生、47回生、寮務教師一同心から感謝の気持ちと最高の笑顔でもって45回生を送り出したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
寮務教師:山﨑 飛鳥

2015年1月29日木曜日

のぞみ通信 No.205(2015年1月22日)

主に導かれて
寮長 信田 智

 クリスマスに、卒業生から手紙に添えて一枚のCDをもらいました。「高校生活を毎日のように思い出しています。辛かったけれど、私にとって敬和での3年間は宝物です。」物静かなあまり目立たない子でしたが、辛かった時、親子で来校したことがあり、そのときにゆっくりお話をしたことがありました。その子が、自分の通っている教会の施設建て替えのために、教会の友達と一緒に讃美のCDを作ったと言うのです。
 彼女がヴォーカルを担当し、素敵な歌声を聞かせてくれています。あの、控えめであまり目立つことのなかった子が、堂々と歌い上げていることに驚きを隠せませんでした。「人皆に美しき種子あり 明日何が咲くか」記念碑に刻まれた安積得也氏の詩の一節が蘇ってきました。
 3年生たちはもうすぐ自宅学習期間に入りますが、敬和を卒業後どんな歩みをするのだろう。中には困難な厳しい道を歩んでいく人もいるだろう。でも人生をあきらめないでほしい。一人一人に神様が備えておられる道があるはずです。どのような形であれ、自分のために備えられたそれぞれの人生を全うしてほしいと願っている。私が小学校に上がる年の2月、一家の大黒柱である父が家族7人を残して他界した。また、私が中学3年生の2月、すぐ上の高校2年生の兄が事故で他界した。
 高校生になり、兄の死と向き合い(幼い時から病に苦しむ人もいる、若くて優秀な人が早く他界し、社会に迷惑をかけながら長生きをする人もいるのを見て来て、)一体人生の価値はどこで決まるのか。そのようなことを考えるようになり、教会の門を叩いた。そして、だんだんと分かってきたことは、人生の価値は「どれだけ長く生きたか」ではなく「どのように生きたか」で決まるのではないか。ということであった。
 また幼くして、一家の大黒柱を失い、大切な「人」も支えにはならない。「財産」も失われる。「目標でありライバル」であった者も失われる。どれも大切な存在ではあるが、それらは、私の究極的な支えにはならないことを知らされた。そこで、何が失われたとしても、私を根底において支え導いてくれる存在を求めた。私にとって、その存在こそ実に主イエス・キリストでした。主イエス・キリストは、私に、「神様を、お父さん!」と呼びかけて良いのだということを教えてくださり、真の父の存在を示してくださった。
 また、貧しさの中で「貧しい人たちは幸いである。神の国はあなたがたのものでる」と神の国に生きる者の豊かさを教えてくださった。さらに、真の友を必要としていた私に、主イエスは「私はあなた方を友と呼ぶ。」と、ご自身の命をかけて、私の一番身近な確かな友となってくださり、私の弱さも、悲しみも、罪さえも全て知って、共に負ってくださると約束してくださった。だから私は、どんなことがあってもこのお方につながり続け、離れまいと心に決めてここまで歩んでくることが出来た。そして、主イエスは決して私を見捨てることはなかった。主イエスこそ、私の人生の確かな拠り所なのです。



寮生リレー通信  (第 118回)
めぐみ館  
「クリスマスの飾付け」          T.M (1年 新潟県・長岡市)

 去年(今年度)の寮クリスマス飾り付けのテーマは「音楽」でした。このテーマは、副ブロック長で話し合って決めました。テーマを決めてからも、何を作るのか、何を準備するのかなど、副ブロック長で集まり、何度も話し合いました。最初は無言が続いていた話し合いも時間が経つにつれ、それぞれのアイディアが出てくるようになっていました。
 今回の飾り付けでは、各館ごとにもテーマを決めました。大望館が「アジア」、光風館が「アフリカ」、みぎわ館が「アメリカ」、めぐみ館が「ヨーロッパ」でそれぞれ担当する国の音楽を飾り付けで表現しました。最初、めぐみ館では思ったように作業が進まず、みんなのまとまりがなく、ぶつかり合うこともありました。本当に完成するのだろうかという不安でいっぱいになり落ち込んでしまうこともありましたが、そんな私に「大丈夫?」と声をかけてくれる人がいました。こうして周りの人たちに助けられ、またお互いに声を掛け合い、なんとか飾りを完成させることができました。
 寮クリスマス当日、個性あふれる飾り付けをされた友愛館を見て、とても嬉しくなったのを覚えています。1年生の皆が一生懸命作ってくれたのがとても伝わってきました。大変だったこともたくさんありましたが、素敵な寮クリスマスを迎えることができたのでとても良かったです。
 
 
 
光風館
「キャロリング」             K.T(2年 北海道・札幌市)

 のぞみ寮では毎年、クリスマスの時期に有志でのキャロリングをしています。この活動は、のぞみコールが中心となって呼びかけをして、今年は30名前後が参加しました。のぞみコールとは、毎週月曜と水曜の夜にのぞみ寮生の有志が集まり、賛美歌を歌う会のことです。普段、のぞみコールでは旧賛美歌を歌っていますが、10月頃からキャロリングの練習をし始めます。僕はのぞみコールに毎回参加しているので、キャロリングにも2年続けて参加しました。時間が多いとは言えない中でアカペラ、しかも四部合唱でクリスマスソングを歌い上げるのは、決して簡単なことではありません。しかし、それにも関わらずのぞみ寮のキャロリングは、毎年欠かさず行われます。それはやはりキャロリングにあまり得る機会のない喜びがあるからではないでしょうか?もちろん、歌うことが好きな人たちが集まるので、その楽しさもあるでしょう。でもそれだけでこの活動が続けられるとは思いません。キャロリングに行った先では、多くの人が僕たちを温かく迎え入れてくれました。お菓子やお茶まで用意してくれたところもあります。そして何より一緒にクリスマスの訪れを心から喜んでくれました。純粋にクリスマスを喜び、楽しんで迎えるためにも今年もまたキャロリングで歌いたいと思います。



みぎわ館        
「クリスマスディナーはビュッフェスタイル!」  Y.K(2年 新潟・西蒲区)

 今年の寮クリスマスのディナーは、初めての試みとなるバイキング形式でした。それは、自分たちが世代交代をした直後で食事委員が中心となって指示を出していくため、人をまとめたりする経験が全くない私にとって、戸惑ってしまうばかりでした。そもそも私は人前で話すことが苦手です。昔、英語の先生に授業中、何を指して言われたかあまりのショックで忘れてしまいましたが、「人徳がない」というようなことを言われた事がありました。それ以来私は、人と関わることが怖くなりました。元々コミュニケーション下手な私にとって、更に致命的な事を言われ、それ以来、心を開く勇気が出なくなってしまっていました。
 そんな私が、寮に入って先輩たちの姿を見て、恐れる心よりも先輩達をあこがれる気持ちの方が強くなっていました。寮生活、寮運営を、先輩がやっている仕事を、私もやってみたいと思うようになったのです。世代交代をする頃、臆病だった私が一大決心をしました。この好奇心だけという、無謀とも言える気持ちで私は食事委員に立候補しました。先に紹介しましたように、そんな私がどう頑張っても一人ではどうにもできません。私はみんなに助けを求めました。時間がない中、ほかの委員会の人たちは快く盛り付けや配膳などを手伝ってくれたのです。こうして、それまではいっぱいいっぱいだった気持ちが、みんなのおかげで無事、素晴らしいクリスマス祝会で、食事委員の仕事を全うする事ができました。
 今回の貴重な経験は、これからの自分の成長に更に活かしてゆけたらと言う勇気に繋がりました。


 
大望館
「大望フェスティヴァル」           S.A(2年 新潟・西区)

 今年の大望祭は例年と違い、大望フェスティヴァルを開催しました。大望フェスティヴァルとは、学校のフェスを参考に、大望館の私たちだけが楽しめればいいよねと企画されたものです。内容は学校のフェスティヴァルとほぼ同じで、連合アピールから始まり、衣装、演劇、外での競技、またオリジナル種目の味覚試し、早お〇ら選手権、息止め対決がありました。どの競技も1.2年連合と3年連合が熱い戦いを繰り広げました。(1.2年連合の連合テーマは「まじめ」で3年連合の連合テーマは「スパルタ」でした。)
 私は、開催するにあたってお客さんは来ないものだと思っていました。しかし、光風館からたくさんの生徒が足を運んでくれて、また女子ではめぐみ館から1人見に来てくれました。しかもその人は、寒いにもかかわらず最初から最後まで見てくれました。まさに女神のようでした。感謝感激です。
 今回の行事が大望館45th、46th、47th、全員が集まった最後の大きな行事でした。大望館一人ひとりにとって、この日の出来事が忘れられない思い出になってくれていたならそれだけで満足です。
 ちなみに最終的に3年連合が勝利しました!!!



<大望館の仲間が受洗しました>

K.S(3年 宮城県・仙台市)

