2014年5月19日月曜日

のぞみ通信 No.200(2014年5月19日)

道 芝
寮長 信田 智
今年1月、冬休み明けの開寮礼拝に何人かの寮生が帰寮できなかった。親も子も、もうひと踏ん張りしてくれたなら、皆そろって新年のスタートを切ることできたのにと思うと残念でなりませんでした。そこで、3月の閉寮礼拝で、新年度のスタートをみんなで気持ちを切り替えて始めることが、一人一人のこれからの寮生活にとって、寮全体にとって大きな意味を持つことを再度訴えました。
 保護者の方々にも、子供達の新年度のスタートをみんなで気持ちを一つにして始めることが、子供の自主 自立 自制のためにとても大切であることをご理解いただいて、新年度4月の開寮礼拝には、万難を排して送り出していただきたいと訴えました。その結果2014年度の始まりは、だれ一人欠けることなく元気に戻ってきてくれました。私の記憶の中では、全員開寮礼拝に揃って集まったのは、これが2回目だったと思います。
 私自身はこの春休み、頸椎を痛めて首から肩、腕にかけて激しい痛みが襲い、手もしびれ、寝たり起きたりの日々でした。開寮礼拝、入寮礼拝も、かなりの痛みはありましたが、呼びかけに応えてくれた寮生、保護者の皆様の思いを受け、とても勇気づけられ、励まされました。本当にうれしかったです。
 新学期が始まって1か月半ほど経ちました。5月第2日曜日は母の日でしたが、お子様たちは何か連絡をして来たでしょうか。GW明けで、家で甘えてきたばかりで特に連絡をしなかった子が多かったのではないかと思いますが、母親の有難味は身に染みて感じていることには間違いありません。私も高校生の時は、なかなか親への感謝の気持ちを表すことはできませんでしたが、親の有難味は年と共に深く感じられるようになっていきました。
 私の母は、早くに夫に先立たれ、残された6人の子供たちを女手一つで育ててくれました。恐らく自分のことなど全く顧みる暇もなく、ひたすら家族の生活と、子供の教育のために働き続けてくれたのだと思います。私の父は当時不治の病と言われた結核にかかり、その晩年は結核病棟に隔離され、面会もままならず、母との交流は短歌で心を通わせようとしていたようです。父が他界し10年が経ち、その記念に父との交流を綴った短歌、その後短歌の先生の指導を受け詠んだ歌を自分で印刷し出版しました。
 その歌集は『道芝』と題されました。誰の作かは定かでないのですが「踏まれても 根強く生きよ 道芝の やがて花咲く ときは来らん」という歌が、まさに我が家の歩みそのものであったところから名づけらとのだと思う。また、母が還暦になって詠んだ歌「身を飾る 珠は持たねど 花咲ける 五つの宝 ありて豊けし」(いずれも歌集には載っていない)は本来なら六つの宝と詠みたかったところであるが、私のすぐ上の17歳の息子を失いながらその嘆き苦しみを乗り越えて、5人の成人した子供たちを、珠玉のような宝と詠んでくれた母に、あらためて感謝の思いを募らせる母の日でした。



寮生リレー通信  (第 113 回)
< みぎわ館 >  
「畑のおはなし」
T.M(3年:宮城県仙台市)
 今、みぎわ館の裏には、小さな畑があります。色とりどりの花が咲き、ハーブやトマトの苗が青々と葉を揺らすここは、少し前まで何もない砂地でした。そんなちょっとしたガーデニングの始まりは偶然で、ある夜、私が榎本先生と話していた時のことです。
 どうすれば残飯の量が減るだろうと、私は相談がてら先生とおしゃべりしていました。私が食事委員だということもありましたが、多くを学び、得ることのできる寮生活の中で、毎食後に大量の残飯を目にするのを、前から残念に思っていたのです。しかし、きつく呼びかけをし、無理に食べてもらいたくはありませんでした。自然に食べ物の大切さを感じてほしかったのです。そこで、畑をつくるのはどうだろうという話になりました。
 普段当たり前に食べられる、キュウリなどの野菜を自らの手で育てられるうえ、私たちの残飯、つまり生ごみを肥料として使うことができるのです。すると驚くべきことに、すでにコンポストが用意してあるとのこと。先生はそういうことを誰かが言い出すのをずっと待っていたそうです。
 そうして始まった畑づくり。まだ広くはありませんが、少しずつ砂地を耕し、腐葉土を運び、生ごみ肥料の投入を続け、ついにはそこに苗を植えることができました。有志を募っての作業でしたが、積極的に参加してくれる友人たちに感動しました。特に、光風館のガーデナー(笑)、T君には感謝しきれません。
 これからも、強要するのでなく、みんなが少しずつこの畑に興味を持ってくれることを願います。そこから自らの食事と向き合い、“食べる”ということをそれぞれ考えてくれたら嬉しいです。深刻な食糧不足とは反対に、飽食の時代を向かえるここ日本で、私たちはいかに食べ物の大切さ、命の重みを忘れずにいられるでしょうか。この畑は小さいけれど、今、私たちの確かな希望となっています。
 そして、畑仕事は案外楽しい!たまにでもいいので、ぜひどなたでもいらしてください。


 大望館 >  
「入寮から寮祭」
S.R(1年:新潟県上越市)
 入寮から1ヶ月が経ち、だんだんと生活リズムがつかめてきた感じがします。しかし、親元を離れての寮生活の最初は本当に大変なものでした。携帯が使えず今までのように地元の人とも連絡が取れず、23時には電気は使えなくなり、寮内でのルールがあり、そして今まで親にやってもらっていたことを自分でやらなければいけないなど、今までとはまるで違う生活になりました。
 それに追い打ちをかけるように寮祭の準備が始まりました。私がいる大望館は一発芸と全員でダンスをしたのですが、そのような事をしたことが無く、最初は恥ずかしくて、もじもじとしていました。寮の先輩には全力でやれば何とかなるといわれ、それから吹っ切れて全力で楽しんでやることを心がけて準備をしていきました。
 そして寮祭の日。始まりは寮生やその家族と外で食事をしました。ワイワイやっている感じでも、このあとに控える出し物のことを考えて、1年生のみんなは緊張で顔がこわばっていました。楽しもうと思っていた私もその一人でした。
 食事後、友愛館に移動して各館の出し物が始まりました。大望館は1番最後でした。大望館の番がとうとう来てしまい、緊張がすごかったのですが、全力で一発芸をしました。ちなみに私は猿のものまねをしました。正直全く笑ってもらえないと思っていたのですが、たくさんの人の笑い声が聞こえてきて、すごく達成感を覚えました。その後のダンスも楽しく緊張もせずにやる事が出来ました。
 寮祭はやる前はすごく不安でやりたくなかったけど、終わってみればすごく楽しくて、今後の寮生活に向けて前向きになれた行事でした。


 < めぐみ館 > 
「イースターに受洗しました」
U.A(1年:新潟県秋葉区)
 私が信仰告白をしようと思ったきっかけは中学校生活の中にありました。私の中学校生活の思い出は、思い出したくない程にいい思い出がありません。毎晩のように泣き、どうしたらいいのか分からずにいました。クリスチャンホームで育ってきた私は、「辛い時は祈ればいい。神さまが救ってくださるから。」ということを幼い頃から聞いていました。その時はまだ半信半疑でしたが、「友だちと上手くいかない」「クラスメイトとも上手くいかない」「どうしたらいいのかわかんない」と祈っていました。
 すると少しずつ祈りに応えられているということを実感し始めました。「祈りは応えられている。私のことを見捨てないでいてくれる。」という喜びと希望が胸に溢れ、信仰告白をする決心をしました。
 まだ、分からないことがたくさんあり、クリスチャンとして未熟な点はたくさんありますが、神さまと一緒に歩んでいきたいと思います。


< 光風館 >
「畑と僕」
T.H(3年:新潟県新潟市)
 前の光風館の寮務教師であった三浦啓さん、青柳希望さんと「何か新しいことをしてみたい。次に繋がっていくような、新しいものを光風館に残してみたい」とよく話していました。
 光風館の目の前にある何も使われていない空き地に、レンガの窯を作ってみようと計画していました。今回の畑も元はと言えば三浦啓さんとしようと計画していたことのひとつでした。今まで寮で生活していて考えていたことの中に、「せっかく広い土地を活かせていないなぁ」という想いがありました。きっともっとみんなが気軽に立ち寄れるそんな場所になれるはずだと…。これが畑を始める上での一番の理由です。
 この時期に畑を始めようとしたきっかけはとても簡単なことでした。土曜日の朝食後、部活動が休みだった寮の数人と話をしていた時のことです。「暇だなぁ〜」という一言を聞いた時、自分がパッと思い付き言った言葉が「畑をしてみよう!」ということでした。最初は「冗談でしょ?」みたいな雰囲気だったのですが、寮生のノリですぐさま実行に至りました。
 同室の後輩を引き連れて青空の下、労作教室から借りてきた鍬やスコップを使って、光風館裏の固い土をひたすら起こしたのが、畑作りの最初でした。そこからだったでしょうか。一度、火がつくとやめられない自分がいました。
 畑を一から始めるとなると、身体に負担がかかったり、精神的にも疲れてきてしまったりするイメージが強いでしょう。確かにその通りです。ですが、自分は土を耕していて大切なことに気付くことが出来ました。ひとりでやっている訳ではない。みんなと一緒に、一丸となってやれていたということです。作業をしながら、普段の何気ない会話もたくさんしたり、これからどんな畑を作っていこうか、何をみんなで育てていこうかなどと話したりしていると、場の雰囲気が明るくなり、とても楽しい気分になっていました。「この先、どんな畑になるんだろう」という楽しみもありますが、こういったコミュニケーションが自然と取れるのが畑をしていく中で一番良いなぁと感じたところです。まだまだ始めたばかりなので、いくらでも楽しみは勝手に増えていきます。私は3年生なので寮に住んでいられるのも残り少なく、きっとあっという間で、出来ることは限られていってしまうのでしょう。それでも、したいことはたくさんあります。
 実は前に光風館の裏には畑があったという話を聞きました。ですが今では、畑であったという姿はなく、無くなってしまっているというのが現状です。これを知った時、「とてももったいないなぁ…。今作ろうとしている畑がずっと残って、この先続いていってほしい。」と願いを持ち、畑作業をしています。これから先もみんなで手をかけて、ゆっくりと積み重ねて、時間をかけながら、より良いものにしていきたいと思っています。
 今は先生のアドバイスを参考に3年生が作っているという様な雰囲気があると聞きましたが、全くそんなことはありません。たまたま3年生の人数が多いだけです。出来れば是非、1年生も2年生も一緒に手伝ってください。自分の中での勝手な理想ですが、「何年もかけてより良い畑を作ってもらいたい。こういう風習をこれから先も繋げていってほしい」という気持ちです。
 光風館の一部の生徒で始めたことが、今では先生たちや別の寮のみんなと一緒に進められています。自然と人間関係の繋がりが生まれていることに、今とても感謝しています。これは一緒に住んでいる寮生の特権であり、寮を楽しむということにも繋がると思うし、とても大切なことだと思っています。畑を作ることによって、これから先も同じように後輩たちにも同じ気持ちを感じて、また新しいことを考えてもらえるように期待して、自分自身が楽しんで取り組んでいきたいと思います。



編集後記
 もう早5月も半ばとなりました。1年生は寮生活にも慣れてきた頃。2年生は先輩となり、上からも下からも学ぶ事が多い日々が日常となってきました。3年生は残された自分たちの敬和での時間がわずかであることに気付き始め、様々なことにより一層力を入れて取り組み始めた感じがします。毎日確実に成長の階段を上っているのぞみ寮生たち。笑ったと思えば泣き、喜んだと思えば悩み…それぞれ山あり谷ありですが、それでも仲間との毎日を大切に、自分と向き合いながら、仲間と向き合いながら、親元を離れて精一杯ここで生活する彼らは本当に頼もしく、たくましいなぁと思います。
 ゴールデンウイークも終わり、第一定期テストを迎え、その後はしばらくフェスティヴァルの準備にいそしみます。またまたいろんなことを体験し、感じ、たくさんの笑顔と涙の日々となるのでしょう。忙しく、大変な時期を乗り越え、みんなが何を感じ、何を考え、どんな成長を遂げていくのか楽しみでなりません。のぞみ寮生一人一人の成長をそばで見せてもらい、感動させてもらえる私たち寮務教師って本当に幸せです。だけど感動させてもらうだけではなく、私たち寮務教師も寮生と共に歩み、共に成長する「仲間」の一人でもありたいものです。
森口みち子

2014年4月23日水曜日

のぞみ通信 No.199(2014年4月23日)

