2017年10月6日金曜日

のぞみ通信 2017年9月26日 第230号

新ブロック長・副ブロック長

 

「親にとって子どもとはいかなる存在か?」

寮長 東 晴也

 敬和学園のぞみ寮の教師となって3年目。毎年この時期になると痛切に感じ、自分自身の内面にわき上がってくる問いがあります。それは「親にとって子どもとはいかなる存在か?」という問いです。
 私たちはよく他者に自分の子を紹介するとき、「私の息子(娘)の○○です」などということがあります。この場合の「私の息子」の「の」は所有や所属の意味を表す。となると、言語上は「私の息子」と言った場合、私の所有(に属する)の息子という意味になりはしないだろうか。となれば、私の息子は私が所有する人間である、と言えなくもない。確かに、私の息子は私の戸籍に所属する人間ではあるし、私が手塩にかけて育て、生まれる前からここまで育てるための経済的費用を支出してきたことや、息子(娘)への愛着心からも感覚的にそう言えなくもない。
 一方で、私の息子(娘)は、たとえどんな人間であろうと、生きているというただそれだけで、個人の尊厳を有する人格的な存在であるという事実があります。つまり、「私の息子(娘)」であろうがなかろうが、私(親)とは全く「別の人格」を有する人間であることは紛れもない事実なのです。であるなら、誤解を恐れず言うと、私の息子は私にとって人格的には他者なのです。子どもとは、親にとって究極的には「他者」なのだ、と私は自覚しています。
 親同士が成人した後に与えられる子どもは、親の絶対的影響を受け続けながら成長します。それは親にとっては微笑ましく嬉しい光景です。しかし、私自身を含め私たち親が肝に銘じていなければいけないことは、子どもは親の所有物ではなく、親とは別の人格と尊厳をもつ人間(他者)であるという神聖な事実です。
 だから、ある程度成熟(成長)し、育ちゆく子どもに対して、我々親ができることは、そんなに多くはない。あえて言うならたった2つです。1つは、できる限り愛情を注ぐこと。もう1つは、子どもが非行に走らない限りにおいて、その意志を尊重すること、ではないだろうか。もう少し具体的に言うと、自分の子どもが成長していく中で、子どもが自分の将来(進路)を自ら考え、自分の意志で選択できるまでに育てなければならない、その義務は当該の親にあるだろうと思うのです。
 進路選択の時期を迎えた3年生の苦しむ姿を近くで見ていて、このことを強く深く考えさせられます。また私自身も敬和学園3年生の一人の親として「これでいいのか」と自戒させられています。
 自立していく息子が選んだ進路を「おぉ、それ面白いじゃないか」と涙を流しながら頷きつつ、この子の人生を通してただ神様の御心がなりますようにと祈るしかないのです。

 

 

 

< 寮生リレー 『夏の行事に参加して』>

 

敬和キャンプ「暑く熱い夏」 K.T(大望館2年 十日町)

 僕は、敬和キャンプに参加したくなかった。「夏休みは、ダラダラと家で過ごしたい」と、高校生の誰もが思うはずだ。しかし、僕は、誰よりも暑く熱い夏休みを過ごした。「行きたくない」と言っていたくせに、誰よりもこの敬和キャンプを楽しんでいた。

0926_no02  佐渡教会での生活は携帯禁止。テレビもクーラーもない。不便だらけの生活だった。あらかじめ聞いていたが、本当に大変だった。その代わり、退屈がなかった。佐渡教会は、たくさんの自然にかこまれていた。朝、5時半に起きた人たちで、歩いて海まで行き、日の出をみたり、魚を釣るために竹を切り、釣り竿を試行錯誤して作ったりした。毎日の食事は、自分たちの手で作った。朝起きたら、食事が出来ているのが、知らぬ間にあたりまえになってしまっていたことに気付き、何事にも感謝を忘れてはいけないと感じた。午前は、沖縄について学んだり、英語で歌を歌ったりした。午後からは、労作に励んだ。労作は好きなのでとても楽しかった。何よりも、労作が終わった後の達成感は、今までに感じたことのないものだった。この達成感は、敬和キャンプに参加していなければ感じる事が出来なかったと思う。そしてなにより、たくさんの人と話した。携帯越しの文字や声では伝わらないことが、たくさんあることに改めて気づかされた。学年の壁を越えて色々な話をした。初めて話す人もたくさんいた。
  僕は敬和キャンプに来年も参加したい。「夏休みは、ダラダラと家で過ごしたい」と、高校生の誰もが思うはずだ。しかし、不便の中にこそ新しい気付きや学びがあるのだと僕は知った。また来年も暑く熱い夏休みを過ごしたい。

 

 

広島碑めぐりの旅「忘れられない広島」  K.M(みぎわ館3年 愛知県)