 私は宮城県の仙台市出身で父は牧師をしています。中学生までは仙台北教会に通っていました。卒業後は宮城県の大学に進学します。それにもかかわらず、仙台北教会ではなく、新潟教会で受洗させていただきたいと考えた理由についてお話ししたいと思います。
 私は牧師家庭で育ったため、物心がつく前から、教会学校に通っていました。また教会が家と同じ敷地にあり、教会は家と同じぐらい身近に感じていました。だから日曜日に教会に行くということは当たり前でした。教会に行って友人や先生と会えることが楽しかったです。中学生になってからは部活動があり、教会にはほとんど行けなくなりました。それから教会への意識は少なくなり、行ける日にも行くことが面倒になっていったように感じます。
 高校生になり敬和学園高等学校へ来ました。ここにはある願いがありました。人間関係を一から築き、生活することで厚い信頼がほしいという思いです。寮生活を過ごしていくうちに、全く知らなかった場所があったかい場所になりました。良いことばかりではありませんでしたが、それが人と過ごすことなのだと思いました。敬和学園での生活では考えさせられることが多くありました。たとえば、苦悩してつくりあげる行事の大切さです。フェスティヴァルのなかには、決して楽しいだけ、きれいなところだけじゃなくて苦悩・苛立ち・悲しい・悔しいなどの入り混じった感情がありました。「それ」を考えさせるための機会が与えられていたということを理解しました。
 長所がなかった私に「声楽」は自信を与えてくれました。歌う事で自分が満たされる感覚、そして綺麗な声と想いを、聴いている人に届けることの喜び。楽しく歌って、聴いている人も楽しくなるような歌。歌自体は私たちの周りにありますが、歌の素敵なところを知る事ができました。それらすべてを経験した、敬和学園高校に、感謝しています。
 新潟教会に初めて来たのは、敬和学園高校に入学することになる、約一年前でした。東日本大震災のため、被害の少ない親戚の家へ行くことになった時、私たちを運んで下さったのは長倉先生たちでした。支援物資を新潟から仙台へ運んでくださっていた時、空になった帰りの車に乗せて下さいました。お風呂に入ることも少なかった私たちのために、銭湯へも連れて行ってくださいました。また夜行バスに乗る前、新潟教会で食べさせてくださり、バス停の近くまで車で送ってくださいました。震災の中で人の温かさが心に沁み、つながりに助けられました。
 また、新潟教会では高校生会というものがあり、私は大概、高校生会に出て、礼拝へ出席していました。教会で朝食を共に食べ、教会の仕事を手伝い、社会について考える機会が与えられます。そのなかで仕事を任されること、人と関わる機会を多くいただきました。沖縄の現状や日本の憲法について学んだことも大きな機会だと思います。たくさんの人とご飯を食べるというときを持った事。さまざまなことを経験しました。いつも高校生会の食事を作ってくださった川村さんと樋口さんには本当に感謝しています。
 新潟で生活していく中でキリスト教への考え方は変わっていきました。同年代の友人と教会に通い、教会で人とつながりを持つことが多くなりました。新潟教会では明るい讃美歌を多く歌うので、礼拝の重苦しいイメージは消えました。新潟教会の礼拝での平和の挨拶は特に新鮮でした。たがいに平和を祈り合う場があることは素晴らしいことだと思います。また、「各自の祈りのとき」には、地元の家族や友人の事を祈るようになりました。それにつれ、毎日の礼拝にも祈りをするようになりました。
 教会に行ってなんとなく讃美歌をうたって、なんとなく聖書やお話しを聞くのではなく、お話しや聖書のメッセージがいまに繋がる事を感じます。だから、むかしも、いまも神様がいて、私たちと共にいて下さっていると考え、感じることができるようになっている。そのことに気付き、知る事が出来たのは、今。もし、この地に来なかったのなら、それは分からなかったと思うのです。過去があって、今つながりによってこの場にいる、・・・というような出会いがあったからだと考えています。これからこの地から離れ、新たな環境で過ごして行くなかで、人との繋がりや神様との繋がりを忘れずに向かっていくことができるために。神様の存在を、教会での恵みを感じているいま、ここで受洗して。離れた地でこの場所のことをおぼえながら歩んでいきたいと思っています。
 宮城と新潟を繋いでくれた敬和学園高校と新潟教会に感謝します。この出会いの機会を与えられた新潟で、洗礼を志願します。



御願い
 お家で使わなくなったピアノはありませんか。寮には各館にピアノがあるのですが、男子寮のピアノが古くなってしまい、音の調整が難しくなっている為、ピアノの交換が必要です。もし、譲っていただけるピアノがありましたら、お手数ですが、寮本部までご連絡ください。また、運搬につきましては、近くの場合でしたら、寮務教師が伺わせて頂きます。
 まことに勝手なお願いですが、ご協力いただければ幸いです。



寮務教師から一言
 いよいよ45回生、3年生の最終登校日がやってきてしまいました。3年生は修了礼拝を残すだけとなりました。毎年の事とは言え、3年生を送り出す時の心細さは、慣れるものではありません。・・・。3年生は、1、2年生と様々な時を重ね、人として確実に大きくなります。彼女たちがここを巣立っていくと言うのは、教師の私たち同様、いやそれ以上に、後輩達も日々その寂しさと、心細さを感じていることでしょう。その様子には見ている私も切なくなります。
 そんな後輩達も、例に漏れる事なく、この大黒柱的存在の3年生の姿へと成長します。まるでさなぎから蝶の成長を思わせる美しい成長です。
 2月からは、1,2年生だけの敬和生活です。それぞれの大きなステップアップに大切な日々としてください。自分達の背中を見せられる自意識をもってください。大いにステップアップしましょう!!

みぎわ館  寮務教師:榎本 かな

2014年11月25日火曜日

のぞみ通信 No.204(2014年11月19日)

主の御心のみが              
 寮長 信田 智
 
 私はよく生徒に、先生年はいくつですかと聞かれますが、もう定年を過ぎ、本来ならばとっくに退職しているはずの年齢なのです。以前私は10年程教会で牧師をしていましたが、ある時、敬和の初代校長太田俊雄先生から、「敬和の宗教主任が辞めて、後任がいなくて困っている、敬和に来て手伝ってくれないか。」と電話がありました。私は「出身教会の後継者として招かれてきたばかりで、とても無理です。」とお断りしました。
 太田先生には神学生時代1年間キリスト教教育を習ったことがありましたが、そんなに深い師弟関係はなかったのです。その先生が神学校を卒業して10年も経った私に、電話して来られたのですから、よほど困っておられたのだと思います。しかも、時期はもう2月上旬のことでした。  常識的にはそんな時期に突然転任など出来るはずがないのです。
 しかし不思議なことに、この頃私の心の中に何かもやもやとしたものがあったのです。それは「この教会に骨を埋めるつもりで来たけれど、本当にそれでいいのだろうか」と言う迷いのようなものでした。その迷いを吹っ切るために主任牧師と話をしたのですが、私の思いとは裏腹に、その迷いが増幅される結果になり、少しここを離れた方がよいのではないかと判断し、次の宗教主任が決まるまで、敬和学園でお手伝いさせてもらってもいいかなと考え、太田先生の招きに応えることにしました。
 しかし、私は教師になることなど全く考えてもいなかったので、教員免許証など持っていませんでした。そこで、太田先生に「先生、私は教員免許証を持っていません。それでもいいのですか。」とお話ししたところ、太田先生は「教員免許証が教育をするのではない。私はあなたを必要としているのです。」と言われたのです。かっこいい殺し文句にやられ、この先生のために私のできることを全力でお手伝いしようと決心しました。
 太田先生のお手伝いのつもりで来た敬和学園に、何と、37年も在職することになってしまいました。途中何度か、そろそろ潮時かなと思われる時もあったのですが、その時は主が、「わが僕よくやった、もう引き上げていいよ。」とは仰って下さらなかったのです。私は、神さまが「お前の敬和での使命はもう終った」と仰って下さる時が来るまでは、動くまいと心に決めて今まで歩んできました。
 神さまのなさることは実に不思議で、私達には計り知ることが出来ません。骨を埋めるつもりで赴任した出身教会にはわずか2年、次の宗教主任が決まるまでの、お手伝いのつもりで来た敬和学園には、37年もいることになってしまいました。「主は人の一歩一歩を定め、御旨にかなう道を備えてくださる。」(詩編37:23)顧みてまさにその通りであったと思えるのです。私達は自分の思いでいろいろな計りごとをし、それが正しいと思いますが、ただ神様のみ心のみが実現するのです。だから、これが主の御心だと信じたことであるならば、大胆に行動したらいい。もし御心でなければ、主はそのことをも示してくださるに違いない。


寮生リレー通信  (第 117 回)


『コスモスコンサート』

「歌うことの幸せ」
Y.I(めぐみ館 3年 新潟県阿賀野市) 
 去る11月1日、女子声楽部と男子声楽部シュビドゥバーズは、3年生引退となる定期演奏会のCOSMOS CONCERTを開催しました。敬和の在校生、先生方、先輩方、保護者、一般の方々、たくさんの方々にご来場いただき、大盛況に終えることが出来ました。ここまでの道のりは、決して穏やかなものではなく、本当に来てくださる方を楽しませ、自分たちが納得のいくコンサートを作り上げることが出来るのか不安でした。部員の衝突、部活に対する意識の違いなど、私たちは様々な壁にぶつかって来ましたが、それを乗り越え、大会でも金賞を受賞することが出来、演奏会に行った際は聞いて下さった方に喜んでいただけるような演奏をすることが出来るようになりました。
 私たちが歌うことができ、その歌を聴いてくれる人がいることが、どれだけ幸せなことか気付くことが出来ました。この様なことに気付くことが出来、成長する機会が与えられたのも、周りで支えて下さった先生方、友人、保護者の方々、そして歌があったからであり、感謝しています。本当にいつもありがとうございます。私は高校を卒業しても歌を続けていきますが、ここで学んだこと、歌に対する純粋な気持ちを忘れずに、これからの道のりを大切に歩んでいきたいです。最後に、コスモスコンサートにご来場いただいた方々、スタッフをして下さった方々、本当にありがとうございました。来年度の声楽部もよろしくお願いします。


「最後のコンサート」
M.N(大望館 3年 長野県長野市)
 僕は45回生、男子声楽部シュビドゥヴァーズの部長を務めさせていたただきました。今年は僕たちが中心となって作り上げる、第25回コスモスコンサート、今年のコスモスコンサートのテーマは、『Second Family~僕たちが帰る場所~』でした、このテーマは3年生たちが幾度も話し合い決めたテーマで、3年生たちの強い思いが込められています。
 今年のコスモスコンサートは去年にはなかった「ポップス部門」が追加され、ほかにも盛りだくさんな内容となっていました、とくに見どころだったのが「ミュージカル」と「大会報告ステージ」でした。ミュージカルは、個性あふれる部員が個性あふれる役を演じたおかげで、クセありまくりでしたが、笑がいっぱいのミュージカルとなりました。
 大会報告ステージは、僕たちが全日本合唱コンクールで歌った歌を歌いました。その2曲は僕たちが一番練習してきた歌で、一番思いがこもっている曲です。コスモスコンサートで歌ったどんな歌よりもうまいと感じました。練習はやっぱり嘘をつかないんだなと思いました。最高のコスモスコンサートでした。




『大夫浜コンサート』

「感謝を込めて」
I.T(光風館 3年 茨城県龍ヶ崎市)
 太夫浜コンサートにお越しいただいた方、これなかったけど応援してくださった方、本当にありがとうございました。
 僕はこれまでの二年半、たくさんの人に迷惑をかけながらなんとかこの部活をやってきました。部員の誰も僕が最後まで部活を続けられるとは思っていなかったと思います。それでもいろんな人に支えられながら、なんとか引退まで部活を続けることができました。見守ってくれた方、怒ってくれた先輩方、見捨てず辛抱強く付き合ってくれた仲間たちに感謝しています。太夫浜コンサートはそんな感謝を形にして届けたいと思って演奏した、恩返しのコンサートでした。拙い演奏しかできませんが、その時にできる最高の演奏ができたと思っています。
 僕が器楽部で培ってきた全てをもってごめんなさいと本当にありがとうを届けました。少しでも笑顔になっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。胸を張って、引退したいと思います。ありがとうございました。そして、46回生率いるこれからのJazz Hornetsにご期待ください!