自分らしく生きる
寮長 信田 智 
自分らしく生き生きと生きてみたいと思ったことはないか。今まで、人の目ばかりを気にして生きてきたことはないか。友達の目、先生の目、時には親の目を気にして、自分らしく自由に生きられなかった。そんな経験をみんな持っているのではないだろうか。
 ところで、自分らしく生きるということはどういうことか。親や教師や友達や周りの目から解放されて自由になって、自分の本当の願いに生きることかもしれない。それが出来たらどんなに素晴らしいことだろう。でもなかなかそれができない。さらに、自分の本当の願いがどこにあるのか分からないということがある。それは、今まで自分で選び、自分で決め、自分で決めたことについて責任を取ることをせず、いつも親任せ、人任せできたからです。
 ちなみに、この敬和学園に入学したい、のぞみ寮で寮生活をしたいと、自分から願って決めた人はどのくらいいるだろうか。そんなに多くはないかもしれない。でも、動機はどうでもいいのです。これから3年かけて、のぞみ寮で高校生活を送ることが出来て本当に良かったと思えるような生活を、自分で切り開いていってほしいのです。
 君たちが敬和で生き生きと、自分らしく生きるためには、どうしたらいいのか。
 繋がるべきところに、しっかりと繋がっいることが大切です。自分をしっかり受け留めてくれる処が必要なのです。君たちにとって、つながるべき処は、いったいどこだろう。まずは家庭です今まで親が口うるさくてうっとうしいと思っていた人も、寮に入ると家庭がどんなに自分を守っていてくれた場所であり、親がどれだけありがたい存在であるかに気付かされます。
 次に君たちの繋がるべきところ、これからは寮です。ここは君たちにとって第二の家庭です。小言も言われれば、ぶつかり合いもあります。しかし、根本的なところでは、互いの愛と信頼の関係で結ばれているのです。しっかりとのぞみ寮につながり続けてください。3年間つながり続けたならば、必ずあなたの高校生活は生き生きと輝いたものとなり、保護者の皆様にとっても思いに勝る祝福の源となることでしょう。
 そして、友達です君たちにとって今一番の関心事は、うまく友達ができるだろうか、先輩は怖くないだろうかということかもしれない。心配いりません、寮の先輩はみんな優しい人です。友達との関係で、自分を見失わないようにしてほしい。無理して友達を作ろうと焦ることはない。自分は自分でいいのだ。自分の中身をしっかりさせていくことを考えてください。そうすれば自然と友達が出来てきます。
 何よりも神様につながってほしい。先ほど歌った讃美歌に、「いつくしみ深い友なるイエスは」という歌詞がありましたが、誰も私のことをわかってくれないと思っていても、私たちのすべてを知っておられる主イエスが、一番身近な友として、あなたを愛し、あなたと共にいてくださることを知ってほしいのです。イエスにつながって自分らしく生き、生き生きと輝いた高校生活を送ってください。(2014年度入寮礼拝より)
 
 
 
<47回生代表挨拶>
入寮の決意  みぎわ館 T.S
 桜の開花もあちこちで聞かれ、暖かな春の日差しに包まれた今日、私たち47回生はのぞみ寮に入寮します。5年前のこの日も、私はこの友愛館にいて、敬和学園の校歌を口ずさんでいました。兄の入寮礼拝に同席していたからです。私が敬和学園を知ったのは、兄が高校進路を決定する際です。当時、5歳離れた私は小学4年生でした。進路に悩んでいた兄は、この学校の卒業生の従妹から話を聞き、家族でオープンスクールに参加しました。その際、幼いながらに「私もこの学校に来たい」と思いました。そして兄が入学し、学校行事を見学したり、寮から帰省した際に話を聞いたりするうちに、ますます期待が膨らみました。
 時は経ち、兄が卒業して2年。敬和学園の存在は遠いところにありましたが、中学3年生になった私は進路を真剣に考えなければならない時がきました。悩みました。敬和に入学するという事を考えると、友達や家族と離れなければならないこと、知らない人の中で生活を始めることなど、不安しか浮かばなかったからです。そして、春と夏のオープンスクールに参加してみました。すると、不安をはるかに上回る期待と希望でいっぱいになりました。
 それでも今、これから始まる寮生活において、同じ寮の人や先輩と仲良くなれるのか、また、私の家は仏教を信仰しているので、キリスト教になじむことができるのかなど、多少の不安を感じています。しかし、兄を見ていると、寮生活で一生の友達を得たように感じます。先日も同じ寮だった友達が家に泊まりに来ました。そして、私のために高校時代の思い出を楽しそうに話してくれました。何もない不便な生活の中で、自分を見つめる時間が大切だったことを、卒業してしばらくたってから感じているようでした。
 これからの寮生活を充実したものにするにはどうしたらよいのでしょう。やはりルールを守ることではないでしょうか。当たり前なことですが、その当たり前なことを当たり前にすることが、集団生活をするうえで最も大切なものであると思います。ルールの一つに「携帯電話の禁止」があります。情報化が進み、高校生が携帯電話を持つことも当たり前になりはじめています。私の友人たちもほとんどの人がスマートフォンを買い、うらやましくも思いましたが、電話ですぐに話せない不便、欲しいものがすぐに手に入らない不便、そんなことも皆で楽しんでしまえば、違う何かが見えてくるのではないかと期待しています。
 ここに集う47回生の仲間と共に、様々なことを学び、「敬和学園にきてよかった」と思える3年間を過ごしたいです。
 最後になりますが、校長先生ならびに寮の諸先生方、そして先輩方にはあたたかいご指導とお導きを下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。私たち新入生一同は、歴史と伝統ある敬和学園の学生として、のぞみ寮の寮生として誇りを持ち、その名に恥じぬよう、実りある学校生活、寮生活を送ることをここに誓い、入寮の言葉といたします。





 <入寮によせて>
保護者代表挨拶   S.J 様 
 あの東日本大震災から3年が経ちました。一昨日、三陸線の全線開通による復興へ向けての様子がニュースで流れていましたが、被災地では、今なお多くの方々が苦しんでいます。そのような中で、この敬和学園の47回生として、今日の入寮礼拝、明日の入学礼拝を迎えられることに、親子ともども感謝しましょう。
 敬和にお世話になるのは妻、長男に続き、わが家としては次男で3人目になります。妻の時代のことは、よくわかりませんが、長男は、神奈川の高校に通っていたとき、挫折を味わい、身も心もボロボロの状態で、高校一年生の夏に敬和に転学し、大望館での生活を始めました。温かく迎えて下さった先生方と先輩、同級生たちには感謝してもしきれません。その後の2年半近くの寮生活で、長男の成長には、目を見張るものがありました。それもひとえに、寮長先生をはじめとする寮の先生方のおかげと切に感じております。先生方が、寮生をわが子同然に可愛がり、時には厳しく、時には優しく、その子その子の全て受け入れて下さいます。
 恥しながら、私は親として、子供たちに十分な人間教育をできていないと思っております。子供にとって、一番大事なことは「安心感」です。何も心配することなく毎日を穏やかな気持ちで生活すること、自分の存在や生き方の有りのままを受け入れてもらえることが、子供の生きる力の源になります。この敬和の寮生活は、「安心感」に満ち溢れた中で、人として将来生きていくための人間教育がなされていると確信しています。新入生のみなさん、どうか安心してこれからの3年間を過ごしてください。
 私は、6年間に渡り、神奈川県でPTA会長を務め、多くの学校を見る機会を得ました。今、日本の多くの教育現場で「生きる力」ということを簡単に言う風潮があります。「生きる力」を子供たちに養うことは、教える側には、相当の覚悟と努力が必要と私は思います。この敬和学園の寮教育は、まさに「生きる力」の養成に真っ向から取り組んでいる日本中で数少ない所であること間違いありません。
 寮生活は、これまでの家庭生活とは大きく異なります。自分のわがままばかりは許されません。自分勝手な行動は取れないし、好きな時間に好きなことをできるわけでもありません。これからの人生において必要とされる挨拶や礼儀、社会での上下関係の厳しさを学ぶことになります。が、寮で過ごす3年間は、この先のみなさんの人生において、心の中に温かく残り忘れられないものとなるはずです。
 保護者のみなさま、ご心配も多々あるかと思いますが、この子達がこの先の人生を力強く生きていくための必要な時間が、神様より与えられようとしています。ここで出会えたことは、親も子も何かの縁であり必然の出来事です。保護者のみなさま、どうか一丸となって子供たちならびに寮教育をサポートしていきましょう。
 最後に、寮長先生をはじめとする寮の先生方、ご指導の程よろしくお願い申し上げます。上級生のみなさん、先輩として、47回生に、いろいろと教えてあげて下さい。この「のぞみ寮」で生活する敬和生が、素晴らしい人生の礎を築けることをお祈りしつつ、簡単ではございますが、保護者代表の挨拶とさせて頂きます。


 <在寮生代表挨拶>
Y.C(3年生:新潟市中央区)
 ここにいる皆さんは他の47回生より一足早くのぞみ寮生としてこの敬和学園にやってきました。今、どんな気分ですか?ドキドキ・ワクワクしていますか?それとも、不安と緊張でいっぱいですか?のぞみ寮での生活は、きっと今までに経験したことのない事ばかりがおきると思います。もしかしたら、今となりにいる人と、一生の友達になるかもしれません。もしかしたら、大ゲンカするのかもしれません。
 それでも、一緒の場所で、同じご飯を食べ、濃い時間を共に過ごしていきます。その中で、いつしか「もうひとつの家族」と呼べる関係になっていくのです。
 「もうひとつの家族」になる過程には、つらい事、苦しい道のりがたくさんあります。そんな時には、後ろに座っている先輩たちを頼ってください。皆さんより早くそんな道のりを歩んできた勇者たちです。
 ここからはじまる3年間をどんなふうに過ごすのかは、自分自身で選べます。みなさんが、よりステキな寮生活を送れるように、心から祈っています。これからよろしくお願いします。




<着任の挨拶>
*今年度新たに3名の先生がのぞみ寮・寮務教師として着任いたしました。 


光風館担任 片岡 自由
  今年度から新しく寮務教師として光風館を担当させていただきます片岡自由(かたおかじゆう)と申します。
 福島県会津若松市出身で、父が日本基督教団若松栄町教会の牧師をしております。敬和学園37回生として光風館で3年間生活をしていました。今回、寮務教師として母校・光風館へ戻ってきたことへの嬉しい気持ちと、ひとり一人のいのちを預かる立場としての責任を感じています。
 のぞみ寮での生活と敬和学園での学びがきっかけとなり高校卒業後、私は関西学院大学社会学部に進学しました。しかし、卒業する1週間前に東日本大震災が起き、福島県会津若松市が実家である私は、原発事故によってふるさとが汚染された現実を突きつけられました。自分の中にひしめく感情と向き合いながら約2年間、市民団体である会津放射能情報センターで専従スタッフを務めました。健康被害を口に出来ない現実の中で、弱く小さくさせられている人々の想いに寄り添う活動を続けています。その活動の中で、他者に寄り添った敬和学園での学びが活かされていることに気付きました。
 のぞみ寮では自分と向き合い、他者の想いに寄り添うことが求められます。24時間を共にする仲間と出会い、その想いに寄り添うことによって新しい自分を発見することになります。生徒ひとり一人が成長するために喜怒哀楽をしっかり表現出来る環境を作りたいと思います。ひとり一人を受け入れ支え、その想いに寄り添い、共に泣き、共に笑い、共に成長していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。



男子寮担任 山﨑 飛鳥
 初めまして。今年度より寮務教師になりました山﨑飛鳥(やまざきあすか)と申します。光風館と大望館の両館を担当させていただきます。新潟県新潟市出身で昨年度まで新潟大学に在学しておりました。年齢は22歳で敬和学園の卒業生でいえば40回生の年にあたります。教科は保健体育、労作を担当しています。また部活動ではラグビー部の副顧問も担当しています。
 私は高校時代に寮生活をしていました。その寮は全員ラグビー部員で、毎日練習に明け暮れ、ご飯を食べ、お風呂に入り、寝る場。これが私の「寮」に対する意識でした。その時はまさか、自分が教師として寮で過ごすとは考えもしなかったです。
 私は寮務教師としてこの「のぞみ寮」に入り、毎日が発見の連続です。その中でも特に驚いたことが2つあります。
 まず一つ目が、生徒と教師の距離が近いことです。同じ場所で同じ釜の飯を食べるからでしょうか?生徒たちは程よい距離を保ちつつ、気さくに話しかけに来てくれます。
 二つ目は、行事への取り組む姿勢です。私の知っている寮生活とはちがい、本当にさまざまな行事を、寮生が主体となって企画します。スポーツ大会やお花見など、生徒の発想には毎回驚いてばかりいます。
 まだまだ分からないことが多く手探りですが、のぞみ寮の一員としてこれから一緒に学んでいけたらと思います。よろしくお願いします!



女子寮担任 遠藤 朗子
 こんにちは。今年度より寮務教師となりました遠藤朗子と申します。女子寮の2つの館(みぎわ館・めぐみ館)を担当させて頂くことになりました。学校では1年生の音楽の授業を担当し、声楽部の副顧問でもあります。昨年までは学校の常勤講師として、音楽の他に労作の授業も担当させて頂きました(お時間許されましたら、学校のホームページから「労作日記」をぜひ御覧ください)。
 さて、私も敬和の卒業生(39回生)で、当時は通学生として登校していました。寮の生活の様子は、寮生の友達から聞くことはありましたが、当時の私にはあまり関心がありませんでした。のぞみ寮特有の「不便さと不自由さ」にどうも抵抗を感じ、「大変そうだなぁ」と思いながら寮生と接する日々を送っていました。そのためか、敬和生とはいえ、寮に関してほとんど無知の状態で今年度を迎えることとなったのですが……。いざ寮での生活が始まると毎日が新鮮で、「こんなにステキな場所が敬和にあったのか!」と、新たな発見と驚きと感動で溢れた生活をさせて頂いております。キラキラ輝く生徒たちを見ていると、高校時代の自分にぜひ寮生活を勧めたくなります。出会いあり、悩みあり、大爆笑あり、怒りあり、涙あり。こんなに感情を爆発できる空間があるなんてステキ。しかも生徒同士で、というのがまたすごい。「社会に出てゆく第一歩」を生活の中で学べる、のぞみ寮での初めての一日、一ヶ月、一年。今からとても楽しみにしています。
 まだまだ至らない点がたくさんあり、ご迷惑をおかけすることが多々あるかもしれませんが、皆さん一人一人の支えとなれますよう、尽力していきたいと思います。共に歩んでいきましょう。何卒宜しくお願い致します。



寮生リレー通信  (第 112回)

< 大望館 >
「1年生が入寮して」           
S.T(3年:新潟市南区) 
 4月8日、大望館では新1年生19名、新2年生2名を迎えることになりました。私は3年生になり、1年生が入寮した事で思ったことがあります。それは1年生に寮のルールを教えることで自分自身がそれを出来ているかと確認することができたり、自分の行動に責任が伴うということです。寮のルールは1年生だけが出来ていれば良いということではなく、2・3年生が1年生の見本になるようにしなければいけないということを再確認することができました。最初は3年生は何もしなくて良いというイメージがありましたが、後輩の見本となり自分が後輩を導いかなければいけないという強い責任感も生まれてきました。
 新学期も始まり2年生は先輩に、3年生は最高学年になり戸惑うことも多々あると思いますが、私は残された1年という寮生活を大望生45人全員で協力し合い、充実した寮生活を送れたらいいなと思っています。


