2019年4月2日火曜日

のぞみ通信 2019年3月18日 第244号

「流れゆく時間の中で」
寮務主任 澤野 恩
 敬和学園では元号を使用しないので、「今年って平成何年だっけ?」そんな質問をよくしていました。しかし、今年は30年続いた平成最後の年。さすがに同じ質問をしたことがない気がします。多くの日本人にとって、今はまだ実感がわかないが、昭和がそうなったように、近い将来、平成が一つの時代として過去のものになるのでしょう。
 そんな時間の流れの中を私たちは生きているんだと、卒業生を出し、新入生を迎える準備をしているこの時、実感させられます。
 聖書には時間を表す言葉が4つあるといわれています。その中のクロノスとカイロスはよく使われている言葉です。クロノスは普通に流れていく時間を表し、カイロスはある一点の時間を表しています。特に大切な言葉は「カイロス」です。
0318_no01 マルコによる福音書1章に主イエスの「宣教の言葉」が要約され、「時は満ちた、神の国は近づいた、悔い改めて福音を信じなさい」と記されています。マタイによる福音書における「宣教の言葉」は「悔い改めよ、天国は近づいた」です。「時は満ちた」はマルコ独自のものであり、「時」が意義のあるものとして重んじられています。この「時」を表す言葉に「カイロス」が使われているのです。
 また、「西暦」という暦は、その歴史の中心にキリストの降誕を置いているということを指摘されます。紀元前を表すBCはBefore Christで「キリスト前」という意味であり、紀元後のADはラテン語のAnno Dominiの略で「主の年」という意味です。人間の歴史の中で、主イエス・キリストの来臨が最も決定的なカイロスであったという歴史認識があるのです。
 今年度の学校紹介ビデオの中にも「カイロス」は使われており、敬和の会に足を運んでくださった保護者の方々も耳にしたと思います。。広辞苑で調べてみると、機会(チャンス)と意味されていました。
 小西前校長は敬和学園のカイロスの一つに「出会い」があると話していました。高校3年間(クロノス)の中で、確かに出会いという時間はカイロスです。なぜならその出会いが、人として大きく成長させてくれるからです。
 私自身、のぞみ寮に赴任して15年という5年ごとの節目の年を終えようとしています。時として、自分の中で何かが変わったと感じることが幾度かありました。その時間は私にとってカイロスであり、そこに出会いは欠かせないものであったかのように思います。
 今年度、敬和のレジェンドと呼ばれれる2人の先生が退職されます。私にとって2人の先生との出会いは、まさにカイロスです。敬和学園は、全日制の普通科高校ですが、やっぱり何かが違います。その違いを2人の先生から多く学びました。この学びを明日に繋げるよう、目の前のことに誠実に取り組んでいきたいと思います。
 
 
 
 
< 寮生リレー 一年を振り返って >
 
「私は何故ここにいるのだろう?」   I.M(大望館2年 新潟市)
 「私は何故ここにいるのだろう?」今年になり、そんな事を考えることが多くなりました。昨年度と変わったことは、後輩も入り学年も上がったので、寮の仕事をすることが多くなったという事です。
 のぞみ寮での生活は、人との関わりと礼拝で出来ていると思います。元々、他の人に合わせる事が多かった私は、自分は何がしたいのかという事を考える事が無かったので、自分のやりたい事は何なのかを悩むこともありました。
 10月の初め、のぞみ寮では委員会の引き継ぎの時期となり、私は食事委員として、のぞみ寮の仕事をすることになりました。この頃、のぞみ寮の大きな課題として、残食が多いという課題がありました。私たち食事委員は、この課題を克服するために活動を始めました。
 初めに、各館での報告の時間に食事を残さないように呼びかけをしました。残食のバケツを各館ごとに分けて、測定をしたりしました。また、礼拝の話では「調理員さんに感謝しましょう」という話をさせてもらいました。今考えると、私にとって一つのことを長い時間をかけて、集中して考え、行動するということは初めての出来事でした。
 結果的に、残食という課題はみんなの協力もあり、大きく改善することが出来ました。そして、「目標に向かってやりきった」という結果が目に見えてわかりました。その目標を達成出来たことは「私は何故ここにいるのだろう?」という問いの答えにも繋がったように感じます。その事に感謝しつつ、来年度も生活していこうと思います。
 