「部活で学んだこと」
O.Y(光風館 3年 京都府京都市)
 私は3年間の部活動を通して、協力し感謝することの大切さを学びました。
 器楽部では主に、ビッグバンド・ジャズを演奏しています。ビッグバンド・ジャズはその名の通り、大規模な編成で演奏する音楽で、最小編成でも17人を必要とします。そして、吹奏楽や管弦楽とは違い、1つのパートを2人以上で演奏することはめったにありません。そのため、各々に高いレベルの技術力が要求され、自身のパートに責任を持つ必要があります。しかし、その分、バンド全体が一体となって演奏する感覚を体験することができ、ビッグバンド・ジャズ特有の迫力のある演奏ができたときの喜びは大きいです。
 私が部活動を始めたばかりのころは、自分の技術力の向上だけを目標にしており、周りとの協調性が低かったと思います。しかし、ビッグバンド・ジャズでは一体感が最も重要視されます。確かに、個人の技術力も高くなければいけませんが、周りと協力しなければ、美しい音楽にはなりません。例えば、あるパートが主旋律を演奏しているとき、ほかのパートがうるさく演奏してしまうと、どれだけ主旋律がきれいでも台無しになってしまいます。他にも、ドラムやベースといったリズム楽器の音を聞かなければ、全員のリズムが合うことはまずないでしょう。このようにビッグバンド・ジャズを演奏するときには、互いの演奏にアンテナをはり、より良い演奏となるように他人を気遣うことが必要になります。
 部活動での経験は、一人では何もできないということを教えてくれ、何かが上手くいったときにも、そのほとんどが、他の人が気遣ってくれた結果だ、ということを知りました。常に感謝の心を忘れず、協力し合って生きていきたいです。




『敬和を考えている中学生へ』 


「寮ってどんなとこ?」
T.M(みぎわ館 3年 新潟県長岡市)
 みなさんは、寮生活と聞いてどのようなイメージを持ちますか?面倒くさそう、上下関係が厳しい、規制が多い、携帯が使えない不便所、等あまり良いイメージは持たないのでは無いかと思います。私は入寮前はそうでした。しかし、そんなことはありません。断言します!!勿論上下関係や規制が無い訳ではありません。生活をしていく上で必要なルールもありますが、それは私達を縛りつけるためのものではありません。お互いに気持ちよく生活するものです。
 ではそんな寮生活では何を学ぶことができるでしょうか。答えはたくさんあります。気遣い、思いやり、敬語、上下関係、話し合うことの大切さ、正面からぶつかる事もあります。悩む事もあります。しかしそれは寮生活だからこそできる事だと思うのです。入寮しなければ分からない事もたくさんあるのです。
 携帯もPCもTVゲームも必要ありません。目の前にもう話相手が居るのですから。基本的な生活プログラムはほぼ毎日同じですが、3年間過ごしてきた中で同じ日は一度もありませんでした。
 沢山の笑顔、涙、悩み、話し合い、そして何よりも思いやりで出来ている寮。入寮前は不安や迷いがありましたが、今は入寮した事を後悔していません。むしろ本当に感謝しています。3年間はあっという間です。人との関わりの中で大きく成長する事間違いなし!!今までは知らなかった自分、深く関わるからこそ見えてくる相手の良さに気が付く事ができました。


「仲間たちと過ごす時間」
H.M(みぎわ館 2年 宮城県気仙沼市)
 最近心の底から思いっきり笑ったことありますか。心の底から思いっきり怒ったことありますか。心の底から思いっきり泣いたことありますか。寮生活というものは、嫌でも人と関わらなければできません。
 家では、学校で嫌なことがあった時一人きりになる事ができたかもしれませんが、寮ではそうは行きません。悩みがあっても仕事はしなければならないし、相性の合わない人ともつきあっていかなければならない。その中でぶつかり合いが起こって苦しい思いもするかもしれません。でも、うわべだけの仲ではなく、心の底から思いっきり本心をぶつけ合った友だちは、かけがえのない『仲間』になるのです。そんな仲間たちなら、一生かかっても切れない絆が生れるのではないでしょうか。
 高校生でいられる時間はとても短いものです。長い長い人生の中のたった3年間、その短い時間を、思いのままをぶつけられる仲間たちと過ごす。それってとても素敵なことだと思いませんか。





<もう一つの寮体験>
 去る10月29日(水)から31日(金)までの3日間、学校から小田中教頭と狩野教務主任が寮体験で大望館に来てくださいました。
 これまで、学校の研修の一環として寮体験に来てくださった先生は何人もいます。そのほとんどは若い先生方でした。今回は教頭と教務主任という学校の中でも中心を担っている先生方が来てくださるということで、大望館生達はどんなおもてなしをするか考えました。先生方に最高の想い出を残してもらおうとしたのです。
 男子寮生45名、色んな案が出されましたが、最終的にスウェーデンの伝統的な食べ物「シュールストレミング」でのサプライズおもてなしをしました。シュールストレミングとは、この時期に食べられるニシンの塩漬けで、スウェーデンでは日本のくさや的な存在だそうです。その強烈なにおいから「世界一臭いたべもの」と称されています。
 後日、両先生方もその時の様子を楽しそうに語っていました。彼らの願いが叶い、想い出に残る寮体験となったようです。その時の実行委員長の文章を紹介します。



「Welcome to 大望」
K.S(3年 宮城県大崎市)
 この感動をより深く表現するために、以下より倒置法を駆使してお話します。気分が悪くなったら飛ばしてかまいません。
 少し前に大望館に来られました、小田中教頭と狩野教務主任が。僕たちは知ってました、先生方が来ることを。そこでサプライズにと、考えました、缶詰を買う計画を。その缶詰は世界一でした、臭いが。かの有名なシュールストレミングさんです。臭いを数値で表すと、数倍もあるのです、焼きたてくさやの、納豆の・・・。5000円という値段でしたが、皆で少しずつ集めて注文することになりました。Amazonで。
 先生たちは何も面白くない平和な一日を過ごしました、大望に来てから。僕たちは内緒にしてました、シュールストレミングのことを。二日目の夜、なんの説明もないまま連れ出しました、外に・・・。あまりにも危険だからです、屋内だと。
 ついに、実食!!生ごみの溜まったポリバケツの最下層のような臭いがしました。ナウシカの腐海みたいな感じです。
 先陣をきった小田中教頭・狩野教務主任は、怒り狂ったオームみたいになりました。僕たちもなりました。興味をもってもらえたら幸いです。レッツシュールストレミング!



寮務教師から一言
 あの暑さからあっという間でした。冬って本当にやって来るのか?あの時はそんなことを考えていましたが、ここ数日で急に冷え込んできました。雪とは縁のない地域で育った私は今年は多い年かと毎年楽しみにしてしまいますが、昨今の異常気象によるキャンパス内に降り積もる雪の少なさには驚くばかりです。子どもたちと一緒に作るかまくらを今年は披露できるか?しかしその一方で、雪の多さに悩まされる方々がおられることも忘れずにその日を待ちたいです。
寮務教師 澤野 恩

2014年10月24日金曜日

のぞみ通信 No.203(2014年10月17日)

強いられてするのではなく
 寮長 信田 智

 私は、ある大きな教会の副牧師をしていたことがある。主任牧師はとても厳しい方で、服装から原稿の下書き、言葉使い、礼拝の司会、説教の内容、立居振舞、牧師としての在り方、ありとあらゆる面で厳しく訓練された。大概の伝道師は、その厳しい訓練に耐えられなく、1年か2年でやめていった。この牧師のもとで勤まればどこの教会に行っても勤まるであろうと言われていた。私も、いつも緊張して気の休まることのない生活をしていたように思う。しかし、その牧師のもとで5年間、歴代の伝道師達の中で一番長く務めることになった。もっとも、そのしわ寄せは全部家族のもとに行っていた。
 一方私の恩師は、一度も私を厳しく指導することはなかった。しかし、その恩師の前に出ると、全部見透かされているように思い、隠し事は出来なかった。そして、自らの至らなさを気付かされ、自然と身を正さざるを得ない凛とした厳しさが伝わってくるのである。ぐいぐい引っ張ってくれる良い指導者もいる。また、従わざるを得ない威厳に満ちた指導者もいる。幸いなことに、私は若い時両方の指導者のもとで訓練を受けることが出来た。私のような無力な者が、敬和で今まで務めることが出来たのは、良き指導者に恵まれ良き環境が備えられていたからに他ならない。
 詩編の32編には、「分別のない馬や、らばのようにふるまうな。それは、くつわと手綱で動きを抑えねばならない。」と言う一節がある。私たちは何かをするのに人を見ることが多い。自分より強そうな人の言うことは聞くが、自分より弱そうな人の言うことは聞かないといったように、強力な力には屈し、弱い力のもとでは暴走することがある。くつわや手綱で、強制的に制御しなければ言うことを聞けないというのでは情けない。強制的にいうことを聞かされ、いやいや何かをするのではなく、自分の意志で物事の良し悪しを判断し、行動することのできる人になっていきたい。
 今回47回生1学年の修養会に参加させてもらった。47回生の修養会実行委員会のメンバーは、自分のことを後回しにし、みんなに仕えることに徹し実によく活動していた。また、47回生全体も強制されていやいや動くのではなく、時間をしっかり守り自主的な行動を心掛けていた。楽しみにしていたトレッキングが雨で中止になり、雨天プログラムに変更されても、文句も言わずみんなで雨天プログラムを盛り上げていった。これからの更なる成長が楽しみである。
 その背後には47回生を信頼し、彼らが自分で気づき、自分たちで問題解決を図ることが出来るように、忍耐強く待っている教師集団がいることを見せてもらった。同時にまだまだ未熟な集団であり一人一人であるので、道を外れそうになるときに厳しく叱ってくれる存在も必要である。その存在は47回生にとって最大の応援団であることを忘れてはならない。自分で考え、自分で判断し、主体的に行動できる自由を身に着けていきたい。そして、そのことについては自分で責任を負う覚悟も必要である。


寮生リレー通信  (第 116 回)
 