< みぎわ館 >
「1年生を迎えて」           
T.A(2年:愛媛県今治市)
 「先輩になる。」私は実際に先輩になるまでこの事がどれほどの事かはっきりと理解しきれていませんでした。私の部屋は同学年の子がいるので、2人で1年生に寮のルールや仕事を教えています。1年生が入寮してきてまだ2週間も経っていませんが、この短い期間の間に本当にたくさんの事がありました。そして、私にとってとっても濃いものでした。
 4月8日、47thが入寮してきました。これから2人で教えていくんだ。と単純に考えていた私でしたが、その3日後、同室の同学年の子と1年生に教えていくうえでのちょっとしたすれ違いで、言い合いになってしまいました。それからお互いほとんど会話をしていませんでした。その間、私は頭を冷やし、整理していました。そうしていく中で自分の未熟さや、自分の言動によりどれだけ相手を傷つけてしまったか、言葉を発信する責任のようなものに気付くことができ、このままではいけないなと思ったので、話し合いをしたいと思い、思い切って話しかけました。話し合いをして、お互いの誤解を解き、お互いちゃんとはっきり思っていることをぶつけ合いました。それからは2人で協力し合いながら教えることが出来ています。この事で私は話し合いをすることや自分の気持ちを伝えることの大切さ、人に何かを教えることの大変さ、言葉の重さに気付かされました。言葉は、自分が伝えたことが相手には自分が思っている通りには伝わっていなかったり、言い方や言葉の表現の仕方によって意味は同じでも感じ方が違ったりなど、誤解を生んでしまったりする難しいものでした。そして、教えることの大変さ。1年生が入寮するまで、私の中で先輩は自分達よりも年上で私たちよりも長くここで生活している。だから敬わなければならない。と考えていました。ですが、実際に教える立場になって、その大変さを知り、それから私の中で敬うべき存在になりました。先輩方に感謝の気持ちでいっぱいになりました。そこでやっと「先輩になる。」ということの本当の意味に気付けた気がしました。
 この気付きを大切に、より良いみぎわ館を、みぎわ館生みんなでつくっていきたいなと思います。



< 光風館 >
「先輩になって」             
S.H(2年:福島県郡山市) 
 47回生が入寮して来て、僕たち46回生は先輩になりました。寮に後輩が入ってくるから、「色々らくになるなあ」と思うのと同時に、「そのためには多くのルールや仕事のやり方を教えなくては」という責任感もわいてきて、不安や緊張も感じはじめました。
 光風館に入寮してきた47回生は、僕たちよりも8人も多くて、教えるのが大変だと思っていましたが、みんな覚えるのが早くて、当初抱いていた不安をよそに、想像していたよりもずっと楽でした。特に、電話が鳴った時のダッシュがすごくて、みんな我れ先にと取りに行く姿に、ついこないだ僕がそうであったにもかかわらず、懐かしさを感じました。何度も見ていると、「ケガをしないだろうか?」と心配になって来て、そんなに焦らなくてもいいのに(笑)・・・と思う毎日です。
 もうすぐ、寮祭があります。各館でその準備が進められています。毎年恒例の1年生の劇が今年はどんなものになるのかとても楽しみです。47回生の頑張りに期待しながら、僕たち46回生は、一年生に色んなことを教えています。47回生の変化と成長は僕たち46回生の成長でもあります。そのためにも、僕たちがまず力を合わせて頑張りたいです。




 < 受洗しました! >
*4月20日(日)イースター礼拝で大望館担任の堀越俊継先生が受洗されました。
大望館担任 堀越 俊継
 私のキリスト教との出会いは、敬和に入学したことがきっかけでした。3つ年上の姉が敬和に通っていたことで、中学生の頃に何度か敬和に訪れるようになり、そのまま入学を決めたように思います。その頃から敬和はキリスト教の学校ということは聞いていましたが、姉からは敬和に入ったからといってクリスチャンになることを強制されることはないと聞いていたので、キリスト教の学校ということはあまり気にしていませんでした。本格的にキリスト教を間近に感じ始めたのは入学してからになります。毎朝の礼拝や聖書の授業、寮生活などを通してキリスト教的な考え方や行動というものは何となくこういうものなのかな、という自分の中で想像のようなもやもやした考えはあるものの、それ以上深く考えることも、先生に聞いてみることもしていませんでした。もちろんその時は自分もクリスチャンになるという考えもありませんでした。
 私は教員として敬和に来て今年で4年目になります。寮は昨年の4月から担当させて頂いていますが、この1年は私にとって忘れられないものとなっています。初めて寮担任として生徒を送りだしたということもありますが、そこまでに行く過程の中でも本当に様々な出来事がありました。生徒との衝突、生活指導、自分の力不足を痛感するようなことを挙げればきりがありませんし、そのなかで気持ち的にしんどいなと感じたことも何回もありましたが、それ以上に、自分自身の充実感と成長ということを考えれば、これ以上の年はありません。どんなにしんどくても、先生方のサポートや生徒の協力がある。私は1人ではないということを、この1年を通して強く感じることができました。
 この経験は自分に変化を起こしてくれました。この1年、どんなにつらく苦しいことがあっても何とかやってこれたことに対して、ある人が何気なくこう言ってくれました。「それは結局、神様が見守ってくれているからだよね。」
 この言葉を聞いた時、私の中で何かが閃いたような気持ちになり、同時に過去のあらゆる出来事がその言葉とリンクしたのです。私は敬和を卒業後、受験の失敗から1年間の浪人生活を経て希望の日本体育大学に進学した経緯がありますが、この1年間は人生初めての挫折から始まった本当に辛い1年でした。しかし、今ではこの浪人生活は、私に大きな成長を与えてくれた財産になっています。大学では楽しいことも苦しいことも含め、敬和では味わったことのない世界を知ることができました。大学で教員免許を取得しての最初の職場は、新潟県の公立高校を2校掛け持ちするものでした。この2年間の講師生活も辛いもので、教員に対する夢も揺らぐようなものでしたが、そんな時たまたま見た敬和のホームページに載っていた教員募集に、助けを求めるように、飛びつくように電話をしたのを覚えています。幸いその頃はまだ誰も応募がなかったようで、そこから教員として敬和に戻ってきたということがあります。
 正直これらの出来事を、今まで神様がいたからとか、そういう視点で考えたことはありませんでした。しかし、寮で経験したこの1年間が、またそこで掛けて頂いたあの言葉が、今までの歩みに神様がいてくれたと素直に受け止められるようにしてくれたように感じます。また、「神様が見守ってくれている。」そう考えただけで安心感と心強さを感じることもできるようになりました。もちろんこれまでの歩みの中には本当に様々な人からの助けがあったのも確かです。その方々への感謝も忘れずに、神様を愛し、隣人を自分のように愛せる人になりたいと思います。
 今日こうして信仰告白をするにあたり、私は今ここに立つにふさわしい人間なのかと自問自答する日々もありますが、あの日のあの言葉に助けられた自分を忘れることなく、今日という日を新しい自分のスタートと捉えていきたいと思います。

         

< バザー献品のお願い > 
 来る6月13日(土)に行われますフェスティバル&バザーで、「のぞみ寮」は、今年も、全国から集まる寮生の保護者の皆様にご協力をいただいて、恒例の「全国物産コーナー」を出店致したいと計画しております。つきましては、保護者の皆様には、献品のお心づもりをいただき、日が近くなりましたら献品をお送り頂けたら幸いです。

 日 時  : 2014年6月13日(土) 9:00開始
 品 物  : 全国各地の名産品(食料)、その他
 場 所 : 敬和学園内 友愛館




編集後記 
 47回生63名を迎え、2014年度の歩みが始まりました。にぎやかな友愛館での食事時や自由時間の絶え間ない笑い声…いろんなところで47回生が来てくれたからこその活気が感じられ、嬉しい限りです。47回生のおかげで45・46回生は先輩になります。先輩がいるから47回生は心を育みながら、のぞみ寮生へとなっていきます。学年を越えて共に歩むのぞみ寮生たち。寮生活の醍醐味を全員が毎日・しっかり味わっていってほしいと願います。今年度も、どうぞよろしくお願い申し上げます!
森口みち子

2014年2月27日木曜日

のぞみ通信 No.197(2014年2月24日)

悩みの中に希望が
 寮長 信田 智

 使徒パウロは、イエス・キリストを信じる信仰によって、神との間に平和を得ており、キリストによって今の恵みを与えられ、神の栄光に与かる希望を誇りとしている。と告白している。しかし、彼の誇りはそこに留まらなかった。「苦難をも誇りにしている」と言うのである。なぜなら「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマ5:3-5)からであるという。とは言え、私たちは自分に降りかかる苦難を誇りに思うことが出来るだろうか。なんで私だけがこんな苦しみに遭わなければならないのか、なんで私の家族がこんな苦しい経験をしなければならないのか。愚痴のひとつも言いたくなるし、絶望的な状況の中では、恐れと不安が私たちを支配するのではないだろうか。
 しかし、よく考えてみれば、愚痴を言い、自暴自棄になったところで何も生まれてこない。むしろ、ますます惨めになるだけである。時には、何もする気になれないほど打ちひしがれる事もある。その時はじっとそこにうずくまり、その苦しみに耐えることしか出来ない。でも、それでいいのだ。耐える事ができるというのは、強靭な精神力があるからだ。やがて、生きる目的となるものを見つける時、そこに希望の光が見えてくるであろう。
 その消息をパウロは、苦難を、忍耐・練達・希望へと繋げている。人生において忍耐の学課ほど困難な学課はないと言われる。私たちは一体どこで忍耐を学ぶのかと言えば、苦難の中でしか学べない。人間はできれば楽をして良い思いをしたいと思うものである。しかし、私たちの先人は、「若い時の苦しみは、買うてでもせよ」と教え諭した。苦難を負うと言うことは決してマイナスな事だけではない。その苦難を通してしか学ぶ事の出来ない、深く広い世界がある。そして、忍耐の先に驚くべき恵みが備えられていることを、経験的に身につけてきたのである。
 小西校長は、教職員の採用面接で、「あなたは、今までの歩みの中で何か苦しい経験をしたり、挫折した事がありますか。」とよく訊ねられる。それは、何事も無く順調に来た人には、子供達の負っている苦しみや挫折を共感する事が出来ないからだ。今の子供たちは本当に大変な状況の中で、様々な苦難をかかえて必死に生きている。我々寮務教師は、その子共達の苦しみを一緒に担っていかねばならない。その子供や家庭の痛み、苦しみを共感できる感性を養っていかなければならない。
 そのためにも、自らが苦難を経験し、忍耐してその苦難と向き合う中で、精神が鍛えられ、練達した働き人になっていく、そういう経験が大切なのだ。子供達の心に寄り添い、共感しながら大いに悩み、そこから見えてくる大いなる希望の光に導かれて、与えられた勤めを全うさせて頂きたい。「闘いなくして勝利なく、十字架なくして復活はない。」そして、そこにこそ希望がある。





寮生リレー通信  (第 110 回)



< 大望館 >
「入寮して一年」~全体礼拝でのお話より~
S.A(2年:新潟市西区)
 みなさんこんばんは大望館のS.Aです。三年生が寮から旅だってから数日が経ちました。気持ちの整理はついたでしょうか。僕はまだまだです。何か心の中がポカンと開いている感じがします。
 さてなぜ今回僕が全体礼拝で話すかというと、ある日の夕飯の後、澤野先生に「A、あと少しで入寮して一年になるから寮に来て思ったことを話してくれ」と言われたので、今日は寮に入る前の事と寮に入ってからの事を話したいと思います。
 みなさんご存知の方もいると思いますが以前僕は通学生として学校に通っていました。通生の頃は毎日一時間以上かけて学校に通ってまた一時間以上かけて家に帰っていました。
 毎日家に帰るのは、八時近くて大変でした。
 寮に入る前は寮生との関わりはあまりなく、クラスの寮生としか関わっていませんでした。なので寮のことはよく分かりませんでした。ですが寮生は先輩、後輩関係なく仲が良い事や団結力が強いと言う事は分かっていました。
 寮とは無関係だった自分ですが一年生の後期ぐらいにクラスの寮の友達に、突然「寮に入らないか?」と誘われるようになりました。その時は、深く考えないで「じゃあ入ろっかな」と軽い返事をしていました。誘ってくれたことを友達が覚えているか分かりませんが、この出来事がきっかけで寮とはどういう所なのか、また寮にはどんな人がいるのか話を聞くようになりました。話を聞いていくうちにどんどん寮の魅力にはまり自分自身寮に入りたいと思うようになりました。通生の友達に「もしかしたら寮に入るかもしれない」と話したら、「えー寮携帯使えないんだよ」とか「なんで生活の不自由な寮に入るの?」など批判的な答えしか返って来ませんでした。実際親にも「寮に入りたい」と言ったら「大賛成だけどあなたって変わっているわね」と言われました。この時はなぜ変わっているのかよく分かりませんでしたが、今思うと家から通えるにも関わらず生活の不便な寮に途中から入る事が変わっていると思います。ですが寮に入ったら成長できると思ったので入寮する事を決心しました。またこの決心が高まった出来事がありました。それは43回生を送る会で最後に43回生が花道を通る時に周りにいた寮生のみんなが先輩と写真を撮っていたり泣きながらハグしている姿を見てうらやましく思いました。一年という短い時間の中でこれほどの絆で結ばれている寮生に加わりたいと思ったからです。
 そして実際に入寮して学んだことがあります。それは、一つの事をみんなで作り上げていくことの大切さと、自分のできる事をすればいいという二つの事です。一つの事をみんなで作り上げていくことの大切さを学ぶことができたのは寮での行事やミーティングがあったからです。
 行事には寮祭やクリスマス礼拝、大望祭などたくさんあります。僕にとってどの行事も初めての体験だったのでとても楽しかったです。これらの行事を無事に楽しく終えることができたのは各館ミーティングを重ね意見を活発に交わしていたからだと思います。実際大望館も何度もミーティングをしていましたが、大望二年生のミーティングは他の館に比べるとミーティングぽさに欠けるところがあります。ですがやる時はやる大望館の言葉の通り真剣に取り組む姿がありました。このことを強く思ったのがこの間行われた大望祭の準備の時でした。二年生は歌を歌うことになったのですが、練習期間が三日間しかなくて間に合うか分かりませんでした。しかし短い期間の中で綺麗な歌声を響かせることが出来ました。これは、みんなが真剣に一つのことを作り上げていこうと思っていたからだと思います。これからの寮生活の中でも意見がぶつかり合う場面があると思いますが、その時はみんなで話し合う事で乗り越えることができると思います。
 二つ目の自分のできる事をすればいいと言う事を学べたのは日々の寮生活です。いきなりですが皆さんは大望館ってどういう寮と聞かれたら何と答えるでしょうか?ほとんどの皆さんが、個性の強い人がたくさんいるとか、無茶ぶりも平気とか賑やかな寮と答えると思います。ですが僕みたいに個性が強くない無茶ぶりもできない人もいます。入寮当時周りのみんなが無茶ぶりとかしている姿を見て驚いたし怖くて仕方ありませんでした。自分も何かをしなければいけないと変にプレッシャーかけてもがいていました。ですが日々の寮生活を送っていると自分と向き合う時間がたくさんあり、自分は何ができるのだろうと考えるようになりました。考えた結果、自分にできる事をすればいいと気付くことができました。気付いてからは考え方が変わり、何とかなると思うようになりました。そして寮生活を心から楽しめるようになりました。だから皆さんもぜひ自分と向き合う時間を大切に過ごしてみたらいかがでしょうか。
 最後になりますが寮に入る前と入ってからで一番変わったところは何事にも感謝できるようになったことです。寮で掃除や洗濯を自分でしていると親のすごさに気付きました。感謝しきれません。また寮の先生や寮の友達にたくさん助けられました。感謝しきれません。僕にとって寮とは第二の家であり男子寮、女子寮関係なく全員が家族なんだと思います。寮に入寮して皆さんと出会う事ができてうれしく思います。
 これからも宜しくお願いします。