 見上げるほどの高層ビル。街行く人々。賑わう商店街。見るからに都市だと言える広島市。私は昔、この広島市で忘れることのできない体験をしていた。原爆資料館で見た、一枚の写真。その写真に写っている人は被爆しており、こちらを睨んでいるような表情をしていた。私は恐ろしくてすぐに目を背けたが、今まで一度たりとも忘れたことはなかった。それ以来、原爆資料館には二度と行かないと決めていた。しかし、今回私は広島碑めぐりに参加した。理由は、祖母から聞いた体験談があったから。大好きな祖母が教えてくれた戦争と広島。私は目を逸らすことなく向き合ってみようと思った。

0926_no03 広島での学習が始まった。教科書に書いてあることはほんの一部でしかないことを、改めて知った。また、人間の強さを知った。辛い思いをしながら、証言してくださった人。広島の街をここまでつくり上げた人々。広島を訪れ、戦争の悲惨さを学ぶ人々。どの人も心から平和を願い、平和を実現するために行動している強い人だと思う。
  私も平和を願う一人だ。その一人として私がすべきことは、伝えることだと思っている。私が学んだ事を心に留めるだけでなく、次の世代へ伝えていくことが、平和を実現するための道だと思う。これは、今生きる私達の使命だ。また、日本だけでなく世界にも目を向けていきたいと思う。
 今回の広島碑めぐりの旅は、多くのことを学び、知ることが出来た大変良い機会であった。証言をしてくださった皆さん、広島女学院の方々、引率をしてくれた先生や旅行会社の方、施設の方、そして碑めぐりに参加させてくれた両親に心から感謝している。

 

 

海外教室「新しい自分と出会った経験」   A.K(みぎわ館2年 胎内市)

 私は約3週間アメリカに行って新しい家族ができました。それと同時に考え方も大きく変わりました。
 元々私は、アメリカに行くことに対して大きな不安がありました。仲の良い友達も何人かいたのですが、それでも私は性格上、人見知りで新しい場所や新しい事に挑戦するのがとても苦手です。ですから、正直に言うと、アメリカに行きたいとは思えませんでした。
 出発当日は、機体トラブルでアメリカに着くのが約1日遅くなり、着いたのは向こうの時間で深夜2時でした。今日はさすがにホストファミリーには会えないと思っていました。ですが、ホストファミリーは夜中にも関わらず、迎えに来てくれていたのです。そのおかげもあってか、来る前の不安も薄れ、人が苦手な私でもホストファミリーと打ち解けることができました。ホストファミリーと過ごした3週間、本当にたくさんの経験をさせてもらいました。その中で日本とアメリカの違いも多く発見することができました。
 まず、驚いたのは、アメリカの人々はとてもフレンドリーで、優しさと温かさで溢れていました。全然知らない私をまるで本当の家族のように接してくれました。また、何もかも思っていたより日本に比べて大きく、食事の量の多さに驚きました。
 そして、私にとっての一番の変化は冒頭でも言った通り、元々の考え方です。人と関わることを極力避けてきた私が、帰ってきてからは積極的になったと言われました。人と関わることが苦手でなくなり、むしろもっと色んな人と関わり、自身の視野を広げたいと思えるようになりました。アメリカで過ごした時間は、それほど私を大きく成長させてくれたようです。アメリカに行って良かったと思いました。家族のように愛してくれたホストファミリーにまた会いたいです。絶対にまた、会いに行きます。

 

 

 

寮合宿「後悔のない歩みを」           Y.N(光風館2年 愛知県)

 夏休みも終わる8月23日の午後、光風館が賑やかになりました。毎年恒例の2年生合宿、今年は49回生が主役です。
 2年生合宿は2部構成で進みました。昼間は冷蔵庫の移動、娯楽室の本棚作り、館内の掃除などの労作。夜2年生だけで集まって、ミーティングで話し合いました。
 労作では夏休みの出来事を話したり、海外教室のお土産話を聞いたりしながら、本棚を組み立てました。ほかの2年生はベランダ掃除をしました。 
 夜のミーティングでは先生から「これから寮を引っ張る2年生には自分で考えて動いてほしい」という話があり、その後、一人ずつ寮を支えていくための抱負を語り、それを聞きました。それぞれ言葉は違っても、これから一年間、寮を創っていくために思っていること、自分がしたいと思うことを語ります。色々な人が集まっているだけに、違う意見もありましたが、やはり2年生全体が熱意を持って、これからを話しました。
  その後、4月に行われた2年生合宿で、一人ひとりが書いた1年間の抱負を読み返し、忘れていたことや、少し形を変えて思い続けていることを再確認しました。
 2年生合宿は春と夏に行われます。今回の夏の2年生合宿は、夏休みが終わる日に行いました。労作やミーティングで思い出したこと、考えたこと、ひらめいたことを大切にしながら過ごし、1年後、3年生になり、50回生にバトンタッチする時に後悔のないようにしたいと改めて思いました。

 

 

「夢のSuper Girl  dormitory」             H.A(みぎわ館2年 新潟市)