「 のぞみ寮テーマ:希努愛絡 」
I.H(めぐみ館 2年 神奈川県川崎市)
 今年ののぞみ寮の全体のテーマは「希努愛絡」です。みなさんはきっと「きどあいらく」と聞いて思いつくのは感情の方の四文字熟語だと思います。ですが、このテーマの方の「きどあいらく」にはこんな意味があります。「希望を持って努力し、愛を持ってつながる。」
 このテーマを決めるにあたって、まずブロック長、そして副ブロック長でどのような寮にしていきたいかというキーワードから出していきました。帰って来たいと思えるような場所、笑いあえる場所、愛を持って歩み寄って行けるような関係、そんなキーワードが出ました。そんな中でもよく出てきた、中心となっていたキーワードは「愛」だったように感じます。46回生の修養会でのある人の礼拝のお話で私は愛について深く考えさせられました。愛とは、自らが損をしてでも相手の幸せを願えること、自らの利益を求め自分が幸せになってばかりの「愛」とは愛ではなく利用であるということ。自らが損をする「愛」は、寮生活においてとても難しく、とても大切なことだと思います。
 寮生活において努力し3年間成し遂げることで、十人十色ではあると思いますが必ず得られるものがあると思います。そのためには寮の仲間と協力し合い、時にぶつかり時に笑い合うことが必要不可欠です。その時、愛を持って接しなければ伝えたいことも伝わらないと私は思っています。このテーマを大きく掲げ、みなさんが少しでも心にとめて寮生活の1日1日を大切にして下さることをお祈りしています。

 
 【めぐみ館ブロック長】  
「おでん~みんなでうま味を出し合おう~」
I.H(めぐみ館 2年 神奈川県川崎市)
 今年のめぐみ館のテーマは「おでん~みんなでうま味を出し合おう~」です。夏が終わり寒くなってあたたかいおでんを食べたいと思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?この中にある大きな2つの意味は、「家にいる時でもふと恋しくなるようなあたたかい、帰って来たいと思える館」、「1人1人の個性を大切にする」ということです。
 おでんは1つ1つでも美味しいけれど、集まるとさらにダシやうま味が出て、あったかくて美味しくなります。家から帰って来た時の、愛情のたくさんつまった「おかえりなさい」の言葉。これは寮にいたいと思える、寮に帰って来た時にほっとするようなものだと思います。寮にいればたくさんのルールに縛られ、先輩がいて後輩がいます。心に余裕がなくなることもあります。ですが、辛い時に支えてくれるのは、先輩後輩を含めた寮の仲間たちです。その仲間たちがお互いに個性を出し合い、たくさんの考えを共有し、理解し、吸収することで、私たちはまた一つまた一つと大きく成長していけるのではないでしょうか。考えがぶつかるのは当然のことです。これだけたくさんの人がいたら、誰一人として全く同じ考えを持つ人はいないからです。1人1人が自分の意見を大切にしながら相手の意見も尊重していく。それによって個人が成長し、そして館としての成長も出来るのではないでしょうか。これが、このめぐみ館のテーマ「おでん~みんなでうま味を出し合おう~」の内容です。
 さて、みなさんには、人生においてこれが本当に本当に大きな経験だった、そしてその後も自らの糧になる、というようなことが思いあたるでしょうか。すぐに思いつく人も、今はまだない人もいると思います。私はまだないです。ですが、人生に関わるような大きな経験とはきっと後になって過ぎ去った時に気が付くのではないでしょうか。その時とても辛く苦しかったことはその壁を乗り越えてみると大きな糧となっているかもしれません。みなさんがこののぞみ寮での3年間に真剣に向き合い全力で取り組むことで、人生においてそんな経験となることを願っています。

 【光風館ブロック長】  
One For 光風 」   
S.E(光風館 2年 兵庫県西宮市)
 普段、礼拝のお話があまり上手ではなかった光風生の一人が夏休み明け、礼拝のお話をしてくれました。彼は夏休みに兄弟四人で旅行した想い出を話していました。お話の終盤に『「僕は兄弟四人でいっしょにまた旅行に行ける日がもしもあったら、また行きたい!」と思いました。』と言い、普段の彼ならここでお話が終わるのですが、その日の彼は違いました。
 『みなさんの中で一人っ子の人がいると思います。この話を聴いて、兄弟がいてうらやましいと思っていると思います。でも僕は、この光風館全員が家族・兄弟だと思っています。先生はみんなを見守ってくださる親で、二・三年は後輩たちを支えたり元気を出してくれたりする兄で、一年生はこれからのことを学ぶ弟なので、一人っ子の人でも光風館全員を自分の兄弟だと思ってくださるともっと楽しい寮生活になると思います。僕は悲しい時があっていつも側にいてくれるのが家族・兄弟だと思います。ですので、これからも家族・兄弟達を大切にしていきたいと思っています。』と、言ってくれました。お話が終わり、彼の成長に光風生たちは歓声を上げ、礼拝の雰囲気はがらりと変わりました。僕も同学年の光風生として彼の成長を喜ぶのと同時に、彼に兄弟と言ってもらえたことを凄く嬉しく感じました。そして、これからの光風館を作っていく46回生の中で大切なことを気付くきっかけとなりました。
 46回生光風館のテーマは、『One For 光風』です。なぜこのテーマになったかというと、まずテーマ決めのミーティングで「今の自分達には何が足りないのか?どうしたら自分達の寮は良くなっていくのか?」について話し合いました。その中で「楽しければ何でもいいんじゃない?今よりももっと楽しい寮にしたい!」という意見も上がりました。しかし、その反面で「楽しむためには普段の生活のメリハリが足りない」という意見も上がりました。たしかに今年に入り、担任寮務教師が変わり、2年生の倍くらいの人数の1年生が入ってきたことにより、大きく寮内が変わったこともあり、僕たちの生活は所々でルーズになっていました。なので僕たちは楽しむためにも、「まずルーズになっている所から引き締めていこう!改善していこう」という想いを込めて、このテーマにしました。
 少し話が飛躍しているように聞こえるかもしれませんが…ひとり一人が光風館の仲間のために行動すれば、結果的に自分勝手な行動が減ったり、行事をもっと楽しんだり、メリハリのある生活が出来るようになると思います。僕たちはテーマを考える時に、そのテーマがいつも頭に置いておけるということ、実現出来るということも意識して考えました。いつでもこのテーマを忘れずに生活していきましょう。

 【みぎわ館ブロック長】  
「窓を開けよう!!」
H.M(みぎわ館 2年 宮城県気仙沼市)
 みぎわ館ブロック長のH.Mです。突然ですが、みなさんは掃除が好きですか。みぎわ館では毎日の掃除を朝に行っています。実を言うと、私はあまり掃除が好きではないのですが、毎朝部屋の窓が開けられて入ってくる、心地良い風は大好きです。特に秋、この季節は掃除にピッタリの気候です。話は変わりますが、先日ミーティングで、みぎわ館のテーマについて話あっている時、多くの意見が出る中、こんな言葉が出ました。「風通しの良い館にしたい」とは、どういう意味だろうと首をかしげていると、気持ちを言葉にするのが苦手だと言っていたその人は、慎重に言葉を選びながら、一生懸命に説明をしてくれました。「部屋を閉め切って閉じこもっていると、空気がモヤモヤして、頭が痛くなったり、気分が悪くなる。それと同じように人間関係とか、色んな事がモヤモヤしている所に風を入れて、スッキリさせたいなあ、と思ったんだ」その言葉を元にして、他の意見も交えた結果、今年のみぎわ館のテーマは「窓を開けよう!!」に決定しました。
 このシンプルなテーマには、たくさんの意味が込められています。悩みを抱えて苦しんでいる時、一人で閉じこもらず、もっと、広い世界を見渡して、自分の無知を知ろう。殻にこもってしまっている人の窓をノックして、皆で開けてあげよう。他にもたくさん、46回生それぞれの想いが込められています。みぎわ館に居る全員が自分なりの意味を持たせる事の出来るテーマです。そしてそれこそ、一人一人の「窓」であり、またみぎわ館全体の大きな一つの「窓」になるのではないでしょうか。
 心の窓を開ける、と言うのは、口で言う程簡単な事ではありません。外は寒いかもしれないし、雨が降っているかも知れない。それでも勇気を出して、また、誰かに手伝ってもらって窓を開けてみた時、その向こう側にみぎわの「愛」が見えると思うのです。
 ところで、テーマも固まってきた頃、一人が「!マークを付けよう」と言いました。何故かと聞くと、「元気で明るいみぎわっぽいから」こんなステキなみぎわ館を今年も宜しくお願いします。

 【大望館ブロック長】
「大志を抱け 望まれる人間になれ ~Let’s respect each other~
O.Y (大望館 2年 兵庫県伊丹市)
 新大望館のテーマは「志を抱け まれる人間になれ ~Let’s respect each other~」です。少し長いような気もしますが、ここには大望生として、あるべき姿が込められています。
 大望のホールに大きな額があります。そこには大きな文字で「Boys Be Ambitious」と書かれています。日本語に訳すと、皆さんも知っている通り「少年よ、大志を抱け」という意味になります。これは北海道大学の初代教頭で居られたウィリアム・スミス・クラークさんが第1期生との別れを告げる時に発した言葉です。この言葉には続きがあります。
少年よ 大志を抱け!
お金のためではなく
私欲のためでもなく
名声という空虚な志のためでもなく
人はいかにあるべきか、その道を全うするために、大志を抱け
 このような事を言っています。僕はこの言葉が好きです。なぜなら何か夢を持つことはとても大切なことだと思うからです。たとえ失敗したとしても、それまで夢に向かって頑張った過程がとても大切だと思っています。その夢に届かなかったとしてもそれまで頑張ったのなら道は違ったとしても自然と良い方向に道が開けると思います。
 僕はこの世の中は一人で出来ることなんて少ないと思います。なにかしようと思えば必ず、誰かの助けが必要となるはずです。先ほど話したように大志を抱いたとしても望み通りに行くには一人では当然叶いません。だからこそ、大望館の一人一人がお互いをリスペクトしあい、一人一人が自信を持って夢を持てるような館にしたいのです。リスペクトとは尊敬という意味ですが、僕の言うリスペクトとは後輩から先輩にするものではなく、学年問わず、仲間の良い所を見つけ、褒め称えてあげることです。当然、良い所を見れば、悪い所も見えてくるものでしょう。その時も、罵倒するのではなく、認める事が大事だと思います。自分が何かするには仲間のリスペクトを受けなければならないと思います。そして仲間のリスペクトを受けるためには仲間をリスペクトし、大切に思う心が必要だと僕は思うのです。その助け合い・支え合いの精神がこの今の大望館に一番必要なものなのではないかと思いこのテーマに決まりました。