 

< みぎわ館 > 
「風になる」           
Y.H(1年:北海道札幌市) 
 私たちみぎわ館46回生は、みぎわ館での3送会でメッセージと映画「猫の恩返し」の「風になる」をみぎわ館バージョンに替え歌し、感謝の気持ちを贈ることにしました。替え歌は、「感動系でいく?」「笑いをとってみる?」「笑いだけじゃつまらないよね」「何か、みぎわらしさがほしいよね!」「みぎわ館らしさって何だろう?」「笑顔!」「食べ物!」「先生たち!」などと、たくさんの意見を飛び交わせ、ようやく完成させることが出来ました。
 本番、私たちの出し物の途中、3年生の方々がぽろぽろと涙を流されていました。私たちはみんな3年生が大好きで、その想いをこめてメッセージと歌を送りました。3年生の表情や涙から、私たちの想いが少しでも伝わった事を感じ、とても嬉しかったです。また3年生が1年生の時、当時の3送会で「風になる」を送る側として唄ったのだそうです。まさか、自分たちも同じ歌で送られる側になるとは思ってもいなかったと聞きました。偶然ですが、これも一つの奇跡だな…なんて思ってしまいました。
 そんな奇跡の私達からの歌「風になる」はこんな風に出来上がりました。

『Ⅰ:忘れていた目を閉じて 思い出す入寮当初。青空に光るチャペル 手をかざしてもう一度。忘れないで すぐ側にみんないるみぎわ館。星空を眺めている 一人きりの夜明けも たった一つの心 悲しみにくれないで。君のため息なんて 春風に変えてやる!
   朝ごはん ランチ食べ 夜はご飯に礼拝。君と作った思い出 友愛館。
ララララ口ずさむ 無意識に讃美歌を。君と唄えた幸せ 忘れないよ。
 Ⅱ:シミフまでの道のりはみんなで鼻歌うたい 青空見上げながら待ってろよムーンライト。忘れないで すぐそばにエミタイがあることを。たまに値引きしてくれるあのおじさん 名前何!?(それを言うならカワシマさんだろ~!!)
   みぎわ館の笑顔を時々思い出して。お肉食べた時には モリモリ思い出して。ABCカメラマン おぐろん・おぐろん・おぐろん(おぐろん!)榎本先生は意外と乙女なんさ!
ラララララ 先生もみんな応援してます。みぎわ館の小さな事務室から。
   雨の日も 風の日も みぎわに電話ください。1コールで叫び 3コール以内に出ます(電話でま~す!)。ラララララ 10人の幸せを願います。
ここで出会えた幸せ祈るように。君と出会えた幸せ 祈るように。』

 みぎわ館を旅立つ3年生への思いを込めたこの歌に名前を付けるとしたら、「すぐそばにいる」としたいです。いつでも3年生の事、お祈りしています!ありがとうございました!


< 光風館 >
「充実していたスキー教室」
S.G(1年:新潟県上越市)
 2月5日から7日までの2泊3日、私たち1年生は、妙高市の赤倉スキー場でスキー教室を行いました。
 私はスキーの本場、新潟県上越市出身にも関わらず、あまり上手にスキーを滑れないので、選んだクラスは「初級」でした。先輩からは楽しい行事だということを聞いてはいましたが、最初は「面倒臭いな」というのが正直な気持ちでした。そして、あまり気が進まないまま迎えた1日目。行きのバスに乗っているときはとても天気が悪く、皆から不安の声が上がる中、私は悪天候を理由にスキーが中止になればと考えていました。今思うと、非常に恥ずかしく、腹立たしい限りです。
 予定より少し遅れて現地に着き、すぐ開会礼拝、開校式がありました。その後、1時間程の昼食休憩があり、いよいよ講習開始の時間に。5年振りのスキーで、「ちゃんと滑ることができるのか」など不安はありましたが、感覚は忘れていなかったようで、すぐにハの字で滑ることができました。
 2日目と3日目は初級の中でグループ分けされ、今まであまり関わりのなかった磐梯クラスや苗場クラスの人たちと一緒のグループになりました。初めはなかなか声を掛け合えず心配になりましたが、お互い派手にすっ転んで、笑い合っているうちに、いつしか友人と呼べる仲になっていました。
 この3日間を振り返ると、最初はあまり乗り気でなかったスキー教室でしたが、新しい友人ができ、スキーの技術も向上し、とても充実した3日間となりました。



< めぐみ館 >
 「めぐみ館での三年生を送る会を終えて」         
Y.I(2年:新潟県阿賀野市)
 今回のめぐみ館での三送会はミュージカル風の劇を1・2年生で作りました。私は、音響を頼まれ、ピアノを弾いていましたが、後ろから聞こえる皆の声に合わせるのがとても難しかったです。「愛は勝つ」を中心に総計5曲をミュージカル風に組み合わせ3年生へ贈りました。当日は、今までにないくらいのみんなの笑顔と涙がありました。みんな最後の曲を歌う頃には、送る側・送られる側の関係なく涙を流していました。三年生の方は、私たちにダンスと歌をプレゼントしてくれました。絶対泣かないと決めていた私も、いざとなると、涙が一粒一粒頬に流れていました。先輩と泣きながら抱き合っている人、写真を一緒に撮っている人、この時、そこにいた一人一人が、もう三年生との時間も終わりに近づいているんだと感じた瞬間でした。
 練習の最初の方は、みんな疲れたりしてなかなか上手く行かなかったですが、ブロック長をはじめとし、毎日みんなで意見を出し合い、当日にはとてもいいものにすることができました。



  ~寮務教師より一言~
 今年は全国的に記録的な大雪に見舞われました。皆さまの御無事をお祈りします。
 一方、敬和のある新潟市内では、寒さは厳しいですがほとんどと言っていいほど雪が積もることがありませんでした。雪国としては物足りなさもありますが、それでも暖かい春の訪れを心待ちにしています。
 のぞみ寮の生徒たちも、新しい春に向けての変化に対応すべく、様々な準備や行事一つ一つに向き合ってくれています。三年生に心からの想いを伝え、最高の笑顔で送り出したいと三送会の準備に励む姿。また新一年生の47回生を気持ちよく迎えられるようにと、自分たちの代の関係や館の雰囲気を見直そうと話し合う姿。彼ら、彼女らなくして、のぞみ寮は成り立ちえないのだなと、改めて実感させられます。
 のぞみ寮生が敬和での三年間を振り返った時、ここで三年間過ごした自分自身に大きく○(マル)を付けることが出来たなら、仲間とのかかわりの中で入学時よりもっともっと自分を好きになってくれたなら、それほど嬉しい事は無いなと思います。そのために私たちも、更なる連携をもって、精一杯寮生の生活と成長の為のサポートをしていきます。どうぞ、よろしくお願い致します。
(めぐみ館担任 会田 咲)

2014年1月24日金曜日

のぞみ通信 No.196(2014年1月22日)

寮生リレー通信  (第 109 回)
 
夢への一歩が踏み出せる、大きな喜び
みぎわ館3年 F.E(新潟県長岡市)

 私達44回生が敬和で過ごすのもあとわずか。それと同時に、それぞれが目指した道へ進むときが、日々近づいて来ています。今、寂しさや不安、期待など色々な感情が混ざり合っています。新しい場所で、敬和で過ごして得た力を活かし、力強く歩み続けていきたいと思っています。
 私はこの春から大学へ進学し、書道を学びます。小学校3年生の時から続けてきた書道ですが、これまで書道一筋できたわけではありませんでした。離れていた時期もありました。しかし、その離れていた時期が、今の夢を与えてくれました。そして、私自身が書道から力をもらっていた事に気付くことも出来ました。何もかも進歩していないように思っていた時間こそが、私に大切な事を教えてくれました。
 そして私は文学部・書道学科を受験することに決めました。受験方法は公募制推薦。受験内容は実技、小論文、面接でした。受験日はあっという間にやって来て、あっという間に終わりました。小論文が特に悔いが残りましたが、その時の自分が出来ることはやったつもりでした。しかし結果は不合格。こうなることを覚悟していたつもりでしたが、抑えきれない悔しさが涙となって溢れだしました。
 ラッキーな事に、その後再び受験することが出来ました。しかし私はそのチャンスを与えてくれた親に「ありがとう」の言葉さえ忘れ、ただただ焦るばかりでした。そんな時、ある先生に「焦るのも分かる。でもあなたが決めた道でしょう。」と言われ、徐々に自分と向き合う事ができるようになりました。この言葉は「自分に勝て!」と言われているようでした。相手との戦いではなく、自分との闘い。弱気になった時、こう自分に言い聞かせ、確実に準備を進めていきました。前回悔いが残ったことを集中的に取り組みました。
 そうして早くも2度目の受験を迎えました。緊張で手が震えました。深呼吸しながら実技である書道を一文字・一文字大切に書き進めました。そして小論文に取り掛かり、午前は終了。午後からは面接。受験が終わっても、結果を考えただけで恐ろしくて眠れませんでした。
 いよいよ発表日。インターネットで自分の番号を入力し、溢れだす緊張をなんとかこらえ、結果をクリックしました。「合格です」この表示を見た瞬間、家族みんなで大喜びしました。やっと夢への一歩が踏み出せる。本当に大きな喜びでした。
 受験の事で家族や先生方、友人たちに私はたくさんの迷惑を掛けてしまいました。それでも応援してくれ、力になってくれて、自分の未熟さを痛感させられたとともに、感謝の気持でいっぱいです。
 これからが大変な事は分かっています。人一倍の努力が私には必要です。そして、書道に関してまだ点在する知識を立体的な物にしていきたいです。そして将来、自分の言葉で「書」を伝えていくことが出来たら、このうえなく幸せです。



<4人の仲間が受洗しました>
昨年のクリスマスに寮生4名がそれぞれの教会で受洗しました。今月号に彼らの信仰告白を掲載いたします。

大望館2年 S.K(兵庫県津門大筒町)
(12月15日 日本基督教団新潟教会にて受洗)

 私が初めてキリスト教と出会ったのが中学生の時でした。その頃進路は何にも決まっていませんでした。そんな中で母親から敬和学園を進められ「敬和の会」というのに参加しました。その会は、学校の説明だけでなく礼拝を行っていたので教会へ行ったことがなかった私にとって新鮮なものでした。この敬和との出会いがキリスト教との出会いでした。また、その会の説明で言っていた「敬和学園は自分探しの学校」という言葉に惹かれさらに母親や兄が敬和生だったこともありこの学校に入ろうと思いました。
 進路を決定しないといけない時期になり、「自分を変えたい」という気持ちが強かったので気持ちは変わらず、敬和学園に入ることを決めました。
 敬和に入学した頃は、寮のルールや人間関係などで自分のことだけで精いっぱいでした。私は要領よく動けないので、いろんな失敗もしました。そういう風に忙しく寮生活をしている中でつらいことがありました。それは、寮の仲間が寮を去っていくという現実でした。最初はどうにかできないかと思い、悩みをかかえた寮の仲間の話を聞きました。しかし、結局何も出来ずに仲間が去るばかりでした。この時から何も出来ない自分に対して劣等感をもつようになりました。そんな時、礼拝を通して心を静かにして自分と神さまに向き合う中で、また神さまにお祈りをすることで、自分の気持ちを落ち着けることができました。
 敬和学園には毎週金曜日の早朝に行われる早天祈祷会というものがあります。私はそれに毎週参加していて、学校での聖書の授業や教会以外の場所で聖書と触れ合っています。そうしたなかで自分の好きな聖書の箇所ができました。それはコリントの信徒への手紙Ⅱ12章 9~10節です。その中でも特に「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」という箇所を見た時とても励まされたような気持ちになりました。それに、弱さも自分の一部だと思えるようになりました。そう考えると、寮をやめる人を食い止められなかったという現実も受け入れることができるようになりました。そうして、自分への劣等感も最初の頃に比べ少なくなってきました。
 聖書を通して自分を見つめる中で、弱い私は他の人たちの支えとなるようなことができているのか、またどうしたらそれができるのか考えるようになりました。学校や寮などでは世代交代をして2年生が中心となってきています。その中で「お互いに支え合う」ことが大切になります。そしてどのように相手を支えるのかということは聖書に書いていると思います。私は聖書の言葉に向き合う中でそれを見つけたい、またこれからの人生での自分の支えになるものが必要だと思い、洗礼を受けることを決めました。このことを家族にも話し、承諾をえることができました。このように思えるのは敬和との出会い、そこでいろいろな経験をしたからこそだと思います。
 最後にこの洗礼を通して今までの自分を振り返ることができました。そして、自分の弱さを知ることができました。これからも様々な困難に出会うと思います。そうしたなかでも自分の弱さを大切にし、弱い時にこそ強くありたいです。また、自分のことばかりを考えるのではなく、相手のことも考え、そして相手の弱さを受け入れ、隣人を自分のように愛せるようになりたいと思います。