 
 
「自分の役割」 U.T(大望館1年 新潟市)
  1年間の寮生活を振り返ってみると、寮クリスマスが一番私を変えてくれた行事でした。
  1年生の仕事で、寮クリスマスの飾りつけがありました。この飾りつけの仕事は、とても困りました。それは、大望生のみんなが一生懸命に飾りつけの仕事をしていたからです。
  普段の行いからして仕事しなさそうな人が、一生懸命に仕事をしていました。しかし、私は準備に参加出来ないでいました。仕事を自分で探すことがとても苦手であったからです。周りのみんなは「寮クリスマスの準備」という仕事を頑張っているのに、自分だけが「ただその場にいるだけ」という誰の役にも立たないことに、劣等感が溢れてきました。
  そこで我慢出来なくなり、寮本部へ相談しに行きました。「私には寮クリスマスに参加する資格がない」と思ったからです。家に帰ろうと思いました。相談してみて、自分の役割が分かりました。寮クリスマスに参加することも一つの役割だということです。
  実際に参加してみて、雰囲気を作るのは、人が居るからだと思いました。そして、その一人として雰囲気を作る仕事をしているのが自分でした。また、相談した帰りに人手が足りなくなってしまうというピンチもありました。紙の輪をつなげるとても地味な作業でしたが、自分には楽しく感じました。向いているとも思いました。
  これからも似たようなことで悩むかもしれません。成長出来る機会はこれに限らないと思っています。そんな寮生活をこれからも送っていきたいです。
 
 
 

「人を信じるということ」     M.K(めぐみ館2年 千葉県)
 2年間の寮生活を通して大事だと思ったことは「人を信じることの大切さ」です。
 敬和に来るまでの私は「人を信用しすぎるのはよくない。信用するから傷つくのだ」と、勝手に思い込んでいました。信じるということは本当に大切です。信じていなかったから、全てウソだと決めつけていたから、私は心を開けませんでした。
 のぞみ寮での生活はとても不安でした。「仲間とは何か?深く考えたけど見つからない。みんなを信じていいのか?いつか騙されてしまうかもしれない」と怯えていました。見た目は慣れているけど、内側はまだ入寮したてのような思いでした。でも、そんなビクビクしている私に、たくさん話しかけてくれる仲間がいました。なんでも聞いてくれる仲間がいました。そう思うと、とても心がほぐれていきました。
 人を信じたからこそ、今はとても良い毎日の生活を送れているのだと思います。まだ完全に信じるということは出来ていないけれど、残された1年の月日の中で、めぐみ館の仲間たちとの生活の中でもっともっと実感出来るようになりたいと思っています。
 人を信じるということは簡単そうに見えて本当はとても難しいことです。信じることによって、私の世界は本当に明るくなりました。のぞみ寮、めぐみ館の仲間がいたからこそ感じることが出来ている。2年の寮生活を終える今、私はそう思います。
 
 

「一年の寮生活を振り返って」     M.H(めぐみ館1年 大阪府)
 入寮して気付いたことがたくさんあります。
 一つ目は、親の大変さや苦労です。洗濯や部屋の掃除はいつも親に頼っていました。
 二つ目は言葉の大切さです。今、大切にしている言葉が2つあります。とても常識的な言葉ですが、「ありがとう」「ごめんなさい」この2つの言葉を意識しています。短い言葉ですが言われた側は、良い気持ちになるし、安心すると思います。
 三つ目は、チームワークの大切さです。最初は「チームワークなんて何の意味もない」と思っていました。私はミーティングで積極的に発言することは苦手です。でも、51回生のみんなは、私の発言に耳を傾けてくれます。
 また、まとめてくれる仲間にも出会いました。団結力が強まっていることを感じています。でも、任せっきりにすることは良くないことです。その人の声だけでは、みんなに届かないこともあります。私も自分の出来ることを、チームの中で活かしていきたいと思うようになりました。一人ひとりの声に気付き、その声を広め合うこともある。人任せにするのではなく、もっと自分の意見を率直に言い合えることから、関係も絆も深まっていくと思います。今まで感じなかった気持ちにも、もっと出会いたいと感じています。
 寮生活は楽しいことだけではありません。辛いこともあります。でも決して一人ではありません。3年間一緒に過ごす仲間の存在の大切さを感じています。2年生となり、後輩を迎える喜びと不安な気持ちがありますが、自分の持てる最大限の力を注いで、仲間と共に心豊かに一つひとつの経験を重ねていきたいと思っています。
 