『 修養会 』


「修養会の感想」 
T.A(みぎわ館 1年 新潟市西区) 
 私は、修養会の実行委員をやらせていただきました。修養会2週間前には、ホテルとキャンプ場、それと、プログラムの2日目にあるトレッキングの下見に行くなど、準備も様々な事がありました。
 修養会の1日目、私たちの磐梯クラスは、夕食のカレーにチキンカレーを作りました。カレーには赤ワインと香りを付けるためにローリエと言うハーブを入れると言う、本格的なカレーを作りました。このカレー作りは、47回生が4つの班に分かれて3人の先生に審査をしていただき、味のクラス対抗合戦をしました。
 2日目は、あいにくの天候で午前中は田原米子さんと言う方のビデオを鑑賞しました。この米子さんは、母親の死をきっかけに自ら死を選んで、駅のホームに飛び降りてしまいました。ただ、幸いにも駅員さんの手によって一命は取り留め、助かったのですが、左腕と右手指2本、片足が失われました。そんな米子さんは生きていくのが苦しい中で聖書に出会います。米子さんはある聖書箇所を読んで、自分自身の考えが変わったそうです。指が3本しかないと思っていたのが、3本もあるから、何でもできると言う考えに変わっていかれます。人生を前向きに考えるようになった米子さんは料理をしていたり、裁縫をしている姿が映し出されました。私は、このビデオを見て、人は考え方によって何でもできるのだと、教えられた鑑賞会となりました。
 午後は、男女に別れてドッチボールトーナメント戦をしました。夜には、キャンドルファイヤーを体育館でやりました。最初に湖南の風の睡蓮花を歌いました。次に各クラス1列になって、伝言ゲームをやりました。40人の伝言ゲームは、人数が多いので心配でしたが、どのクラスも最後までやりきれました。そして最後のフォークダンスでは、皆が盛り上がっていたので、企画者としてはとても嬉しい気持ちになりました。3日目は講演を聞き、無事に修養会を終える事ができました。
 私は、初めて修養会実行委委員をやってみて、まとめる大変さや、楽しい事ばかりではない辛い事もたくさんある事に気が付きました。修養会のテーマ「自分と出会う」をこの修養会を通して考えさせられました。



「自分と出会う」
S.R(大望館 1年 神奈川県松田町)
 今回の47回生修養会テーマは「自分と出会う」というものでした。修養会の3日間のプログラムの中で、もっとも印象に残ったのは、2日目の夜のキャンドルファイヤーでした。キャンドルファイヤーは企画から運営までのすべて実行委員を中心に行います。
 そして迎えた本番。キャンドルファイヤーでは、ゲームをしたり、料理コンテストなどの表彰を行ったりしました。しかし、思った以上にプログラムに時間がかかってしまい、予定していたものすべてを行うことはできませんでした。時間をかけて準備をしてきたのに、予定通りにできずに悔しい思いをする。みなさんはそのような経験をしたことはありませんか。
 たとえば勉強です。たくさん勉強をして、これなら試験でいい点数を取れると思っていたのに、結果的に思ったよりも点数が伸びなかった、という経験はだれもがあるのではないでしょうか。勉強してきたつもりでも思うような結果が出ない。でもなぜ思うような結果が出なかったのか、今回の出来事ではっきりとわかりました。自分でどんなに準備をしてきたつもりでも、まだまだ準備が足りなかったり、詰めが甘かったりしていたのだと気付いたのです。
 自分自身のことは自分でわかっているつもりでも、実際はよくわかっていないものなのかもしれません。今回の修養会のテーマは「自分と出会う」ですが、私たちは意外に「自分と出会」えていないのかもしれません。「自分と出会う」方法の一つは「自分に関心を持つ」ことだと思います。そして「関心を持つ」というのは、具体的には自分を好きになること、「自分を大切に思うこと」と言いかえられると思います。
 修養会の講演の中で印象的だった言葉が二つあります。ひとつは「人間の体の中で脳みそはたったの3%」という言葉です。最近よく「学校がつまらない」などという言葉を耳にします。しかし、つまらないと決めつけているのは自分の体のたったの3%の部分で、そのほかの97%がどう考えているのかはわかりません。
 もうひとつは「生まれてきたことを幸せに感じる」という言葉です。この言葉は「自分を好きになる」「自分を大切に思う」ということと似ている気がします。つまり「自分と出会う」ために大事なことは「生まれてきたことを幸せに感じる」ということなのかもしれません。あるいはそれは「感謝しながら生きる」と言いかえられるかもしれません。僕はいま毎日学校に通うことが出来ていますが、世界には学校にいきたくても行けない人がたくさんいます。もっといろいろなことに感謝しながら生活するべきだと思いました。
 敬和学園は「自分探し」の学校です。修養会で学んだことをこれからの学校生活の中でいかし、そして最終的には「生まれてきたことを幸せに感じられる人間」になれるように努力していきたいと思いました。

「修養会」
K.N(めぐみ館 3年 新潟市南区)
 最後の修養会は、聴いて感じる3日間でした。2日目に女川の旅館の女将さんのお話を伺ったのですが、その時に「自然は強いし怖いけど、人間はもっと強い」というようなことをおっしゃっていて、感銘を受けました。また、協力することが出来る人間の温かみのようなものを感じ、じんわり心があったまったような思いがしました。まだまだ感じた事はありますが、書いているとキリがないのでやめておきます。
 今回、部屋の人と大分夜更かしをして、だらだらわははと喋り、突然寝ました。なかなかシュールで楽しかったです。普段は関わらない人とも何故か話せたり、温泉のお風呂も熱かったけどすべすべで気持ち良かったり、ご飯も美味しく、布団もふかふかで、倖せでした。あと、芋煮がとっても美味しくて最高でした。やっぱり富士クラスは素敵な人ばかりです。大好きだなぁ…。そんな感じで、本当にいろいろあったけれども、思い返してみるとこんなに楽しい修養会でした。実行委員の方、お疲れ様でした。
 
「修養会を終えて….『仕える』から気づいたこと」
Y.M(光風館 3年 新潟県村上市)
 私たち45回生の敬和生活における最後の修養会がついに終わりました。私は修養会実行員として今回の修養会に関わったわけですが、関わって初めて実感したことがありました。それは、『仕える』という言葉の複雑さです。
 45回生の学年テーマである『愛によって互いに仕えよ』、一年次は『愛』を、二年次は『互いに』……そして三年次は『仕える』を主眼おいて修養会を作っていったわけですが、一年次、二年次に比べて三年次の『仕える』はテーマとしてとても漠然としたイメージしか胸に抱けず、実行員内で修養会のテーマを決めた際に『仕える』とは一体何なのか?という疑問が上がりました。実際、私も『仕える』ということに対し理解を全然できていなかったように思います。そんな漠然とした中、決まったテーマが『自ら仕える~serve each other with love~』でした。恥ずかしいことですが私は修養会を終えるまで「『自ら仕える』とはなんのこっちゃ?」と思っていました。そもそも『仕える』ということさえもよく解っていないのに『自ら』と言われてもなおのこと混乱するだけでした。こんな自分の頭が『仕える』ことの意味を自分なりに理解できたのは修養会が終わり、敬和に帰るためのバスの中でした。そのとき私は何気なしに修養会のしおりを見返していました。私自身なぜそうしたのかわからないのですが、そのことが私にとって大きな意味を持ったことは間違えありません。しおりの後のメモ欄のところを読み返しながら三回あった講演会のこと思い返していました。三回の講演会を聞いていたときは特になにも感じるものがなかったのに、修養会後のバスの中で私は『仕えるっていうのは自分が何を他者にできるかを考えることじゃないのかな?』と不意に考えました。被災地の状況や被災者の方の心中、そういったものを講演会の中で聞きました。それを聞いたうえで、私たちに何ができるのか?何をしたら喜んでもらえるのか?そういったことを考え実行することが重要だと思います。もしかしたら、私の考える『仕える』はどこか間違っているかもしれない。しかしそれは他者から見た視点であって私の中での『仕える』とはこれだ!という確固たる意志を持つことが大切なことです。
 私は今回、自分だけの『仕える』を得ることができました。何が正しくて何が正しくないのかではなく自分の意思をしっかり持つことこそが重要なことだとも気が付きました。『仕える』という言葉だけでなく、ほかのいかなる言葉でも同じで、人がたくさんいればその人それぞれのとらえ方があります。そんな中で周囲に同調することが悪いこととは言いませんが、自分という存在が消えていく……そんな風に私は思います。たくさんのなかで自分だけのものを持つことが大切だということを今回の修養会、『仕える』から気づくことができました。新しい価値観を持つことができた、そんな自分の新しい側面を生んでくれた修養会でした。


『 寮体験に参加して 』


 56日の寮体験プログラムを体験して…」
 N.K(1年 新潟県胎内市)
  私は9月7日〜12日の6日間、入寮体験をしました。私は最初、寮体験へ行くことがすごくイヤでした。なぜなら先輩方が厳しくて怖い印象が強かったからです。行ったら思った通り、厳しくて怖かったです。しかし厳しかったり怖かったりしたのは、自分の礼儀や挨拶がなっていないからだと痛感しました。
 もう1つ、そのこと以外にも感じたことがあります。それは来たばかりで何もわからない自分に優しくわかりやすく教えてくれたことです。「18時から準備だから遅れないで。テーブルの配膳はこうだよ」や洗濯の仕方まで教えてくれたのです。また、ルームメイトも自分に優しく接してくれました。本を貸してくれたり、食べ物をくれたり、とても優しく接してくれました。
 先生方のおもしろい一面を見ることも出来ました。まるで友達同士みたいな会話をしているので、ビックリしました。しかも寮の先生は優しかったです。夏休みの宿題が終わってなかった時、面倒見よく教えてくれたり、点呼の時には「寮、楽しいか?」と声をかけてくれたりしました。普段では見られない一面が寮では見ることが出来ました。
 今回、寮体験に参加して感じたことがたくさんありました。厳しさ、優しさ、楽しさ、発見などいろいろなことが寮にはありました。