光風館2年 I.H(東京都渋谷区)
(12月22日 日本基督教団原宿教会にて受洗)
 
 私が今回、洗礼を受けようと思った理由は、しっかり自分と向き合い、自分の中に何があっても揺るがない支えを得たいと思ったからです。私は父が牧師ということもあり、物心がつく前から教会に通い、教会幼稚園にも通っていました。私は小さい時からキリスト教との関わりを多く持ちながら育ちましたが、洗礼を意識したことはありませんでした。
 私に自分と向き合うきっかけをくれたのは、新潟の敬和学園でした。しかし、敬和学園への入学を決めたのは、私の本当の意志ではありませんでした。高校の第一志望として受験した公立の高校にはわずかに及ばず落ちてしまい、地元の東京ではなく、新潟の敬和学園へ入学することになりました。その頃の私は意気消沈していたのと同時に新潟での生活、親元を離れることに強い不安を抱いていました。今思えば高校生で親元を離れるという経験をできたのは、自分にとって大きなプラスになったと強く思います。敬和学園での学校生活と寮生活を始めたことによって、私は今までどれだけ両親に頼り、導かれてきたのかということに気付きました。同時に私は自分の弱さにも気付かされる経験もしました。
 寮生活は共同生活なので、誰かと常に隣り合わせの毎日です。色々な個性の持ち主と向き合い、寮で起こる様々な課題に向き合わなければなりません。寮生活を通して自分と向き合い、隣人と向き合い、神さまと向き合うことの大切さを毎日の生活の中で学んでいます。
 敬和学園で得た、目の前の物事や周りにいる誰かに向き合うことの大切さ、それは私が17年間生きてきて最も苦手とし、できる限り避けてきたものでした。原因は、何かに向き合わなければならない時に「面倒」、「まだその時ではない」と理由を付けて逃げてきたからです。私は大小様々な問題が起こる度に壁にぶつかり、自分と向き合うこと、考えることを放棄してきました。しかし、毎日の生活の中で起こる課題や友人関係など自分に関することを後回しにする自分に危機感を覚えるようになりました。その中で、私は私の中に揺るがない支えを求めるようになりました。小さい頃から私にとって身近な存在だったキリスト教に触れていく中で、自分の中に揺るがない支えをつくっていきたい、そう考え洗礼を受けることを決断しました。
 敬和学園のくれたきっかけと共に、今回の洗礼を受けるという大きな決断を経て、私はあらためて自分自身としっかり向き合う中で、私は私の中の大きな変化に気付きました。それは、私は完璧な存在ではないけれど、むしろ弱さがあっても良いのだと思えるようになったことです。そう思えるようになったのも、キリスト教を土台に置く敬和学園の生活、寮生活の中にいるからだと思います。人にはそれぞれ弱さがあります。その弱さがあるからこそ、私たちは隣人と互いに支え合うのです。だからこそ弱い部分も大切なのです。これからもキリスト者として、そのように大切なことに気付かされながら、自分の中に支えとなるものをしっかりとつくる歩みを進めたいと思います。




大望館3年 W.T(宮城県岩沼市)
(12月29日 船岡聖書バプテスト教会にて受洗)

 僕が 教会に行き始めたのはほとんど覚えていません。気付いたら行っていました。教会に行くのがあまり好きではなく、なんで毎週日曜日に行かないといけないのか、苛立ちさえ覚えていました。行けば楽しかったのですが、とてもめんどくさいことでした。小学3年生になり、キャンプに参加できるようになりました。そこでは、教会で学べない一味違うことを学びました。神様についてわかりやすく話してくれましたが、小学生の時はバプテスマを受けるなんて考えていませんでした。中学生になり、小学生の時よりさらに聖書に関心をもてるようになり、聖書の神を信じるようになっていました。しかし、バプテスマを受けることに抵抗があり、恐れがありました。自分は罪深く汚い恥ずかしい存在だと思っていたからです。中高生キャンプに参加しているうちに、色んな方のフォローもあり、バプテスマを受けることへ抵抗が全くなくなりました。そして今年の夏にみんなの前でその決心を伝えました。そして、僕は神様に従って生きていこうと決めました。聖書の言葉1つ1つを大切に生きていきたいです。




めぐみ館3年 W.M(新潟県新発田市)
(12月22日 日本基督教団新発田教会にて受洗)
 
 私は小さい頃から新発田教会に通っていました。礼拝・お祈り・神様という言葉を知っていても深い意味は知らず、興味があるわけもなく、日曜日の午前中といえば教会に行って礼拝を受けるというのが当たり前でした。この当たり前になっていた週1度の礼拝は特別で、教会に行くということは私の中でとても大切なことでした。教会に行くと、教会にいる方々が温かく迎えて下さり、教会に行くのがとても好きでした。
 中学校にあがり、友人関係の悩みが出始めた頃、教会に行ってとても集中して礼拝を受け、神様に必死にお祈りをしたこともありました。そのとき私は神様をすごく近くに感じた気がしました。中学3年生の時、「敬和学園高校」と出会いました。私はそこに入学することを決め、寮にも入れる事になりました。そこで、私自身はとても大きく変わりました。
 敬和では毎朝全校で礼拝を受け、夜は寮で礼拝を行います。日曜日には友達と一緒に新潟教会に行きます。寮では様々な地域の仲間と出会いました。毎日一緒に生活を送る中で、目を見て話し合い、お互いを受け入れ、心から笑いあい、時にはぶつかりました。寮生活は決して楽なものではありません。ですが、少し不便そうに見える寮生活だからこそ得られたものは大きく、寮で3年間過ごした仲間はかけがえのない大切な家族です。
 高校3年生の半分が過ぎた頃、私は寮の仲間の1人と今まで生きてきた中で一番大きな喧嘩をしました。私は、その友人と喧嘩をしてしまったこと、そして友人の言った言葉にとても大きなショックを受け涙が止まりませんでした。そんな時、部活の顧問の先生であり、クリスチャンの私自身とても尊敬している先生に私は救われました。その先生は、涙がとまらず自分の視点からしか物事を考えられなかった私に、相手の立場に立って考えること、そしてイエス様が十字架につけられ復活されるお話をしてくださいました。私はこのお話のおかげで、また立ち直る事ができ、少しずつその友だちとの仲も戻り、最近やっとお互いに謝る事も出来ました。私は敬和に入ってから、悩みの無かったことは一度もありません。
 辛かった、苦しかったことはたくさんありました。ですが、嬉しいことや楽しいことの思い出の方がいっぱいです。敬和に入り、今まで自分でも気付くことの出来なかった自分の良いところを少しずつ見つけることができ、聖書の中の言葉に何度も救われました。そして、様々な視点で物事を考えられるようになりました。
 イエス様が私たちの罪のために十字架にかかり、私たちを赦してくださったように、私も赦すこと、そして許されながら毎日を送っていることを忘れず生きていきたいです。



 

< ひとこと >
 2014年のぞみ寮は、天候不順などで交通機関が遅れるなどの影響もなく、静かなスタートでした。1年生も2回目の長期休みでしたが、友人との再会にはしゃぐ事も無く、少し落ち着いたように感じました。3年生は2月から自宅学習期間に入るので、寮を離れる準備が始まります。3年間寮生活を乗り越えた達成感は、段ボール箱には収まらないくらい沢山の思いが詰まっていることでしょう。
 各館で3年生が礼拝で自身の歩みを振り返ったメッセージを話してくれ、後輩たちはその姿勢や思いを受け継いでいくことでしょう。2月からは1,2年生だけの寮生活が始まります。1年生は先輩になる準備、2年生は最上級学年へと、進級に向けての歩みが待っています。
保護者の方々には、お子様の大切な3年間をのぞみ寮に託して下さり、信頼し、支え続けてくださっている事、本当に感謝申し上げます。
 2014年も、みんなが元気で大きく成長していくことを祈りながら、寮務教師一丸となって寮教育に取り組んでいきたいと思います。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

寮務教師:澤野 恩

2013年11月27日水曜日

のぞみ通信 No.195(2013年11月27日)

< 2013年度 寮体験プログラムを終えて >
 2013年10月20日(日)~25日(金)まで、通学生を対象に寮体験プログラムが開催されました。普段なかなか細部まで知ることのできない寮生活を体験してもらい、寮生活の素晴らしさ・寮生の頼もしさの訳を知ってもらい、寮生も通学生から大きな刺激を受ける機会に…と毎年開催されています。今年は男女計12名の通学生が参加してくれました。その感想を一部ご紹介いたします。

*T.Y(新潟市中央区)
 私はこの一週間、寮に泊まりました。めぐみ館に泊まりました。最初は全然なじめなくて緊張してしまったけど、あっという間に楽しくなりました。普段あまり話したことのない人とも気軽に話せるようになりました。本当に嬉しいです。みんな最初から友達のように接してくれました。部屋のメンバーも良かったです。修養会やオリエンテーションキャンプでは、他の部屋に行くことはなかったけれど、寮ではいろんな部屋に遊びに行きました。館内行事や全館合同行事も面白かったです。いい思い出が出来たと思います。参加して本当に良かったです。ご飯も美味しかったです。寮生だけが食べられるような特別な食事ができたと思います。今まで暇だった自由時間を充実して過ごせました。寮の中ではこの時間が一番好きです。どの時間もいいですが、特にピアノを弾いていると楽しくなります。寮のホールやピアノ室で練習しました。讃美歌を弾くのが一つの楽しみになりました。これをきっかけに弾ける曲をどんどん増やして、ぜひ礼拝の伴奏をしてみたいです。礼拝がさらに楽しみになりました。
 学校もいいですが、放課後が待ち遠しかったです。寮体験が終了してしまうのが寂しくなりました。寮体験ができて本当に楽しかったです。すごくいい経験になりました。寮に入れば変われると思いました。ぜひ寮に入りたいです。


*I.K(新潟市東区)
 私が寮体験に来た理由は、普段から寮生がどんな生活をしているのかなと思っていたのと、たまに寮のことを寮生から聞いて楽しそうだったということです。実際、寮に来てみてすごく楽しかったです。
 1日目に光風館の1年生のみんなでキムチ鍋を作って食べたり、火曜日の夜は部屋のベランダに出て星を眺めました。この日はオリオン座がきれいに見えて、流れ星が3つも見えました。うちだときれいに星が見えないし、そもそも親が星を見るために外に出させてくれることもありません。丁度、流星群が見れる時期だったので、寮体験プログラムに参加してよかったなと思いました。
 水曜日には寮体験に来ているWくんを驚かそうというドッキリを光風館の全員でやりました。結果は、Wくんがあまり驚かず微妙な感じに終わりましたが、とても楽しかったです。スマートフォンやゲームが1週間もできなくなるなんて耐えられないと思っていましたが、このようなみんなで楽しむ生活が続けばスマートフォンやゲームがなくても暮らせそうだなと思いました。



< 寮生リレー通信  (第 108 回) >
 
 【新委員長所信表明】


*リサイクル委員会 『ゴミ箱きれいに、心きれいに、未来きれいに』 
K.N(2年:東京都八王子市)
 今年のテーマは「ゴミ箱きれいに、心きれいに、未来きれいに」です。リサイクルは、今日、あすなどの近い未来のためでなく、何十年も先の私たちの生活や地球のためにあります。遠い未来を守る、地球を守るためには、今日、ゴミの分別を心がけることが必要です。そしてゴミ箱がきれいな今日を積み重ねていくことがリサイクルとしてとても大切なことだと思います。ゴミ箱がきれいになることで心がきれいになる、これを続けることで、未来がきれいになるという、日々のちょっとした心がけからリサイクル委員全体、のぞみ寮生全体の行動としておこしていきたいと思います。
 リサイクル委員の今後の活動としては、4館のリサイクル委員長が行っているゴミステーションの清掃と、少しずつになりますが、4館での仕事内容の違いや差を縮めていきたいと思っています。リサイクルがどの館でもしっかりと行われている、分別がされているきれいな館、ストレスのない館を1年間を通してめざしていきます。
 これらを達成するためには、ここにいる全員の協力が必要になります。すてきな未来を作る、守るために、かんたんでめんどくさい、でも大切な分別や心がけを全員でしていきましょう。






*整美委員会 寮みがきは自分みがき! ~今日より明日へ 素敵な自分になるために~ 
K.N(2年:新潟県新潟市)
 今年のテーマは『寮みがきは自分みがき! ~今日より明日へ、素敵な自分になるために~』です。
 今年の整備委員会のメンバーは特別主張があるというわけではありません。しかし皆、館のことをとっても想っているのです。素敵なことですよね。そんなメンバーでテーマについて考えた時、出てきた言葉は「身の周りをきれいにすると自分みがきになるんだって」というものでした。
 寮の方、皆が身の周りをきれいにするということはその館がきれいになるということになり、館がきれいになるということは寮がきれいになるということになるのです。
 そんな考えで、”みがくことが素敵な自分に近づくこと”になるなら、寮みがきをすれば皆素敵な人になりますね。皆さん、大掃除だけでなく、普段から心がけてみてください。
 そして、先程整備委員会のメンバーは特別主張があるわけではないと言いましたが、だからこそそれぞれの館をじわじわときれいに、住みよくしてくれると思います。そのためには皆さんの協力も必要になります。
 どうか企画したこと(主に大掃除)に対し、嫌がらず、参加して頂ければと思います。そして、できれば楽しんでください。楽しく且つ積極的に、ホコリや汚れを一つ残らずなくすくらいの勢いで、館や寮の方と協力してできたら、最高ですよね。ご協力お願いします。
 最後に宣言して終わります。

 我々整備委員会は、少しでも快適に過ごせる寮にするために、日々尽力していきます!