 今日は寮に帰る日。私は、おじいちゃんのお見舞いの後、車で寮に向かっていました。久しぶりにみんなに会える。ドキドキと嬉しさと、少しの緊張がありました。

0926_no04 寮に一歩入ると、2年生の一人が「おかえり!」と、笑顔で迎えてくれました。やっぱり寮は私にとって、もう一つの家だと思いました。ホールに入ると、大量の段ボールと蛍光色の椅子がたくさんありました。新しい椅子が届いたのです。全部の椅子を組み立てて、みんなで上まで運びました。他にも窓ふきや館内の掃除があり、全部の作業が終わって事務室に集まり、ジュースを片手に「カンパーイ!」ワイワイしていると、先生から一言、「今日、めぐみ館と一緒にレクリエーションやらん?」私は「やったー!」と叫びました。私は普段、土日は家に帰るので、あまり寮の行事に参加することがなかったし、めぐみ館と一緒と聞いてとても嬉しかったのです。
 両館合同で、いくつかのチームが作られました。レクリエーションの内容は「相手の館の良いところ」を、付箋に書いて大きな紙に貼ること。気づくとたくさんの付箋であふれていました。完成し、グループごとに発表した時、めぐみ館から見てみぎわ館ってこんな印象なんだと知り、嬉しかったです。たった一回の交わりで、めぐみ館の人たちのことをはるかに知れた気がします。
 後から先生に、「めぐみ館の良いところはこれだけじゃない、もっとある」と言われ、少し悔しい気持ちと、もっと知りたいという気持ちになりました。今、見えているお互いの館のイメージだけでは足りないと気づき、もっと視野をお互いに向け合って、よりよい寮生活を女子寮でつくっていきたいです。

 

 

ミーティングを行って「より良い館を目指して」                O.A(めぐみ館2年 岡山県)

 前回開いた2年生ミーティングは、いつもとは少し違う前向きで明るい雰囲気でした。今回は主に、めぐみ館をどういう館にしていきたいかを話し合いました。寮生活をして2年目となり、私達の中に 「めぐみ館を良くしていきたい」という責任感がそれぞれに湧いてきている事を感じました。
 「お互いの出来ていないところを注意しあえる関係である」「礼拝での静かな雰囲気」等めぐみ館にはたくさんの良いところがあります。
 しかし改善点ももちろんあります。改善点は大きく分けて2つです。
  1つ目は、ルールについてです。ルールは様々な考えをもつ人が集まる寮では欠かせないものです。しかし、今のままではルールにとらわれすぎて、自分でその時々の状況を判断する力が足りないことに気付きました。
 ルールの持つ意味、理由を考えながら、気持ち良く生活をしていくために、話し合いを持ち、変えるべきところは変え、過ごしやすいめぐみ館を目指したいと思います。そうすることで、それぞれに考える力、判断力もつき、より成長が出来るのではないかと考えました。
 2つ目は、コミュ二ケーションについてです。あいさつや寮内で使うセリフ以外で話したことのない先輩や後輩がいることが、とてももったいないと思ったからです。コミュニケーションをとっていない状態で一緒に生活をしていると、ルールを守っているか、守っていないかでしか、その人を判断できないのです。これはとてもかなしいと思います。誰でも良いところは必ずあります。それを見つけるためにも、たわいもない会話をする雰囲気作りをしていこうと、話が盛り上がりました。
 ミーティング中の明るい表情や終わった後のかわす会話も弾んで、先輩達が築いてきためぐみ館を、より良くしたいと考えている仲間がたくさんいることにとてもうれしく感じました。
 後輩は、自分達が思っている以上に先輩の行動をよく見ていることを自覚しつつ、より良いめぐみ館作りを始めていきたいです。

 

 

 

教師からの一言
  「世代交代に向けて」  光風館担任 片岡 自由

0926_no05 夏休みが終わる帰寮日に、いつも楽しみにしていることがあります。その楽しみとは、「寮生のみんなはどんな表情で戻ってくるか?」ということです。入寮したばかりの50回生は、新しい環境と人間関係の中で必死だったと思います。徐々に表情がほぐれて笑顔になって、いろんな人と会話出来るようになって、たくさんの成長と変化を傍で感じてきました。その成長と変化は、1年生である50回生だけではありません。頼りにされる先輩として変化してきたことに、48・49回生は自分自身で気付いているはずです。その夏休み前の約3ヶ月に負けないくらい、1ヶ月程の夏休みで彼ら・彼女らは大きく成長して寮に戻ってくるから、私はどんな表情で戻ってくるのか、いつも楽しみにしているのです。
 炎天下の中、部活動の練習で必死になって汗を流したことも、学校主催の行事である敬和キャンプや広島碑巡り・海外教室へ参加して学びを大切にしてきた経験も、実家でゆっくり休めたことも、夏休みの出来事を寮生は楽しそうに教えてくれます。その会話している表情を見て、凜々しさと頼もしさを感じています。
 夏休みが終わり、ボーッとしている暇はなく、のぞみ寮は世代交代の時期を迎えています。各館で「どんな館を目指したいのか?」と話し合い、各委員会の役割・仕事内容を引き継いでいます。いろんな課題に向き合う、その真剣な表情を見て、大きな希望を感じずにはいられません。その彼ら・彼女らの姿勢こそ、大きな成長と変化のきっかけになると期待し、これからも共に歩んでいきたいと思います。