「寮生がみんなすごい理由」
N.M(2年 新潟市西区)
 まさか自分が入寮体験をするとは思ってもいませんでした。私にとって寮生は1年生の頃からあこがれでした。あこがれの存在でありながらも、自分に寮生活なんてムリだ、通生で頑張るんだと、何故か一人で意地を張っていました。しかし友達からの突然の誘いで自分も行く気になり、今回の寮体験に参加しました。
 1日目は、本当に緊張して自己紹介もまともに出来ませんでした。家では当たり前のようにやる事、歯磨きやお風呂、部屋の出入り。寮生活はこの当たり前のことをやるだけでもたくさんのルールがあり、正直、なんでこんなめんどくさいルールがあるんだと思いました。1日目の夜は、「この一週間一体どうなってしまうんだろう、絶対やっていけない」と思いました。でも少しでも早く寮生に馴染めるように頑張りました。
 私は、寮体験を通して気付いたことがあります。それは、めんどくさいと思うたくさんのルールを毎日しっかり守って続けていくことが自分のためになり、成長に繋がるんだということです。だから寮生は私にとってどの人もかっこよく見えて、あこがれの存在になっているのだと思います。なかなか体験することのできない体験が今回できて良かったと思っています。ありがとうございました。



【各委員会の目標】
礼拝委員会出会い
生活規律委員会あいさつは世界を救う~言われる前に自分から~
食事委員会感謝いっぱい 腹いっぱい いつも元気にぽかぽかハッピー
整美委員会Peace of Mind ~部屋の乱れは心の乱れ~
行事委員会Just do it ~今を楽しく元気よく~
リサイクル委員会分別されなかったごみたちを助けよう!
~ひとつの分別で未来が変わる~
 
 
【各館の目標】
めぐみ館 :  「おでん~みんなでうま味を出し合おう~」 
光 風 館 : One For 光風」
みぎわ館 : 「窓を開けよう!!」
大 望 館 : 「大志を抱け 望まれる人間になれ ~Let’s respect each other~
 


寮務教師から一言
 日ごとに秋も深まり、朝夕は肌寒さを感じる季節になりました。のぞみ寮では、45回生から46回生への世代交代が終わり、秋の木々が美しく彩られはじめ、新しい息吹へと準備を始めるように、各館、そして各委員会の新メンバーによって新しいテーマが掲げられました。活き活きと、自分たちのこと、これからのことを語り合う46回生。そして、おおきな眼差しで見守り支える45回生。どちらも頼もしく嬉しい気持ちにさせられます。環境が変わる事で焦りや葛藤、悩みも生まれるかもしれません。そのひとつひとつに一人一人がじっくりと向き合い、成長への糧となれるように私たち教師もサポートしていきたいです。歴代の先輩達の想いのつまった伝統を引き継ぎつつ、彼ら彼女たちらしい色を加えて、より豊かなのぞみ寮をつくっていってほしいと願っています。
寮務教師 会田 咲

2014年10月14日火曜日

のぞみ通信 No.202(2014年9月5日)

主は最善の道を
寮長 信田 智
先日、のぞみ通信200号で私が頸椎を痛め、難儀していたことを記したところ、何人かの保護者の方からお見舞いの言葉をいただいた。幸い手術をすることもなく、薬と、首の筋力をつける体操、息子が送ってくれた高反発の枕で、今は全く回復し日常生活に支障はない。頸椎を痛める前は、木刀で素振り200回、スクワット50回、腕立て70回位して体を動かしていたが、2か月ほど運動が出来なかったので、少ずつ運動を始めようと思い、木刀の素振、スクワット、腕立て伏せ等を始めたところ、素振り、スクワットはそれなりにできたのですが、なんと、腕立て伏せは一回もできず、大変なショックを受けた。
 しかし、この経験は思わぬ副産物を生みだした。私も年を取ってきたので、敬和を退職した後どこに住むかを考えていた。妻は私の転勤に伴い、生まれ育った岡山を長い間離れていたので、退職後は故郷の岡山に戻りたいとの願いを持っていた。ほぼその線で妻の姉との間でも話が固まっていた。ところが、今まで元気であった私が動けなくなってしまったので、息子たちが心配し、岡山に行ったら何かあって老々介護になっても、訪ねていくこともままならないから、自分たちの近くに住むようにと言ってきた。
 若い高校生と一緒にいると、ついつい自分が年を取っていることを忘れがちになる。今まで自分が元気であることを前提にいろいろなことを考え、息子たちも私が元気であることを前提にしてきたが、やがて老々介護になることを前提に考えなくてはならなくなったようだ。やっと岡山に戻る目安が立ったと思っていた妻は、また、岡山に住むか東京に住むかで悩まなくてはならなくなった。あちらが立てばこちらが立たず、こちらが立てばあちらが立たず。人生ままならないものだ。
 私は、今まで自分の都合で妻を振り回してきたので、(ある時期は3年間に4回も引越しをしたこともある)老後は妻の言い分を受け止めていこうと思っている。しかし今は、先のことを考えることなく、寮教育のこと、敬和の耐震・改修工事のこと、与えられた務めに誠実に向き合うことが肝要と心得ている。自分の果たすべき義務と責任を主の御前に誠実に果たしていけば、主は最善の道を備えてくださることを信じて今まで歩んできて、主のなさることに間違いはありませんでした。
 いよいよ新学期が始まりました。めぐみ館の耐震・改修工事において、工事関係者は、土曜・日曜休みもなく、世間で言うお盆休みもなく、朝早くから夜遅くまで、夏休み中も連日工事を続けてこられた。厳しい天候の中でも、寮生のことを思い内部の生活空間だけは何とか仕上げようと、最善を尽くしてくださった。残るはベランダ側の側面と、めぐみホールへの渡り廊下部分ですが、戻って来た生徒たちは、リニューアルされためぐみ館に歓声を上げて喜んでいた。
 つらいことも、自分の思うようにならないことも多々ありますが、その先には開かれた素晴らしい世界があることを信じて、後期の歩みを共に励んでいきましょう。



寮生リレー通信  (第 115 回)

< みぎわ館 >

「ブラジル留学」
W.H(2年:新潟県三条市)
  2年生のW.Hです。私は、昨年の夏から今年の7月までブラジルへ留学し、無事帰って来ることが出来ました。苦しい事や、泣いたこともたくさんありましたが、その分、楽しかったこと、嬉しかったこともたくさん経験が出来ました。
 私はブラジルで表現する事の大切さを実感しました。また、たくさんの愛情に触れ、愛についても学びの多い1年となりました。これらの経験を活かし、これからの寮生活をより有意義なモノにしたいです。
 是非、寮のみんなでブラジル独自のダンスを広めて、躍りたいと思います。
 
 
< 大望館 >
 「海外教室に行って」
S.K(2年:新潟県長岡市)
  僕はこの夏、アメリカ海外教室に行ってきました。カリフォルニア州のオレンジヴェールというところに滞在してきました。海外教室は僕の予想を上回るものでした。まず初めて乗った飛行機はとても楽しく、機内食も美味しかったです。そしてアメリカに着いたときは衝撃でした。当たり前のことですが、人々が話す言葉はすべて英語。簡単な単語しか分からない僕はここでやっていけるかとても不安でした。お世話になるホストファミリーの方と会った時、何を話せばととまどっていると、ファミリーの方から優しく声をかけてくれました。とても嬉しくて、安心しました。僕が困っている時は、携帯の翻訳機を使って会話もしました。
 アメリカではいろんなところに行くことができました。ディスカバリーキングダム、サンスプラッシュマウンテン、野球観戦などたくさんのプログラムがあり、とても充実した日々を過ごすことができました。
 不安だらけで始まった海外教室ですが、ファミリーの方、引率の先生、友人の協力で有意義な体験ができました。言葉や文化が違っても助け合う気持ち、人を思いやる気持ちは世界共通であると思いました。この経験を今後敬和生活にも生かせていけたらと思います。



< めぐみ館 > 
 「敬和キャンプ」
T.K(2年:新潟県新潟市)
 私は今年の夏休みに敬和キャンプに参加してきました。敬和キャンプとは学校の行事の一つで、毎年夏休みに佐渡教会で5泊6日のスケジュールで行われます。
 敬和キャンプの良いところは3つあります。
 一つ目は「働く」です。敬和キャンプでは労作をします。主に外で教会周りの草取りをします。夏の野外はもちろん暑く、草は多いし虫もたくさんいます。色んな意味ですごく大変なのですが、頑張った分、休憩時にもらえる飲み物やアイスがとても美味しいです!キャンプ中の「働く」は労作だけではないのです。なんと自分たちでご飯づくりや掃除をします。ご飯づくりなど、やりたい人だけがやるのではなく、学年バラバラのグループをいくつか作り、5日間そのグループで行います。労作した後の、自分たちで作ったご飯、美味しさは倍!!最高です。
 二つ目は「学ぶ」です。学習時間というものがあります。その名の通りです。さすが敬和ですね。学ぶときは学ぶ、の敬和は、勉強もきちんと怠りません。自習はもちろんですが、他にも先生方が今現在に起こっている問題を教えてくださったり、それについてどう思うか考えたりと、とても深い内容でした。
 三つ目は「遊ぶ」です。みんなと交流を深めるために「スポーツ」という時間が組まれていて、グループ対抗でいろいろな遊びをします。私の場合、去年は海でビーチバレー、今年は雨だったので体育館を借りてバレーボールをしました。佐渡の海は本当にきれいです。とても浅いので結構遠くまで行けます。最高の交流の場だと思います。人によっては一番楽しい時間かもしれません。
 この3つはキャンプでとても大切なものです。そしてこれらと同じくらい大事な事があります。それは、キャンプ中は携帯やスマホ、その他の電子機器が禁止されていると言う事です。持っている人も、佐渡についたら必ず教師に預けます。ひとりでも多くの人とコミュニケーションを取ってほしいからだと私は思います。今はラインやフェイスブックが当たり前の時代です。これらがOKなキャンプだったら、きっと今と違うんじゃないかなと思います。それらがないからこそ、いろいろな人と話し、いろいろな事をして、仲良くなるんだと学びました。
 「働く」「学ぶ」「遊ぶ」を通して、みんなが打ち解けていき、友達・知り合いの輪が大きく広がっていくんだと思います。私はこの敬和キャンプは、一つの小さな家族だと思います。だってそう思いませんか?朝昼晩、毎日みんなで食事をし、片付けや掃除もして、遊んで、労作をして汗を流す。キャンプで過ごす一日一日の小さな瞬間に、そう感じることが出来、心からここに来てよかったなぁと幸せな気持ちにさせてくれました。一人では無理なことでも、みんなとなら乗り越えられる、行く度に違うメンバーだからそこが良い。また行きたいと思わせるキャンプにぜひ皆さんも参加してみて下さい。