 *行事委員会  『あなたの生活に潤いを ~少年少女であれ~』
K.E(2年:神奈川県相模原市)  
 テーマは「あなたの生活に潤いを ~少年少女であれ~」です。このテーマについて説明したいと思います。敬和生活は友達や先輩との距離もとても近く、様々な行事があり、とても楽しいですよね。しかし本当に楽しいだけかというとそうではないと思います。テストや友達関係、進路などの悩みは絶えないと思いますし、誰もが少なからず疲れを感じていると思います。行事ではそんなみなさんに映画を見て全く違う世界を楽しんでいただいたり、運動でリフレッシュしていただいたりと、寮の行事という時間を通して、生活の疲れをいやしていただければと考えました。
 また、“少年少女であれ”という中には子供心を忘れずにという思いをこめました。高校生にもなってくると考え方や行動のしかたが大人びてきます。ですが、行事をする時くらいは子供のような心でおもいっきり笑ったり泣いたりと楽しんでいただければ嬉しいです。
また今年の行事では昨年度以上に様々な種類の行事を各館から4館合同までたくさん企画し、実行していきたいと思っています。それにはなによりも皆さんが参加してくださる事や協力が大切になってきます。私たち行事委員も様々な企画を考えますが、是非みなさんからも“あれがしたい、これがしたい”という要望があればどんどん言ってほしいです。きっといたらない点も多々あるとは思いますが、私たち行事委員も様々な企画が実行できるよう頑張っていきたいと思っていますので、どうか温かい目で見守ってください。



*礼拝委員会 『Warm time ~明日の力へ~』
W.T(2年:茨城県那珂市)
 今年度の礼拝委員のテーマは「Warm time ~明日の力へ~」です。
 Warm time とはあたたかい時間という意味です。
 私たち礼拝委員は、1日の生活のなかで寮の礼拝の時間を大切にしてほしいと思っています。私たちのぞみ寮生は学校では勉強や部活動、さらには生徒会活動に打ち込み、寮生活ではひとりひとりがそれぞれの役割を担い、常に周りに目を向けながら40人程の人たちと24時間共に過ごしています。そのような中で、私たちはひとりになって落ちつける時間があまり持てません。
 ですが礼拝は唯一、自分ひとりになれる時間です。自分ひとりになり、自分自身を見つめ直すことができ、決して孤独ではなく、周りのあたたかさに包まれた時間になってほしいと願っています。そして、のぞみ寮の礼拝は生徒ひとりひとりが必ずお話をします。そこで日ごろ思っていること、体験したことなどを自由に話し、話を聞いているひとりひとりが新たな発見をし、明日どのように生きるかのヒントにつながるような礼拝づくりをしていきたいです。
「見よ、わたしは口を開き 舌は口の中で動き始める。 わたしの言葉はわたしの心を率直に表し 唇は知っていることをはっきりと語る。 神の霊がわたしを造り 全能者の息吹がわたしに命を与えたのだ。」(ヨブ記33:2~4)



 *生活委員会 『聖く正しく美しく~君と私の0チェック生活~』
 
W.M(2年:愛媛県大洲市)
 今年の生活規律のテーマは「聖く正しく美しく~君と私の0チェック生活~」です。聖書の「聖」と書いて「きよく」と読みます。このテーマにはのぞみ寮での生活をより快適にするために、一人ひとりの生活を見直し、改善するために生活規律委員ができる限りのサポートをして、全員の0チェックを目指していこう、という意味が込められています。こののぞみ寮は集団生活の場です。一人が仕事を忘れてしまったり、一人がわがままを通そうとすれば、周りの人たちに迷惑がかかります。その数がチェックという目に見える形で表されています。そのチェック数を減らしていくことでのぞみ寮生全員が快適にすごせるようにしたいと思っています。そのために各館のルールを見直し、それぞれの館のよい所をまねするなどしてできるだけ4館のルールを統一したいと考えています。
 話は変わりますが、みなさんは「ルール」と聞いてどんな印象を受けるでしょうか。自分を縛りつける鎖のようなものですか。確かに、いい印象を持つ人は少ないでしょう。ですが、ルールがあるからこそ集団生活というものは成り立っています。ですから一人でもルールを守らない人がいれば、それをカバーする人が必要になってきます。チェックがつかないからといって、ルールを無視して生活をしていると、その分、周りの人に迷惑がかかっています。ルールとは集団生活において、一人ひとりが快適にすごすためになくてはならないものなのです。中でも、生活規律で決められているルールは、集団で生活する上で最低限できてほしいことばかりです。また、今はルールだから、しないといけないから、と強制されていることでも、社会に出ればできないと恥ずかしいこともたくさんあります。特にあいさつはうるさく言われますよね。そのくらいできて当然なことなのです。そして、決められたルールを守るということも大切なルールです。一人ひとりが周りを気遣って生活すれば、ルールは当たり前に守れるようになり、寮全体がより居心地のよい空間になります。ここにいる全員で、そんなのぞみ寮を作っていけるといいですね。


*食事委員会 『すききらい× もりもり食べよう 毎日ごはんをありがとう。』
T.M(2年:長野県安曇野市)
 新しく食事委員になりました、みぎわ館のT.Mです。今年度のテーマは「すききらい× もりもり食べよう 毎日ごはんをありがとう。」です。このテーマは少し子供っぽいと思われてしまうかもしれませんが、伝えたいことをわかりやすく、ストレートに表現したものです。まず私たちが考えたのは、寮での食事が担う役目です。私たち寮生は、3食全てこの友愛間でいただいています。そしてバランスを考えて作られるそれらの食事は、私たちの体と健康になくてはならないものです。そのような毎日の食事を、ぜひ好き嫌いせずにおいしく食べてほしい、そんな願いを込めました。苦手なものは避けてしまいがちですが、この寮生活の中で少しでもチャレンジしてみてはいかがですか。
 次に、食事をする時にわすれないでいただきたいものとして私たちが考えたのは、感謝です。こうして私たちが毎日ごはんを食べることができるのは、私たちの見えないところに多くの方々の想いと努力があるからです。まず、私たちの健康を考えて献立を立て、温かいごはんを笑顔で作ってくださる調理師のみなさん。そして大切に育てた食材を提供してくださる農家の方々。私たちのために日々働き、養ってくださる親や、支えてくださる人々。そんな温かいものが食事の背景にあることを忘れないでいたいです。そして何より、私たちが生きるためにたくさんの命をいただいていることを覚えていますか。食事を前にした時、感謝していただきますと言えたらいいですね。1年間どうぞよろしくお願いします。


 
< オープンスクール労作 >
 
「オープンスクール」
S.Y(2年:奈良県北葛城郡)
 私はオープンスクール労作で学んだ事があります。それは、『誰かの為に働く喜び』です。
 今回私は初めて労作に参加させて頂きましたが、失敗の連続でした。学校案内での説明がうまくできなかったり、目を見て話せなかったり、変な間を作ってしまったりと、思い出すだけで恥ずかしい気持ちになってしまいます。
 申し訳ないという気持ちから、案内の途中で「わかりにくい説明ですみません」と保護者の方にお詫びもしました。しかしその時、「大丈夫、君はよく頑張っているよ」という言葉をかけて頂きました。心がすっと楽になり、同時にうれしさもこみ上げてきました。初めて労作する意義というものを感じた気がしました。『奉仕をして感謝される』という事がすばらしいことであることが分かりました。
 今回の経験を通して、お互いがよい気持ちになる、感謝しあえる関係を普段の学校生活や寮生活で築いていければいいなと思いました。『何事にも感謝をする』ことを心がけることによって自然と周囲の人たちと笑顔になれれば嬉しいです。


「統率することの難しさ」
Y.M(2年:新潟市中央区)
 私は今年のオープンスクールに総合チーフとして参加させて頂きました。昨年は学校案内、寮案内等、直接中学生と関わり、楽しみながら労作をすることができました。しかし今回の労作では、総合チーフとして求められるものは何か、また、どのようにしたらみんなの仕事を上手にサポートできるかを考えながら責任感というものを感じつつの仕事でした。
 今回の労作で何よりも実感したのは、人に頼るということです。頼られる立場にいるためには、本当はみんなを信頼して頼らないといけないという事を改めて学びました。全体が滞りなく上手に運営されるためには、みんなが一人一人を信頼することが必要となります。そのためにはまず自らが信頼に値する人となれるよう、自分の仕事に責任を持って丁寧にこなす事が大切だと思いました。そこで初めてチームワークが発揮されるのではないでしょうか。今回の労作は、労作に参加したみんな一人ひとりの良さや個性が活かされたチームで、よい仕事がみんなで出来たのだと嬉しく感じる事ができています。その一端を担う事ができ、とてもよい経験ができました。


~寮務教師より一言~
 すっかり寒くなり、厳しい新潟の冬が顔を出しはじめました。寮生の中からも、体調不良の訴えが多くなってきたように見受けます。
 そんな中ですが、のぞみ寮では12月に予定されている様々なプログラムの準備に勤しむ寮生の姿がちらほらと見られるようになってきました。3日間に及ぶキャロリングや寮のクリスマス、あるいは各館ごとにもクリスマスが計画されています。先日引き継いだ2年生の運営委員を中心に、素晴らしいものをつくってくれることを期待しています。寮務教師も、そんな寮生の取り組みを、健康面も含めてサポートしていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
 また12月が終わり年が明けると、3年生の寮生活は残すところ1ヶ月となります。受験モードが一段落しつつある中で、急速に成長を遂げている3年生は、1、2年生にも良い刺激を与えてくれています。このメンバーで過ごせる残り僅かな時間が一層有意義な時間となるよう、寮生、教師一丸となって取り組んで参ります。

2013年10月30日水曜日

のぞみ通信 No.194(2013年10月23日)

再 会                
 寮長 信田 智

 昨年から卒業生のホームカミングデーが行われるようになり、今年は第二回目で 2,12,22、32回生が対象であった。まだまだ定着していないので、集まる人数は少なかったが、昨年よりは人数も増え、久しぶりに会う卒業生達と良き交わりの時が持てた。会えば年月を越え、すぐに高校時代にタイムスリップしてくる。更に、それぞれの場でよき働きをされていることを聞き、大いに励まされた。
 私自身は、高校を卒業してから同窓会に出たのは、60歳の還暦を迎えての同窓会一度だけで、その時は42年ぶりの再会であった。それでも、会えば高校時代のことが鮮明に思い起こされて、時を忘れて語り合った。何時も思うのであるが、敬和の卒業生たちは実にしばしば母校に尋ねてくる。また、各地に散在している卒業生達が、それぞれの地でしばしば集まり親交を温めている。みんな敬和が本当に好きなのだ。
 9月に、寮の保護者たちの「語ろう会」が行われた。はるばる神奈川からこられたあるお母様は、「自分がこの学校で学びたいと思うくらい敬和が好きです。敬和の行事のある時は休みが取れる限り、出来るだけどの集会にも参加したいと思っています。」と語られていた。そう思ってくださる保護者の方が大勢いることは、なんとも心強い事であり、敬和の精神が親から子に、兄弟から兄弟に、またその知り合いにと広がり、敬和学園を支えてくれていることを思う。
 再会と言えば、15年前のチャペル建築で、当時O所長の下で活躍しておられたY氏が、今回の耐震改修工事の所長を務めてくださった。また、7年前友愛館建築の際活躍されたM氏が、今回Y所長の下で主任として働いておられる。設備のM氏は、これらすべての工事に、設備責任者として関わってこられた。敬和の精神だけでなく、建築の責任者も継承されている。より良い技術と実にこまやかな配慮を持って、誠実に仕事に取り組んでくださっていることに感謝したい。
 「敬和学園」実に不思議な学校である。多くの方達を巻き込んで、敬和の応援団を形成してくださる。その魅力は何であろう。歴代の校長が皆、素晴らしい個性的な人格を持って、敬和のためにその身を捧げてきてくれた事は大きい。また、3年間寝食を共にし苦楽を共にしてきた寮の仲間の絆は強く、敬和は心の故郷であり、寮は第二の家族となっている。個性豊な者達がぶつかり合い、理解し合い、高め合っていく。何よりも、その時代の精神を先取りし、その時代に失われていく大切なものを守り通そうとする青臭いまでの純粋さが、イエス・キリストの純粋な精神とあいまって、不思議な魅力をかもし出してきたのかも知れない。「敬・和」を合い言葉にそれぞれの与えられた「場」においてよき証し人として励んでいきたい。



寮生リレー通信  (第 107 回)
 