 
 
「助け合える関係に」   I.S(光風館2年 東京都)
 僕は変わりつつあります。それは筋トレがきっかけでした。
 土曜日の部活後、アンダーアーマーのマネキンに憧れる大望館ブロック長に「筋トレしない?」と誘われ、予定が無かったので筋トレをすることにしました。彼と筋トレをすると、なぜかやる気が出る事に気が付きました。そして、それ以来、予定が無い時は筋トレをするようになりました。ちなみに彼は現在ベンチプレス115㎏を上げられます。
 勉強はどうなのかというと「二人ともやれば出来る」と言われながらもやらずにいました。そんな中、第5定期テスト1ヶ月前に「ランチを食べに行こう」と彼を誘いに行った時、彼が教務室で先生に数学を教えてもらっている姿が見えました。それを見た僕も刺激を受けて勉強し始め、テストの日まで先生に数学を教えてもらいました。彼と一緒に勉強し、先生に教えてもらったおかげで数学が楽しく感じました。もしかしたら、僕だけなら教えてもらいに行かなかったかもしれません。彼が数学を教えてもらっていたからこそ、やる気が出てきました。彼のおかげで僕は変わりつつあります。
 寮生活ではたくさんの出会いがあり、各館にはそれぞれの良さがあります。僕にとって光風館は落ち着いて居心地が良い場所です。まさに第二の家です。
 光風館・大望館にはそれぞれ負けたくないというライバル心もあります。それだけでなく、お互いに困っていたら助け合える、そんな心掛けが出来る館になればもっと良い寮生活を送れると思います。
 
 
 
「夢を見つけるために」     M.K(光風館1年 東京都)
 今年は僕が今まで生きてきた中で一番大変な年だったと思います。中学3年の12月、敬和学園に入学を希望し、一般入学試験を受け、合格しました。今まで挫折を繰り返していた僕は、志望理由に「幸せな高校生活を送ること。夢を見つけること」と書きました。試験後から入学までの約3ヶ月は本当にあっという間でした。
 入学してからクラスで委員会決めをした時、僕は評議委員に立候補して、みんなの推薦により評議委員になれました。それからいろいろな行事に最善を尽くしてきたし、みんなとよく話すようになりました。
 その反面、人の相談はたくさん聞いたのに、自分の悩みが溜まっていき、ストレスを抱えていました。そんな時に声を掛けてくれたり、相談に乗ってくれたり、気を紛らわしてくれたりしたのは寮と学校の友達でした。
 昨年はストレスが溜まっていくだけでなかなか相談出来ずに苦しんでいましたが、今は友達の存在に幸せを感じることが出来ています。同時に人と話すことがとても多かったと思います。先生や友達・先輩とたくさん話し合ったし、その度に意見がぶつかり合ったと思います。そうした中で、僕は「人の話を聞くことが大好きなところ」が自分の長所だと思うようになりました。
  そして、最近になってそれは確信だと感じるようになりました。いつも通り、友達の話を聞いていたら、その友達に「おまえはスクールカウンセラーにでもなるのか?」と言われました。僕はその時に長年ハマらなかった歯車がハマった感じがしました。
  そして、今はそれが夢になっています。しかし現実は、その道のりは長く険しいので少し落ち込みましたが、夢に向かってこれからも敬和学園で頑張っていきたいと思います。
 
 
 