 < 光風館 >
 「広島碑巡りの旅に参加して」
O.K(1年:長野県長野市)
 僕は8月3日から8日までの広島碑巡りに参加しました。最初はとても迷いましたが、両親からも行くようにすすめられたので、この碑巡りに行くことを決めました。1年生は僕一人だったので、緊張していましたが…実際に行ってみて、「いい旅だったな」と思っています。この広島碑巡りの旅で印象的だったのは、被爆者の方から直接お話を聴くことが出来たことや、式典の行われる平和記念公園内にある平和祈念資料館の展示内容や世界遺産になっている原爆ドームを自分の目で見ることが出来たことなどです。
 原爆被爆者の一人である河内さんからは、『人生というのは、いつどこでどんなことが起こるか、わからない。だからその一瞬一瞬を大切にして生きてほしい。』ということを学びました。河内さんは原爆が投下された日、実家を離れていたため助かりましたが、お母さんやお父さん、お姉さんは被害に遭われて亡くなられたそうです。「何をどうしたらよいかわからず、すごく苦しかった」と河内さんは話してくださいました。悲しみがどれだけ大きかったということがとても伝わってきました。僕ははじめて自分自身がそういった立場におかれた時、どう思うだろうかということを考えました。そして平和とは、どういうものなのかということも考えることが出来ました。
 平和祈念資料館には、原爆を落とされた後の広島の焼け野原の写真や被爆をして変形しながら互いにくっついてしまっている食器類、皮膚が焼けただれていかにも痛々しい様子の人形などが置かれていましたが、そういうもの全てが、何も変わりのなかった日常を原子爆弾によって一瞬のうちにして壊されてしまったことを物語っていました。
 僕は、家族や友達と過ごす日々がとてもかけがえのないものであると感じました。普段、当たり前と思っている日常こそ、平和なんだと思います。今回の広島碑巡りでは、平和について真剣に考え、広島の人たちの想いを受け止めることが出来たので、本当に充実した旅になったと思います。
 


 
めぐみ館の耐震工事を終えて
 I.M(1年:新潟県南魚沼市)
  夏休みが明けて帰ってきたらすごく寮がきれいでびっくりしました。お部屋や廊下の床の色が変わっていました。他にもお風呂やトイレなどとってもきれいになっていました。その中でもラウンジがすごかったです。ラウンジにあるライトはとてもおしゃれでかわいいです。そしてブラックライトがついていました。夜、電気を消して見てみると、星が出てきて天の川が出てきて、とてもきれいでした。今では寮の中で一番お気に入りの場所はラウンジです。とーっても寮がきれいになって良かったです。



S.H(2年:山口県下関市)
  夏休み中に寮を見る事の出来る機会があり、めぐみ館のあまりの変貌に本当に驚きました。どう変わったかを少し紹介したいと思います。
 まず玄関。前までは薄暗く、虫の死骸もたくさんいそうな雰囲気でしたが、今では明るく、なんと通るだけで電気が点くというハイテクな玄関になりました。
 入るとまず色に驚きます。ピンクです。明るいです。でも、階段はもっとピンクです。階段のキャサリン(怪談話)が噂されていためぐみの玄関ですが、キャサリンもびっくりな程ピンクです。女子力が上がりそうな気がします。各階は、廊下の色が階ごとに違っていて明るくなり、トイレは裸足で入れるくらいキレイになって、ウォッシュレットや温便座も付き、快適な空間になりました。
 一番驚いたのはラウンジです。照明も壁紙も、ここは寮ですかという程おしゃれだし、天井は雲です。しかも夜には星空になります。こんな寮は他にあるでしょうか。残りの一年半をこんな素敵な場所で過ごせることを幸せに思います。
 工事前の引っ越しは大変でしたが、それを忘れるくらい素敵になりました。携わってくださった全ての方に本当に感謝です。こんなに明るくなっためぐみ館で、これからさらに明るく楽しく毎日を過ごそうと思います。



K.M(3年:新潟県胎内市)
  夏休み明け、久しぶりにめぐみ館に帰って来ると、そこは全く新しい空間に変化していました。館内全体が明るい色に塗装され、以前は昼間でも少し暗かった場所も光が射したように明るくなり、非常に気持ちよく毎日を過ごすことが出来る生活の場となっていました。トイレも各部屋もきれいになっていましたが、私が一番驚いたのはラウンジです。寮という感じがなく、とてもおしゃれで多くの工夫があり、入った瞬間、わくわくしました。みんなが集まる場である場所がこんなにすてきな空間になり、とても嬉しく思います。
 今回の耐震工事は、きれいになったから過ごしやすくなった、というだけでなく、今ある美しさをずっと保つために、今与えられている場所・物を大切にすることの大事さを再確認する良いきっかけにもなりました。毎日の掃除や大掃除にも力が入ると思います。
 私はあと半年しかこのきれいになっためぐみ館で生活することができませんが、これからここで生活していく後輩のためにも、与えられた空間を大事にし、責任を持って過ごしていきたいです。
 また、この耐震工事はたくさんの人の支えがあったからこそ行うことが出来たと思っています。寮務教師と生徒間の連絡の不足や工事の騒音、荷物の異動など苦労は絶えませんでしたが、こんなにもすてきな場所を造ってくださった工事の方々、私たちの意見を真摯に聞いて下さった先生方にたくさん感謝しています。
 見た目が美しくなっためぐみ館。これからは、めぐみ館生の内側もより美しくなるよう努力していきます。



< 寮務教師から一言 >
  夏休みが明けてもまだまだ暑い日が続いていますが、日が落ちるのも少しずつ早くなり、秋の到来を予感させる季節となってきました。
 秋は勉強にスポーツに行楽に、いろんなことをするのに適しています。何か1つのことに熱中してみたり、新しい事に挑戦してみたり、仲間とスポーツや料理を作ってみたりと、寮でしかできない経験をしてほしいと思います。
 また、後期が始まり進路や修養会、世代交代も近づいてきました。悩みながらも、一歩一歩着実に歩みを進めていくのぞみ寮生を見守っていきたいと思います。一人一人にとって実り多き季節となってほしいと思います。
堀越 俊継(大望館担任)

2014年6月26日木曜日

のぞみ通信 No.201(2014年6月26日)

寮生パワー
寮長 信田 智
先日、朝祷会(キリスト教の教派を超えた有志の集まりで、様々な問題のために、それぞれの地域で祈りを結集し、支援をしている集まり)の全国大会が敬和学園を会場に行われた。高校では小西校長の記念講演が行われ、夜には寮生との親睦夕食会が持たれた。
 敬和学園の設立のためにも、朝祷会の熱き祈りと支援が注がれてきたことを思い、校長自らその敬和学園が今どのような教育を行っているかを、熱く語ってくださった。また、寮での夕食親睦会は、寮生にとっても初めてのバイキング形式の夕食となり、お腹も心も満たされた。調理師さんたちのご努力と、温かいご配慮を感謝しています。寮生も多くの方々のご支援に感謝を表すために、心を込めたおもてなしをさせていただいた。
 その中で、有志による讃美歌と、寮生全員による合唱を2曲披露させていただいた。その1曲は、ヘンデルのメサイアから「ハレルヤコーラス」でした。入学間もない1年生には、少し荷が重いかとも思いましたが、数日にわたり2,3年生が各館で夕礼拝後5分ほど指導し、本番では万全の仕上がりを見せてくれた。朝祷会の方たちは感激し、「暗い時代の中で、ここに希望がある。」と力強くご挨拶いただきました。
 一人一人を見れば、問題を抱えている子供たちもいっぱいいる。それぞれの館が抱えている問題もたくさんある。我々寮務教師の未熟さもある。しかし、それらすべてを乗り越えて、主がご自身の栄光を表そうとして、敬和学園とのぞみ寮を用いていてくださることを信じて、これからも主の御業のために励んでいきたいと願っている。それにつけても、寮生のパワーを目の前にして、私自身圧倒される思いにさせられた。たまたま教育実習に来ていた卒寮生たちも、自分たちの時代とは、また一味違うパワーを見せつけられて、感激し涙を禁じえなかったと感想を聞かせてくれた。
 今、めぐみ館の耐震・改修工事行われている。生活の場をぐるりと工事用の足場が取り囲み、騒音と埃の中で窓も自由にあけられず、玄関も圧迫され、ホールも閉鎖された状態の中で不平の一つも言わず、粛々と日常生活をこなしている寮生・そこに住む寮務教師たちは大したものだと感心させられる。自分たちの知恵や努力によって変えられることには、しっかりと取り組み、自分たちの努力ではどうにもならないことに関しては、黙して受け止める潔さを身に付けてきてくれていると思う。
 彼らのその思いをしっかりと受け止め、工事に最善を尽くしてもらっている。だから、きっと夏休み明け、めぐみ館生が戻って来た時には、不自由をして耐えた甲斐あった、と言って喜んでもらえるようなめぐみ館に変身していることでしょう。
 フェスティヴァルでの寮生のパフォーマンスも見事であった。様々な葛藤を通して大きく成長する機会でもあった。夏休み前、3年生はもうすぐ進路を決める大切な第2定期テストが迫っている。心して取り組み、それぞれのために備えられている道へ、正しく導かれるように祈る。


寮生リレー通信  (第 114 回)

< みぎわ館 >  
「朝祷会の方々をお迎えして」
O.A(2年:大阪府豊中市)
 先日、朝祷会の全国大会が敬和で開かれ、多くの方々が敬和にいらっしゃいました。その日の夕食はバイキングとなり、朝祷会の皆さんと、のぞみ寮の生徒とテーブルを囲みました。その時、キリスト教について、敬和について、こののぞみ寮について、沢山お話する事ができました。その日の礼拝では、同室の先輩のお話でした。そのお話を聞いて、私は改めてのぞみ寮は、スゴイと思いました。多分、人生の中でこんなにもたくさんの人と共同生活をする機会はないでしょう。その中で、たった3年間とても濃い関係を作る事ができるのは本当に珍しく、敬和でしか、のぞみ寮でしか出来ない事だと実感しました。
 最後にのぞみ寮生全員でcosmosとハレルヤを歌った時、全員が大きな口をあけ、楽しそうに、誇らしげに歌う姿を見て、その皆と歌っている自分が誇らしくなりました。高校生になって、このように全員が歌ったりできるのは、やはりすごいです。このような皆と出会えたのは、敬和のおかげであり、いらっしゃった朝祷会の皆さんの祈りのお蔭だと思います。それを実感出来たステキな機会でした。
 
 