 ◆めぐみ館ブロック長◆  
「I 愛 相~ぽかぽかGIRL’Sめぐみ~」
Y.C(めぐみ館 2年 新潟市中央区)
 今年のめぐみ館のテーマは「I  愛 相~ぽかぽかGIRL’Sめぐみ~」です。ここで3つの「あい」についてお話します。
 一つ目の「I」は「自分」「私」という意味です。これは自分自身の事、また、一人の時間を大切にできるようにと思い、入れました。
 二つ目の「愛」。これはそのまま「愛する」「LOVE」という意味です。他者に対して愛をもって接するということはもちろんですが、物や、行動にも愛をもってできるといいなと思って入れました。具体的には、毎日の掃除やゴミ捨て、あいさつなどです。気持ちを込めてしっかりと取り組んでいきます。
 最後、三つ目の「相」は「相手」の「相」です。寮という場にはたくさんの人がいます。それは「話し相手」だったり「相談相手」という自分にとって心地よい時もありますが、逆に、「ケンカ相手」という場合もあります。どんな相手に対しても、思いやりをもって、しっかり正面から向き合える、そんな雰囲気づくりをしていきたいです。
 以上、三つの「あい」。実は読み方を変えると「I LOVE YOU」とも読めます。これはたまたまです。たまたまですが、45回生全体のテーマでもある「愛をもって互いに仕えよ」に通じているような気もします。
 「ぽかぽかGIRL’Sめぐみ」は、いつもぽかぽかした気持ちで食卓を囲める、そんなめぐみ館でありたい!という願いを込めて入れました。
 昨年、めぐみ館では大幅なルール改正が行われ、ルールブックも薄くなり、とても生活しやすくなりました。その時に、先輩方から教わった事があります。それは「あたりまえのこと」「マナー」の大切さです。あいさつや言葉遣いなどはルールではなく、マナーです。今年のテーマに掲げた三つの「あい」を心に留めて、誰にとっても居心地の良い館にしていけるよう、精いっぱい頑張っていきましょう。


◆光風館ブロック長◆  

~つなげよう光風の輪~」   
K.K(光風館 2年 長野県長野市)
 みなさん、こんばんは。新しく光風館のブロック長になりましたK.Kです。早速ですが、光風館のテーマを発表します。
 「 ~つなげよう光風の輪~」です。なぜこのテーマにしたかと言うと、○というのは、△や□と違い、角が無く、どこをとっても平等です。平等というのは、光風館で生活するみんなが平等であるということです。誰が一番偉いということなく、みんなが同じ存在で、同じ目線でいろいろなことを見ることができるようになりたい。そう思い「」というテーマにしてみました。
 また、サブタイトルでもある「~つなげよう光風の輪~」というのは、同学年のヨコのつながりや先輩後輩とのタテのつながりをしっかりとつなげ、みんなが仲良く過ごせるような生活の場、そういう輪を光風館の44人でつなげられたらいいなと思い、このようなサブタイトルにしました。
 今回のテーマを大事に、僕は光風館のブロック長として「仲良く」ということを大事にしていきたいと思っています。
 今、光風館の2年生は20人います。他の学年と比べると、あきらかに多い人数です。20人もいると全員がとても仲がいいとは言い切れません。ひとりひとり個性を持っているので、他の人と合わなかったり、時に衝突するのは当然だと思います。ですが、20人ものいろいろな個性をもつ人と楽しく生活しないのはもったいないです。なので、同学年でのヨコのつながりを強め、みんなが仲良くなれたらと思っています。また、生活していく中で、先輩後輩の誰とでも楽しく付き合える、タテのつながりもつくっていきたいです。
 でも、寮生活はただ「仲良く」だけではだめです。やるべきことにしっかりと取り組めるひとりひとり、そして当たり前のことを当たり前にできる集団でなければなりません。先輩にはしっかりとした礼儀や感謝の気持ちをもちたいと思います。後輩には、良い見本となれるようしっかりとした生活を送っていく必要があると思います。そのような生活の中でやるべき時にはみんなでやる、楽しむ時にはみんなで楽しむ。そのようなメリハリのある光風館にしていきたいと思います。
 細くて、見えるか見えないかの線で描かれた○ではなく、つながりの強さを表すような太くて力強いを目指して生活していきたいです。


◆みぎわ館ブロック長◆  
「Rhapsody in blue」 
T.M(みぎわ館 2年 長岡市)
  みぎわ館の新しいテーマは「Rhapsody in blue」です。Rhapsodyとは、形式がなく自由であると言う意味があります。私たちみぎわ館45回生でこれからどんな館にしていきたいかということを話し合った中で、「すべてをかっちり、きっちりやるのではなく、のびのびしたい」「今までの伝統やルールも大切だけど、そのことに縛られ過ぎず革命を起こしたい」「型にとらわれたくない」という意見がでました。寮にはたくさんのルールがあります。ルールは寮生活をより快適に、楽しくするための規則です。今まで受け継がれてた伝統や行事など寮にはすでにたくさんの“型”があります。みぎわ館ではその伝統やルールを大切にしつつ、みぎわ館45回生にしかできないことや、ルールの見直しや改善、新たにルールを作るなど、型にとらわれず新たに革命を起こしていきたいと思っています。ルールに縛られてあいさつや掃除をするのではなく、常識を持って、自分で判断をしていくこともとても大切なことだと思います。決められた型の中で生活するのではなく、自由にのびのびと生活でき、自由という言葉の意味をはき違えず、けじめをしっかりとつけ安心して暮らせる居心地の良い館にしていきたいと思っています。
 次にblueの意味についてお話します。今回テーマを決める以前から2年生ミーティングをする中で、「みぎわ館に色をつけるとしたら何色だろうか?」という話し合いがありました。理想の色や現実はこんな色だなど、それぞれが自分の思うみぎわ館の色を言いました。そんな中で「みぎわ館は茶色だ」という意見が出ました。絵の具は全色混ぜると茶色になります。みぎわにはいろいろな個性の人がいてそれぞれに色を持っています。その一人ひとりの色を合わせたら絵の具と同じで茶色になるからみぎわ館は茶色、というものでした。この意見を聞き、なるほどと納得させられた反面、なんだか地味だなと感じてしまう部分もありました。そんなとき「空みたいな館になりたい!」という言葉が出ました。空にはたくさんの天気や色があります。天気でいうと雨や晴れ、曇りや雪など。色でいうと青空、夕焼け、夜空など。また空の天気や色、雲の形は毎回同じように見えますが、実際はその瞬間しか見る事ができません。同じ青空はもう二度と見る事ができないのです。私たちの寮生活もそのことと似ているのではないでしょうか?ここで出会った仲間や寮で過ごす時間が、今当たり前になっているかもしれませんが、今この瞬間はもう二度と戻ってくることはありません。ですから毎日の寮生活を大切にしていこう、大空のようにいろいろな色や個性を出せる館にしていこうと考え、空の代表色であるblueにこのような意味を込めました。
 空と言っても10人いれば10通りの空があると思います。それぞれが思い描く空、すなわちみぎわ館で過ごす一人一人の存在を認め合い、型にとらわれ過ぎず革命を起こしていく、そんな館になれるよう、“Rhapsody in blue”というテーマのもと、かけがえのないこの一瞬一瞬を大切に過ごしていきたいと思います。

◆大望館ブロック長◆
「十人十色 大望館~Stay frank・Stay happy~」
S.K(大望館 2年 兵庫県西宮市)
 大望館のブロック長になりましたS.Kです。新しい大望館のテーマである「十人十色 大望館~Stay frank・ Stay happy~」には3つの言葉があり、それぞれに意味があります。
 最初に「十人十色」についてです。皆さんもご存じの通りその言葉の意味は「人にはそれぞれ個性がある」という意味です。大望館には様々な個性の人がいます。ラーメンを素手で食べる男?や廊下を大声で走り回る人などとても個性が強いです。そんな価値観の違う人たちと一緒に生活し、いろんな考え方に触れることで、寮に入る前とは少し違った自分に出会う事ができます。そうやって、個性を尊重しながら共に成長していこうという意味もこめてこの言葉をテーマに入れました。
 次に「Stay frank」についてです。「frank」の意味は「正直な」という意味があります。そこに、「stay」が加わって「正直なままでいよう」という意味になります。大望館では様々な問題が起こり、その度にミーティングが行われてきました。そういった場面で自分たちが正直になり本音を言わないと表面上は解決したとしても根本的には解決できません。だから、そういったことをなくしていこうと思い、この言葉を選びました。
 最後に「Stay happy」についてです。意味は「楽しいままでいよう」という意味になります。寮生活は堅苦しいだけじゃ全然おもしろくありません。「楽しさ」が必要です。楽しいと笑いが生まれ辛かったことも忘れられると思います。だから、この言葉を入れました。また、今の大望館は3年生がいるのでとても楽しいです。その3年生が抜けたときに45回生がどう盛り上げていくかが大切になります。それで、世代交代で中心となる45回生で自分たちらしい盛り上げ方を見つけていけたらなと思います。もしかしたら、ラーメンを素手で食べる男が中心となって盛り上げていってくれるかもしれません。
 以上の3つの言葉を中心によりよい大望館を作っていきたいと思います。

 

 
 
 
 < 修養会 >
「修養会」
I.H(めぐみ館 1年 神奈川県川崎市)
 今回、私たち46回生の1年次の修養会のテーマは「弱さを認め合う」という事でした。自分、そして友だちの弱さを認める事で強く優しくなれるということを、私たちは毎日の礼拝、修養会での1日1日の生活、また前橋教会の内田牧師の講演で学び、実感することができたと思います。さらに今回の私たちの修養会には「星野冨弘さんを知る」という事もとても大切なテーマとしてありました。星野冨弘さんについて少しご紹介します。星野さんは体育教師でした。しかしある日、実技をしていたところ、首を打ち、首から下が動かなくなってしまいました。星野さんも最初は絶望していたそうですが、口に筆をくわえて絵を描き詩を書き、希望は捨てませんでした。さて、普通ならば星野さんの状況は絶望から抜け出し希望を見つけることのできるものではありません。私は最初に星野さんのことを知った時、強くそう思いました。ですが、知っていくうちに分かったのです。キリスト教と出会い自分の内なる弱さを知り、受け止め、そして認め、本当の自分を見つけたからこそ星野さんは強く生きているという事を。修養会前、私たち46回生の大半の人はテーマを聞き、「何それ」「楽しめるのか」というような感情を抱いていたと思います。正直、私も修養会実行委員という立場でありながらも少し不安を感じていました。ですがその不安は、内田牧師のお話を聞き、星野さんの絵や詩のある冨弘美術館に行くと全く消えていました。私は敬和で本当の自分と出会い、自分と他人の弱さを認められるそんな46回生になっていきたいと心から思いました。46回生にはまだまだたくさんの課題があります。そのことも学年全体で乗り越えていこう、そう思える大切な修養会になりました。
 
「修養会」
H.K(大望館 2年 新潟県村上市)
  今回の2年生の修養会は3日間で70~80㎞をひたすら「歩く」修養会でした。私は運動部ではなく、スタート前までちゃんと歩けるかとても不安でした。足が豆だらけになったり筋肉痛になったりで歩けなくなるんじゃないかと思っていました。しかし、一緒に歩いている友だちと色んな話をしながら歩いていると意外とスムーズに歩くことができました。ただ、後半になってくると無言で黙々と歩く時間も増えてきましたが、そんな時は、友だちも頑張っているんだから自分も頑張ろうという気持ちになり歩くことができました。そんな感じで2日間は何とか歩ききりました。
 3日目は体も心もボロボロでした。特に足の激痛がひどかったです。指から血も出ていました。しかし、ここまで来たら歩き切りたいという思いの方が強くなってきて、3日目は根性で歩きました。おそらく自分一人では歩くことは絶対に出来ていなかったです。周りにいる友だちの存在があったからこそ歩くことができました。本当にキツイ修養会でしたが、なんだかんだで全部歩けたことに満足しています。あと、宿の温泉にも助けられました。

 
「漁師の嫁になりたくて」 
T.M(みぎわ館 3年 神奈川県川崎市) 
 “今年の修養会は被災地へ行きます。” LHRで知らされた時、私は当時の記憶を思い出しました。なぜなら私には当時の記憶が薄れていたからです。また、海外メディアで放送された当時の映像を見ました。津波で流されそうな人を助けた男性が犠牲になってしまう映像でした。忘れまいとしていた私自身が忘れていた。とても恥ずかしく、またどのような気持ちで被災地へ行けばよいのか迷いました。
 実際に現地へ入ると、そこには復興しようと工事がたくさん行われていました。しかし、ふと周りを見渡すと被害の様子がわかりました。森になっている木は津波の影響で曲線を描いていたり、川には倒れたままの電柱が残っていたり。映像で見た以外の生の現場で感じることは多かったです。そんな中、私は南三陸町を訪れました。漁師さんと一緒に漁業支援を行うためです。現地入りする前まで、当時の記憶を聞かない、へらへらしてはいけないと自分に言い聞かせていました。しかし、漁師さんは、私たち数時間だけのボランティアワーカーたちを温かく迎え入れ、たくさんのお話を聞かせてくださいました。ワークをしていく中で、漁師さんたちの「ひもの結び方」を伝授してくださったり、笑わせてもらいました。また、“漁師の嫁になりたい”と私が突拍子もないことを言った時、漁師さんは真剣にお婿さんを探してくれようともしました。ワークを終え私が帰ろうとしたときに引き留めてくださるほどでした。“また来てください。今度はおいしい海鮮を用意して待っています。”漁師さんのボスが言ってくださいました。そして私たちはまたここ、南三陸へ帰ってこようと、帰りのバスの中で話しました。
 被災された方の中には、当時を思い出したがらない方もいたようです。しかし、お話してくださる方は口をそろえて言いました。“今、地震が起きたら高いところへ逃げなさい。逃げ道を確認しなさい。油断はしないで。”と。地震よりも、津波によって亡くなられた方が多いからだそうです。
 私たちは物の復興に目を注ぎがちです。また、それは大事なことです。しかし、今私たちにできることは、経験された方の話を聞き、それを伝え、同じ被害に遭わないということです。考えるだけでは伝わらない、現地へ行くことでしかわからない。私にとって最後の修養会は、とてつもなく大きなものになりました。
 