「みぎわマジックに魅せられて」 N.N(みぎわ館2年 中国)
 私の寮生活も2年が経ちました。振り返ってみると、苦しいことも楽しいこともありました。
 2年前、入寮した私はいろんな不安がありました。未知な世界で新しい生活を始めるなんて、本当にこれからのことが怖すぎて、想像すら出来なかったのです。その当時、自分の名前を日本語でもカタカナでも書けなかったほどです。でも、初めて同室の先輩に会った時、先輩たちが優しく「ようこそみぎわ館へ。ずっと待っていたよ。これからゆっくり敬語の使い方教えるから覚えてね!」と、本当に一つひとつ丁寧に教えてくださいました。それからこのステキな力を「みぎわマジック」と、ずっと心の中で呼んでいました。
 そして、このみぎわマジックの魅力は、50回生の仲間でも色々実感しました。支え合いながら、仲が良くなっていきました。時には喧嘩をしたり、言葉が通じなくてイライラしたり、夜中まで泣いたこともありました。でも、みぎわ館の仲間は決して私のことを見捨てませんでした。逆に、私が出来ないことをフォローしてくれました。本当に嬉しかったです。やっぱりみぎわマジックはすごい!
 これから私もこのみぎわマジックを使って、52回生の新生活の不安を消してあげられたらいいなと思います。
 
 
 
「優しさとは何か」    W.H(みぎわ館1年 上越市)
 私がのぞみ寮みぎわ館に入寮して早くも1年が経ちました。私がこの1年で学んだこと、考えて感じたことはたくさんありますが、今回は「優しさ」について話そうと思います。
 私は、幼い頃から両親や様々な方から自分は「優しい」と言われる機会が多かったように感じます。ですが、私は優しさについてよく分かりませんでした。
 優しさというものは、そもそも人によって感じ方が違うわけですし、何が優しいのか、何が普通のことなのか、何が相手にとって嫌なのかそのようなことを考えると、私は優しさについて疑問ばかり持つようになっていました。
 ですが、寮生活を過ごしていく中で私の優しさに対しての疑問は少しずつではありますが、無くなっていきました。なぜなら、先輩たち、そして51回生の優しさを感じたからです。
 私は「人からの優しさ」についても考えるようになりました。そして、一つ答えが出ました。それは、人によって「優しさ」に対しての考え方、感じ方は違います。しかし、それでよいのです。なぜなら「優しさ」という気持ちを持つこと自体がとても重要であるからです。
 この4月に私の人生初めてとなる後輩52回生が入寮します。私は、この1年で学び、考えて感じた「優しさ」を52回生にどう伝えることが出来るか考えました。まだ答えは出ていませんが、52回生と生活していく中で、今とは違う考えが出てくることも想定して、慎重にしっかり考えたいと思います。
 
 
 

教師からの一言        大望館担任 山﨑 飛鳥
  今年度の後半からスポーツジムに通っています。理由は、今年に入り、体重が三桁に突入したからです。
 「このままではいけない」と思い、覚悟を持って入会しました。実際のトレーニングは、私がイメージしていたものとは大きく違いました。かっこよく見えていたトレーニングは、想像以上に地味でキツイものばかりです。
 特に走る事が嫌いな私は、ランニングマシーンを使ったトレーニングは、苦痛の時間でしかありませんでした。しかし、痩せるためには、このトレーニングをしなければなりません。
 ある先生から言われたのですが、「痩せるために大事なことは継続して続けることだよ」と言われました。新しい習慣が定着する事に時間がかかる私は、この継続してトレーニングを続ける事に対して、とても苦手意識がありました。案の定、初めは頑張って通っていたジム通いも日が経つごとに足が遠のいていきました。
 そんな中で迎えた、寮修了礼拝。ある寮生の言葉に衝撃を受けました。「私にとって寮とは、まさに人間性を鍛えるジムのようなものでした」のぞみ寮修了特集にも掲載されている言葉です。
 私は彼のこの言葉にとても共感出来たのです。彼の言っていた「のぞみ寮は心を鍛えるジム」という言葉がとてもしっくりきたのです。
 彼の話していることは、寮での楽しい思い出ではなく、苦しかった思い出ばかりでした。私自身、自分が通っているジムを思い出し、彼の話を聞いていました。しかし、そんな苦しい想いをしている中で「仲間に支えられてきたからこそ、今の自分がある」と語ってくれました。彼に大切なことを教えてもらいました。
 人は楽しいことや楽なことばかりでは成長できません。だからと言って、辛いことばかりでも、心は育ちません。楽しいことや、辛いことの中に感動があるはずです。修了礼拝で語った彼は、辛さの中に心が振るわされる何かを感じたんだと思います。そこに人としての成長があったんだと信じています。
 そのひと時を大事にこれからも生徒たちと共に成長していきたいです。