< 大望館 >
「2ヶ月を振り返って」
N.T(1年:新潟県胎内市)
 大望館に入寮してから2ヶ月が経ちましたが、それに伴い最近感じることがあります。それは、親のありがたみです。寮では洗濯や身の回りの整理整頓、食当での片付けなど自分のことは自分でやらなければいけません。寮に来るまでは洗濯や食器洗いなどは親に任せきりでした。全く手伝いをしなかったわけではないのですが、頼まれたらやる程度でした。入寮したての頃は、洗濯物をため込みすぎて風呂に入る時に友達からバスタオルを借りたり、干すのに時間がかかり消灯時間を過ぎても洗濯物を干すという日もありました。食当では何をどうすればいいかわからず、先輩や先生などから怒られてしまうことがあり、親のありがたみをひしひしと感じています。
 なので、今度家に帰った時は家事などを積極的に手伝ったり、ありがとうという気持ちを素直に伝えていきたいと思いました。他にも、先輩への挨拶はもちろん、同級生にも朝あった時には「おはよう」と笑顔で挨拶をしたりして、もっと1年生との仲を深めて良い学年にしたいです。


< めぐみ館 >
「フェスティバルで得たもの」
F.A(3年:岐阜県飛騨市)
 私は、今年度のフェスティバル本部長でした。本部長をしたことは、私に色んなことを経験するチャンスを与え、すごくたくさんのものを得させてくれました。そして、まわりのみんなの優しさを感じることが多くありました。話を聴いてくれる人や、気遣いの言葉をかけてくれる人、相談にのってくれる人、夜遅くまで一緒に起きてすべきことを手伝ってくれる人・・・たくさんの人の優しさに触れました。周りにいる人たちに、私はすごく助けられていました。こんなステキな人たちと出会えてうれしかったです。
 これから卒業まで、あと少しの時間しか残されていません。ステキな人たちと、もっともっと仲良くなりたいし、少しでも私がみんなから受けた優しさを、返していけたらいいなと思います。



< 光風館 >
「フェスティバルを終えて」
A.T(3年:新潟県新潟市)
 突然ですがみなさんは、良いリーダーになるための条件とは何と考えるでしょうか。それは能力、人望、人間性でしょうか。今回、私はフェスティバルで大雪連合男子総合チーフという、連合でリーダー的存在である重要な役割を担う事になりました。正直私にはリーダー経験が浅く、率先して何かに取り組むなんて事は不得意であり、こんな自分で総合チーフなんて務まるのかなと考えていた時、「リーダーになるための条件」ってなんだろうと疑問に思ったのです。私はどちらかというと何かに向かって頑張ったりする事が不得意でした。総合チーフという役割を担う前は何も考えず適当に生活してきた自分に課せられた課題。自分にとってとても高い壁であり、乗り越えなければいけない試練であると同時に、自分が成長できる好機だと思いました。この好機を逃したら絶対に成長出来ないと確信した私は、一所懸命にこの課題に向き合いました。
 そこでまず生じる問題がありました、それは今までの生活態度を無理にでも見直し、改善する必要があるということでした。人は知らず知らずに安定を求める生き物であり、その安定した事柄を大きく崩す、あるいは崩される事に対して敏感であり、安定から不安定になる事により、心身ともに負担になるものです。なぜならかつての私がそうであったからです。それを承知した上で、自らを変えるということは、不安、恐怖という感情と、次々と自分に降りかかってくる困難に立ち向かう勇気が必要でした。正直なところ、その頃の自分にはそもそも勇気なんて無いし、むしろ今までの生活態度がどれだけダメだったのかを実感した時は、自己嫌悪に陥るぐらいの状態になりました。大雪クラスではたくさんの問題を抱えていたのにも関わらず、解決出来ずにいた自分に自信を無くし、その頃の私は自分自身に絶望を感じていました。
 そんな時、私が変われるきっかけを与えてくれたのが佐藤文英先生でした。本格的にフェスティバル準備が始まろうとしていた頃、私は先生とお話をする機会がありました。(…といっても自分が相談に乗ってほしいとお忙しい中無理を言ったのですが。)そこで私は先生に今の自分の心境や、良い総合チーフになるにはどうしたらいいのか、自分の思っている事をすべて話しました。その時、先生が私に言ってくれた言葉に私は救われました。それは「お前のやりたいようにやればいいんだよ。なるようにしかならないのだから。」この一言が私の心に響き、今まで良い総合チーフにならなければならないという使命感や、見失っていた事がこの先生の一言によって、今まで高い壁にぶち当たり悩み苦しんでいた自分が全く嘘のように思えるようになりました。正直なところ、先生の言葉で私の心に変化が起きたのかはまだ分かりません。ただ、この先生が私に言ってくれた事を私はずっと求めていたのかもしれません。私に勇気を与えてくれた先生には本当に感謝しています。
 そして、私はフェスティバル準備期間を終え、胸を張ってフェスティバル本番に臨む事が出来ました。そこまで達することが出来たのは、先生だけではありません、クラスメイトのみんなや、仲の良い友人、週末に帰ると快く迎えてくれる両親。本当に数々の人々に支えられたからこそ、ここまでくる事が出来たのだと心から思いました。良いリーダーの条件、それは私には分かりません。わかるには経験が浅すぎるからです。それはこれからの人生でゆっくりと考えていきたいと思います。まずは、今回の色々な経験を生かして残りの敬和生活、悔いのないように生活していきたいと思いました。
 
 

< みぎわ館 >
 「信仰告白(ペンテコステ)」
Y.M(3年:新潟県新潟市)
 私がキリスト教に初めて出会ったのは、幼稚園の時です。私は新潟教会のすぐ近くの二葉幼稚園に通っていました。毎日、ご飯の前にお祈りをしたり、賛美歌を歌ったり、クリスマスにはイエス様の誕生物語の劇をしました。私は天使役で、マリアにお告げをする役だったのを覚えています。
 小さかった頃は近くにあったキリスト教でしたが、小学校・中学校と進学するにつれて、その存在は私の中から徐々に薄れていきました。中学3年生の頃、学校にもあまり行かず、通学に悩んでいた時に、知人の紹介で勧められたのが、今私が通っている敬和学園です。当時の私は自分の未来に希望を持つことが出来ず、ただ流されるままに、敬和学園に入学しました。
 そんな私を変えてくれたのは、大切な友人達との出会いです。友人の一人は、私が辛く苦しんでいる事があると、「Mの事を祈っているからね。」と、言ってくれました。私は、最初「祈ってる」とは、どの様な事かよくわかりませんでした。しかし、彼女が私の事を思ってくれていること、またその事による彼女からの愛を感じる事ができました。それ以来、時々耳にする「祈り」という言葉に私は何故か引きつけられるような気がしました。敬和での生活を過ごしていくにつれ、私には段々と「祈り」という言葉の意味がわかってきたように感じます。それは、誰かを想う気持ちを神様の御心に委ねる、という事だと思います。それは愛があってこそできる事で、色々な場面でそれを感じる時、私は愛されているんだな、守られているんだなと思うことが出来ました。私のために祈ってくれた友人の様に、私も大切な人の為に、祈る事ができる人になりたいです。
 敬和学園のぞみ寮では毎年4月の末に寮祭が行われます。私は礼拝委員として、寮祭で行われる礼拝の話し合いを何度も重ねました。最初はスムーズに進んでいた話し合いが、献金先を決める時にとても、もめてしまいました。礼拝委員は個々の思いにより、献金を捧げたい所があり、のぞみ寮の先生方はのぞみ寮として献金先にしたい所がありました。お互いの主張をし続ける平行線な争いでした。こんなにもめるのであれば、寮祭の礼拝を止めてしまおうという声さえ上がって来ました。このような最悪な状況の中、礼拝委員の一人が「献金って言うのは、人がどこどこにしたいなんて、偉そうに決められるものじゃないと思う。誰のためにって言う気持ちを神さまが献金を必要としている人たちに与えるんだと思う」と言いました。私はその言葉を聞いて、私の心の中にあった憤りは消え、安らかで前向きな気持ちになれる事ができました。私は彼の言った、神様が与えて下さる、というところがとてもしっくりと来ました。私達の「どこどこに献金したい!」という主張は、少し自分達の立場を見誤っていたのかも知れません。神様に委ねて、お祈りをすればどの様な結果になったとしても、それが最善だと思うことが出来るのだと思います。
 「御心のままに」という事に関して、私は自分の悩むべき事や苦しみを神様に委ねてしまって良いのかと、考えていました。しかし、逆に「御心のままに」と祈る事で、神様が私を誰かのためにと仕えさせてくださるのだと思いました。私は与えてもらっているだけではなく、神さまの御心によって、誰かの為に仕える事ができるのだと気付きとても嬉しく思いました。
 洗礼を受けようと思ったきっかけの一つに、とある聖書箇所との出会いがありました。
それはマタイによる福音書22章20節の最後の部分です。
「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」という箇所です。
 私はこの聖書箇所から、イエス様からの大きな大きな愛を感じました。私の勝手な解釈ですが、「この世の終わり」というところは「永遠」を指すのではないかと思います。
イエス様がずっといつまでも、たとえ自分が死んだとしても、いつもそばにいて下さるという事を信じる事ができるなら、今まで抱いていた恐れや不安を、希望や生きる糧とする事ができるのではないかと思います。
 キリスト教の小さく弱い人にこそ目を向け、誰をも愛する精神は私にとってまだ難しい事ですが、今日という日をこれからの人生の新たな一歩として踏み出し、人の為に祈り、神様によって仕え、愛にあふれた人になりたいと思います。

※  今年の寮祭の献金は100,827円でした。あしなが育英会に献金させていただきました。
ご協力ありがとうございました。



寮務教師から一言
 フェスティバル直前に梅雨入りし、当日天気を気にしながらも今年度のフェスティバルを無事終えることが出来ました。準備期間中、寮生ひとり一人が与えられている役割を一生懸命こなしていく姿を見ることが出来ました。時には泣き、焦り、友人とぶつかることもありましたが、当日見せる表情は輝いて、心から楽しんでいるようでした。この経験からまたひとつ成長することが出来たのではないでしょうか。
 今年度初めての部屋替えが各館で行われました。3年生は自分の進路を考え、自分自身と向き合ってほしいと願っています。1・2年生は、夏休み前の第二定期テストに向けて、学習体制を整えてほしいと願っています。
 7月末には保護者を対象とした個人懇談は寮でも行われます。遠方の方やご都合が合わない方は、電話での懇談も受け付けますので、ご都合のよろしい日時をお知らせください。
片岡 自由(光風館担任)