< 被災支援労作 >
「被災支援労作に参加して」
 I.H (光風館 2年 新潟市西区)
 私にとって2回目となる被災支援労作に参加させていただきました。今回の支援労作は寮主催だったので、10人という少人数で労作をしました。支援労作の内容は、「チームレスキュー」という団体の引っ越しのお手伝いでした。内容だけ聞くとどこが支援労作なのだろうと思う方が多いと思います。
 「チームレスキュー」は、東日本大震災以降に結成された災害復旧・復興支援専門の災害ボランティアチームだそうです。学生ぐらいの方が多くいたので話を聞いて見ると、学生主体で活動しているチームなのだそうです。中には私たちと同じ高校生もいるそうです。NPOに認定されていて、大川小学校の警備を唯一任されているそうです。
 そんな「チームレスキュー」さんの支部の引っ越しの手伝いをさせていただきました。荷物を整理して車に積み込むグループと引っ越し先で荷物を車から降ろし、支部に運び込むグループに分かれて作業しました。私は荷物を車から降ろすグループでした。車が来ない間はやることが無いので、あたりを見回して震災のことを考えていました。津波に流され家の基礎だけ残っている光景がありました。大きな住宅街だったはずなのに、今では新築の家がポツポツとまばらに立っているだけです。震災にあった方々の助けになりたくてもどのようにして震災にあった方々の支援をすればよいのか、被災地に暮らしていない人にはわからないこともたくさんあります。そんな時には長く付き合ってきた支援団体に話を聞いたり、その団体の方と一緒に活動させてもらう。そんな方法もあるのだと私は知り、学びました。直接はできなくても、小さな事から支援は始まっていくのだと感じました。是非、多くの人にこれからの被災支援に参加してもらえたらなと思いました。



のぞみ寮新運営委員長会 2013.10~2014.9
 この10月より、各館の運営、ならびに「のぞみ寮」全体の運営を担ってきた3年生に代わり、2年生がその役を担うことになりました。各館で選出されたブロック長や各委員会の委員長で構成される「のぞみ寮」運営委員長会は、その1・2年生の代表組織です。

【のぞみ寮運営委員長会の目標】
   TIME
     Tear    ~時に泣き~ 
      Indignant ~時に腹を立てて~ 
       Merrily  ~時に楽しく~
        Encourage ~時には励まし合う~ 
 

【各委員会の目標】
礼拝委員会 Warm Time~明日の力へ~
生活規律委員会 聖く、正しく、美しく
  ~君と私の0チェック生活~
食事委員会  好ききらい×(ブー) もりもり食べよう! 
 毎日ごはんをありがとう。
整美委員会 寮磨きは自分磨き
  ~今日より明日へ、素敵な自分になる為に~
行事委員会 あなたの生活に潤いを
  ~少年少女であれ~
リサイクル委員会 ゴミ箱キレイに、心キレイに、未来キレイに
 
【各館の目標】
めぐみ館 :  I 愛 相~ぽかぽかGIRL’Sめぐみ~
光 風 館 : ○ ~つなげよう光風の輪~
みぎわ館 : Rhapsody in blue
大 望 館 : 十人十色 大望館~Stay frank・Stay happy~


< 寮務教師から一言 >
 ようやく過ごしやすい季節となり、今年度も残り半分となりました。寮では世代交代が行われ、新運営委員会の働きがいよいよ本格的になってきています。44回生の素晴らしいところを引き継ぎつつ、45回生らしい新しい風も吹かせてくれることを期待しています。
 1年生は寮生活・学校生活に慣れ、余裕のある表情も大分見られる様になりました。まだ先輩達の背中を見て追いかける日々が続きますが、44回生が約4ヶ月後に卒業し、さらにその1ヶ月後には後輩たちを迎え、今度は自分たちの背中を見せる番となります。敬和生としての自覚をしっかりと持ち、“先輩”になる準備をして欲しいと思います。
 のぞみ寮では自分自身と向き合う事、他人と向き合うことを大切にしています。それらに真剣に取り組むことで悩みや課題を抱えている生徒もたくさんいますが、その時間を大切にしお金では買えない財産を自分の中にコツコツと増やしていけることを願っています。
寮務教師 小黒 恵

2013年9月11日水曜日

のぞみ通信 No.193(2013年9月10日)

「信じて待つ」          
 寮長 信田 智
 
 「ある人が、どこかでボタンを掛け違い、嫁・姑の間に長年にわたる確執が生れてしまった。彼は息子の家族の名前を挙げ、その家庭に平和があり、自分たちとの間に和解の道が開かれるように日々祈り続けてきた。おそらく、良かれと思ってしていた配慮が、配慮ではなく、冷たい無関心のように伝わってしまったようです。
 しかし、4年前の夏休みに息子が子供を連れて遊びに来た。その後毎年夏休に来るようになり、始めの2年は2泊3日、昨年と今年は3泊4日の滞在になった。そして、今年は息子の連れ合いが梅ジュースと、しそジュースを作ってくれた。また、梅のエキスを醗酵させ天然酵母を抽出し、天然酵母のパンも焼いてくれた。
 さらに娘を送り出すに当たり、ジュースとパンに添えて「毎年夏休みに新潟から帰ってくる娘は、とても幸せそうな顔をして帰ってきます。今年もよろしくお願いします。」という内容の手紙をくれた。涙が出るほど嬉しかった。やがて顔と顔とを合せてまみえる日が来ることを信じ、楽しみに待っている」というのです。
 寮生も様々な重荷を抱えながら寮生活をしていることであろう。その中でいろいろな問題を投げかけてくる。その時は、彼らの成長を信じて待ち続けていきたいと思う。たとえ、親も子も諦めたとしても、私たちはあきらめずに信じて祈って待ってやりたい。寮の教師達は本当に忍耐強く、諦めずに関わり続けてくれている。それによって支えられてきた親も生徒もたくさんいる。
 私は寮生の顔写真を見ながら一人一人の名前をあげて、「彼らの霊性と健康と学びとが祝され、悪と誘惑、すべての災いから守られて、3年間の寮生活を全うする事が出来ますように」と祈っている。それでも3年間の寮生活を全うする事が出来なくて、様々な事情により途中で寮を去っていく子どもたちがいる。その親子と面談しながら、もったいないなぁ、なぜもう少し辛抱できないのだろうか、なぜ我々はこの困難を乗り越えることが出来なかったのだろうか、と残念な思いでたまらなくなってくる。
 今、目に見えている現実は、辛く苦しい先の見えない不安だけかも知れない。しかし、私達教師は、その先に広がっている「もう一つの現実」に目を注ぎ、それを生徒と共有する事が出来るようにしていきたい。それは、忍耐して待つことを通して生れてくる信頼関係の中から見えてくるものであろう。さらに、教師にも親にも本人にも見えていない、もっと豊かな、「神が生きて働いておられる現実」があることに目を注ぎ、神様の備えておられる恵みに与ることができるように、信じて祈って待つ者でありたい。
 「だから、自分の確信を捨ててはいけません。・・・神のみ心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。」(へブライ10:35-36)
 
 
 
 

寮生リレー通信  (第 106 回)

 
 

< 大望館 >
「海外教室」S.K(3年生:兵庫県西宮市) 海外教室では、カヤック、サンフランシスコ観光、カリフォルニア州にあるタホ湖でのクルージングなどいろいろなことを経験することができました。

 その中でも一番楽しかったのがレイクタホでの三日間です。一日目は、レイクタホをクルージングしました。この湖は、とても大きくて驚きました。深い部分は紺色で、浅くなるとエメラルドグリーンみたいな色で、思わず「きれい」と言ってしまうほどでした。
 二日目は、カヤックで友だちと競争したり、卓球やテニスなどスポーツをしました。二日目にビーチで見た夕暮れは今でも忘れられません。
最終日はバーベキューをして、肉をいっぱい食べてから帰りました。こうしてレイクタホでの三日間はあっという間に過ぎました。また、この海外教室ではホストファミリーのところへ泊まり、共に時間を過ごしました。その時間は今の自分にとってかけがえのないものになっています。私が大学生になったら、もう一度アメリカを訪れたいです。
 
 
< みぎわ館 >
 
「広島碑巡りの旅に参加して」 
N.M(3年生:兵庫県姫路市) 敬和での最後の夏休みに広島に行こうと決めたのは、卒業生の先輩からの電話がきっかけでした。正直最初は、小学校の修学旅行で一度広島に行き、戦争や平和についてたくさん学んだことがあったので、それで十分だと考えていました。しかし、その先輩に誘われたことがきっかけで広島に行くべきか考えるようになりました。もしからしたらこれをきっかけに、新しい発見や出会いがあるかもしれないし、この先、社会学を学びたいと思っている私にとって、これは見聞を広げるチャンスなのかもしれないと思うようになり、参加しようと決めました。
 実際に広島に行って私が感じたことは、小学生の時に広島を見て感じた時の気持ちよりも何倍も深く考えさせられたし、小学生の時から時間が経ち、成長した私がいるので、以前と今とでは感じることは全く違っていて当然でした。
 私が特に印象的だったことは、被爆者の方からお話を聞かせて頂いたことでした。こういう機会はこれから先、減っていくはずですし、直接聞ける機会などきっと人生で数回しかない、もしかしたら今回が最初で最後かもしれない、そう思ったら、今私はこの場でとても貴重なお話を聞かせて頂けているということに気付き、自然と被爆者の方のお話を真剣に聞くことができました。そして私は、実は原爆の恐ろしさ、戦争がどれほど恐ろしいものなのかということを知っているつもりでいたけれど、それは戦争を体験していない私にとって知っているつもりになっていたに過ぎない…ということに気が付かされました。原爆が広島にもたらしたものは、当時の街が壊されたり、多くの命が奪われただけでなく、この機会に話してくださっている被爆者の方が何十年経っても忘れることのできない恐ろしい記憶として、一生この悲惨な出来事と闘い続けていかなければいけない、とんでもなく恐ろしいものであるということを、被爆者の方のお話を聞いて教えられました。
 被爆者の方のお話以外にも、平和記念式典に参加したり、広島女学院の方に平和記念公園を案内してもらったり、原爆や戦争の恐ろしさを感じることができました。また、戦争をやっても何も良い事なんてない、恐怖や不幸ばかりなのだ、と改めて知らされました。これから先、証言者が減っていき、戦争を知らない子どもたちがもっと増えた時、今回広島に行って被爆者の方から直接お話を聞くことができた私が代わって伝えていきたい、伝えていかなければいけないと思います。
 最初は参加するつもりではなかったのですが、先輩が参加のきっかけを作ってくれたおかげで、広島で戦争の事も自分の事も周りの事も世界に生きる人たちの事など、様々な事を考える機会が与えられました。私はこの夏休みに、少し成長できた気がします。何でも経験することが大事だということに改めて気付かされました。これから先私の人生の中で、きっと辛い事・苦しい事に出会う時があるはずです。でも今回の経験を通して、すべてが恵み、すべてがチャンスだと思って何事にも逃げないように向き合っていきたいと思いました。
 ヒロシマで学んだ事をこれから先も忘れずに、残りの敬和生活を一日一日しっかり過ごしていこうと思います。
 
 
< 光風館 >
 
「2年生合宿」 
K.K(2年生:長野県長野市) 
 今回、僕たち光風館45回生の2年生合宿は、掃除、ボーリング、焼き肉、温泉という内容で行いました。とにかく、今回の2年生合宿を一言で言うなら「楽しかった」だと思います。2年生全員が楽しんでいたなぁと感じたし、自分もとても楽しみました。
 ボーリングでは、スコア1位を競い、生徒と先生の壮絶な戦いがあり、結局、先生がスコア1位を取ってしまい、景品の光風館ショップ300円券を生徒がもらうことはできませんでした。でも、僕自身久しぶりのボーリングでとても楽しく、最高でした。
 焼き肉では、仲の良い友だちと楽しく食事が出来て、たくさん笑いながらたくさん食べて、身も心も満足しました。
 温泉では、ゆっくりと体を休めることが出来、とても気持ちよかったです。
 2年生合宿がこんなに楽しくてよいのかと思ってしまいましたが、今回しかないと思い、心の底から楽しみまくりました。この合宿で、2年生の仲は深められた気がします。まだ1人も辞めていない光風館45回生なので、このメンバー全員で卒寮したいと思いました。
 この機会を与えてくれた、三浦先生、青栁先生に感謝です。
 
 
< めぐみ館 >
 
「敬和キャンプに行って」 
T.M(1年生:新潟県十日町市) 
 私は初めて敬和キャンプに参加しました。キャンプは佐渡に行ったので船に乗って行きました。私は佐渡に行くのは初めてでしたが、幼い頃に一回船に乗った事があるので敬和キャンプで二回目です。ですが、2・3才の頃だったのであまり覚えておらず、船に酔うことが心配でした。しかし、あまり揺れを感じなかったので、楽しく船に乗ることができました。
 佐渡教会で5泊6日のキャンプでした。2日目、3日目、4日目は午前中が自習時間、午後は教会の周りの草取りなどの作業をしました。草取りを始めて3日後にはすごくキレイになっていました。2メートルくらいの高さの草があってその向こう側の海が見えなかったものが見えるようになっていました。5日の午後は海に行き、ビーチバレーや海に入って遊びました。海は久しぶりだったので楽しかったです。ご飯は班ごとで協力して作りました。人が作ったのも自分で作ったのも、協力して作ると美味しいなと感じました。
 この敬和キャンプで人と協力することは大事だと強く思いました。来年も参加したいです。
 
 
 
 
 寮務教師から一言
 
 夏休みが明けて、太夫浜も少しずつ朝夕が涼しくなってきました。夕方も暗くなる時間が早くなり、もう秋が始まるのだなと感じています。
 秋と言えば、読書の秋、スポーツの秋、勉強の秋、食欲の秋、行楽の秋、芸術の秋などいろいろなことをするのに適した季節と言われます。後期が始まりましたが、是非のぞみ寮生には、寮の仲間と勉強はもちろん、みんなでスポーツをしたり、みんなでなにかを作って食べたり、みんなで楽しいことを企画して行ったり、寮でしかできないいろいろな経験をしてほしいと思います。私たち寮の教師ものぞみ寮生と一緒に秋を楽しみたいと思います。
光風館担任 三浦 啓